宇宙航空環境医学 Vol. 45, No. 4, 152, 2008

一般演題

38. 大阪国際空港における緊急搬送(国際線機内にて気胸を発症した男性を例に)

岡山 慶太

市立豊中病院

Emergency medicine around Osaka international Airport

Keita Okayama

Toyonaka Municipal Hospital

【背景】 大阪国際空港には年間1,500〜2,000万人の航空機利用者が訪れ,また空港の立地上,同空港以外の発着便の緊急着陸も多々みられる。同空港近隣には複数の救急医療機関があり,それぞれの機能に応じて重症度別に1次から3次までの患者を受け入れている。当院で治療を行った成田国際空港発北京行きの機内にて気胸を発症した男性を例に,大阪国際空港における緊急搬送体制について考察する。
 【症例】 患者はスイス在住の外国人男性で,2007年11月26日チューリヒ発東京行きの航空機に搭乗,機内で胸痛を自覚していたが,そのまま東京に到着し仕事を終えた。28日午前9時,中国での視察のため成田国際空港から北京にむかう航空機に搭乗,10時頃機内で呼吸困難,胸痛が出現,大阪国際空港に緊急着陸し当院救急部へ搬送された。胸部レントゲンにて右肺の著明な虚脱を認め3度気胸と診断,直ちに胸腔ドレナージを開始され,その後入院8日目に胸腔鏡下肺切除術を施行,術後経過良好にて退院,帰国に至った。
 【考察】 航空機内での気胸は,医療関係者や医療機器が揃っていない,気圧が低いため気胸腔が拡大しやすい,酸素分圧が低いため低酸素血症を生じやすいといった,地上とは別のリスクファクターが存在する。航空機の飛行する10,000 m上空では外気圧は0.25 atm程度であるため,航空機は機体の強度に応じて機内を与圧するが,患者の搭乗したB757型機ではこの圧力差が0.59 atm程度であり,機内圧力は0.84 atm程度,これは1,620 mの山の上にいるのと同じで,地上では酸素濃度16% の環境に相当する。離陸から20分程度でこの環境になるため,健常人でもPaO2 60未満,SpO2 90% 未満へと低下,急性呼吸不全の状態に陥る。本症例は,前日のフライトで発症していた特発性気胸が2度目のフライトにより増悪したものと考えられるが,気胸腔の容積はBoyleの法則に従い気圧の低下に伴って増大,0.84気圧であれば19% 拡大することになり,残存肺の圧迫による換気障害や,緊張性気胸から循環不全を引き起こし死に至る危険性がある。
 大阪国際空港では,本症例のように機内より救急要請があると豊中蛍池救急隊により,1次−大阪国際空港メディカルセンター,2次−近隣後送病院,3次−阪大高度救命救急センター,千里救命センターへ搬送される。当院は空港から2 km弱,救急車で5分と最も近い総合病院であり,これらのうち46% が当院へ搬送されている。搬送先病院はほぼすべて半径10 km,救急車で10〜15分以内の範囲に存在し,阪大病院や当院にはヘリポートもあるが,ほぼ全例が救急車で搬送されている。2006年から2008年までの2年間の機内発症の患者で,大阪国際空港から救急搬送された58症例を分析した。患者は男性62%,女性38%,年齢は1歳から80歳まで多岐に渡るが,40代〜60代で約半数を占め,発症時の症状は,腹痛,痙攣,めまいが各々13%,発熱12%,胸部不快感10%,頭痛10%,意識消失8%,呼吸困難8%,悪心・嘔吐5%,外傷3% であった。国内の航空会社のデータと比較すると,意識障害が22〜27% に対し8% と少なく,頭痛が1.3〜3% に対し10% と多かったが,大阪発の国内線は長距離路線でも3時間を越えない点が大きく影響したと考えられた。空港周辺の医療施設は機内発症患者の緊急搬送に対応できるシステムを構築し,医療従事者は機内環境の特殊性を熟知して,患者のニーズに応じた迅速な対応ができるよう常に準備をしておく必要がある。