宇宙航空環境医学 Vol. 45, No. 4, 141, 2008

一般演題

27. NTSBにおけるPHYSICAL INCAPACITITATION の解析と本邦の付加検査の今後に関する一考案

阿部 聡1,三浦 靖彦2,白石 豊樹3,津久井 一平4

1阿部メディカルクリニック,社)日本航空機操縦士協会 航空医学委員会委員
2野村病院,社)日本航空機操縦士協会 航空医学委員会委員
3全日空機長,社)日本航空機操縦士協会専務理事
4財)航空医学研究センタ—所長

The Analysis of the Physical Incapacitasion of NTSB

Satoshi Abe MD. PhD.1, Yasuhiko Miura MD. PhD.2, Toyoki Shiraishi3, Ippei Tsukui MD. PhD.4

1Abe Medical Clinic, the member of the medical group of Japan Aircraft Pilot Association (JAPA)
2Nomura Hospital, the member of the medical group of JAPA
3The captain of All Nippon Airways, the bord member of JAPA
4The chairman of Japan Aeromedical Research Center

わが国の航空業界は,団塊の世代の大量退職と羽田発着枠の拡大を控え,深刻な乗員不足に陥っている。そのため,世界に先駆けて加齢乗員制度を設けて,60歳以上の乗員に対する付加検査を行ない補充を図ってきた。一方,ICAO,FAAの制度も近年見直しが図られ,現行身体検査制度のまま年齢制限の延長という形に落ち着きつつある。グローバルスタンダードに従うことは,世界の航空会社の共通認識ではあるが,一方,安全性の確保という点では,わが国の制度自体は,加齢乗員におけるPhysical Incapacitationが皆無であることや,インシデントレポート自体(われわれの渉猟しうる範囲で)定期航空運送事業においては,2例であることから非常に優れているものと考える。
 そこで,わが国独自の制度の優位性を生かしつつ,グローバルスタンダードとの整合性を図る必要が生じてきた。そのため,今回われわれは,NTSBにおける1987年1月1日より2007年12月31日までの過去20年間の脳梗塞,心臓疾患のaccident/incidentレポートを解析してみた。
 結果,Physicalな原因以外も含めて事故・インシデント総数は48,347件あった。脳梗塞は7例,うち定期航空運送においては0例だった。心臓疾患は68例,定期航空運送におけるものは2例であった。
 また,2005年のデータで言えば,アメリカ全体での1年間での離発着数は6,400万回,60万人のパイロットが存在する状況である。しかもその離発着数はあくまでもコントロールエリアに限ってのもので,点在する個人の飛行場からの発着数は統計に含まれない。うち事故もしくはインシデントの総数(physical以外の理由も含めた総数)は1,494件であった。一方,同年の日本の統計は,年間228万回の離発着数であり,身体検査から類推する実際のパイロット数は13,000人前後と考えられる(1種,2種あわせて)。うち同年の事故,インシデント総数は22件であった。対パイロットとしてFAAでは0.25% のaccident/incident率であり,JCABでは0.16%,年間離発着回数としてはFAAが0.0023%,JCABが0.001% であった。このうちPhysical Incapacitationによる事故はほとんど無視できる確率となっている。
 現実にいかなる疾患も100% の予見は不可能であり,事故0% を目指すためには,身体検査以外のファクターが大きいものと考えた。そこで,従来のCRM (Crue Resourse Management)を用い,シミュレーターでのPhysical Incapacitation時の訓練を試験的に行なった。
 以上より,定期航空運送における安全を担保するための付加検査のあり方について考察を加え報告する。