宇宙航空環境医学 Vol. 45, No. 4, 155, 2008

一般演題

41. 医療事故調査とシカゴ条約

吉田 泰行

沖縄徳洲会 千葉徳洲会病院 耳鼻咽喉科・健康管理課

Investigation into Accident of Medical Practice and the Chicago Treaty

Yasuyuki Yoshida

Chiba Tokushuhkai Hospital, Department of Ear, Nose & Throat

医療事故は有ってはならないものであるが,起こり得るものである。起こらないことを前提にしたり,起こしてはならないとの精神論では解決にならない。よって起こった時の対処法を決めなければならない。これは全ての事故について言えることではあるが,その頻度・重篤度・社会的影響等によりそれぞれの社会で法的なことも含めて決まっている。安全管理には労働安全衛生の分野でも方法論が有り,産業医を含めて実践が行われている。航空機事故にも同様の事が言える。医療事故は航空機事故と同じと言えるかどうか議論の余地は有るが,一つの確立した方法論が有るので我々臨床医の参考になるかと考え演者の分析を披瀝し,本学会諸兄の御批判を仰ぎたい。
 労働安全衛生上の安全管理について言及すると,労働安全衛生委員会にて仕事上の事故(アクシデント)やヒヤリ・ハット(インシデント)を報告するが罰則を取らしてはならない。むしろ報告の多い労働者は会社の安全管理に寄与したとして褒賞する。何故なら事故やヒヤリ・ハットが生じるのは個人の問題ではなく,作業に関するシステムの問題を個人の失敗を通して浮き彫りにしているからである。又安全管理にはハインリッヒの法則をはじめとした統計則があてはまると言われているが,インシデントを集めれば事故の起こり方が予想され得る。そのためインシデントを充分に集める必要が有る。
 一般則として事故調査には二つの立場があると言われている。一つは,事故の原因を調査し,誰が悪かったかを突き止めて以て個人の責任を追及し刑事上の罰若しくは民事上の損害賠償を取らせる事である。もう一つは,事故の原因を調査し,何が悪かったかを突き止め以て将来同じ原因で起きるであろう事故を予防する事である。
 ここで航空機事故調査について考えてみると,事故調査は将来同じ原因で起きるであろう事故の予防を唯一の目的として行われる。これを担保するため調査の際には免責が導入されている。即ち原因の究明を個人の責任の追及に資するための警察の捜査は航空機事故にはなじまない。よって航空機事故の調査は警察とは別の主体が独自に行う(例えばNTSBの活動)。しかもこれは全世界的に受け入れられている事であり,これを担保するのが国際法としてのシカゴ条約である。
 医療事故が起こってしまった後は,患者側には金銭的問題や精神的苦痛といった問題,医療側には再発防止や刑事・民事上の責任とは別の社会的責任やリピーターの問題等解決すべき問題点が課せられる。そのため厚生労働省の仮称 ‘医療安全調査委員会'(現時点では第三次試案)が提出され,既に民間から医療事故に詳しい弁護士等から様々な提案がなされており,又日本医師会からもそれなりの提案がなされている。
 此の際医療関係者としての臨床医,又航空機の様々な問題に接する専門家としての本学会会員として,個別具体的な事は別として,安全管理には免責を導入して将来の同様の事故の予防をする事の重要性をこの演題を通じて指摘したい。