宇宙航空環境医学 Vol. 45, No. 4, 135, 2008

一般演題

21. 温熱負荷によるヒト骨格筋の肥大と遺伝子発現

後藤 勝正1,杉浦 崇夫2,大平 充宣3,吉岡 利忠4

1豊橋創造大学リハビリテーション学部
2山口大学教育学部
3大阪大学大学院医学系研究科
4弘前学院大学

Muscle hypertrophy and gene expressions induced by heat-stress in human skeletal muscles

Katsumasa Goto1, Takao Sugiura2, Yoshinobu Ohira3, Toshitada Yoshioka4

1Laboratory of Physiology, Toyohashi SOZO University, Toyohashi
2Faculty of Education, Yamaguchi University, Yamaguchi
3Graduate School of Medicine, Osaka University, Toyonaka
4Hirosaki Gakuin University, Hirosaki

無重量環境への曝露やベッドレストなどによる不活動や骨格筋に対する荷重除去は骨格筋に萎縮をもたらす。骨格筋の萎縮は,基礎代謝量の減少や骨萎縮を招来することはもちろん,毛細血管床を減少させて循環血液量を低下させるなど,生活の質(QOL)を大きく低下させる。骨格筋萎縮を予防するためのカウンターメジャーとしては,筋肉トレーニングなど骨格筋に対する負荷量を増大させることが一般的に行われている。しかし,筋肉量の増大(筋肥大)は一定以上の負荷で筋肉トレーニングを行う必要があり,さらにこの一定の負荷強度は個々の筋力水準により異なるなど設定が煩雑である。さらに宇宙飛行士に対する具体的な負荷方法など,様々な問題を抱えている。これまで我々は,温熱刺激の骨格筋肥大効果について,実験動物ならびに培養細胞では温熱負荷単独の有効性を,ヒトを対象にした研究では軽運動と温熱負荷の組み合わせによる筋肥大効果を報告してきた。今回,蒸気温熱シートを用いた大腿四頭筋への10週間の局所加温を行い,温熱刺激単独による筋肉増強効果について遺伝発現を含めて検証した。被験者は健康成人男子8名とし,被験者に対して実験の概要ならびに実験に伴うリスクを説明した後,各被験者よりインフォームドコンセントを書面により得た。被験者は,温熱ストレスは1日1回8時間の加温を左右いずれか片側の大腿部で4回/週の頻度で実施し,10週間継続した。温熱ストレスの負荷は,長時間水蒸気を発生する温熱シート(花王株式会社提供)を被験者の上腕部に1時間当てることにより行った。温熱ストレス負荷前ならびに10週間経過後に,各被験者の大腿四頭筋断面積の測定をMRIにて,また股関節および膝関節90度における最大等尺性膝伸展力ならびに膝屈曲力を測定した。また,数名の被験者を対象に温熱ストレス負荷による外側広筋の筋温の測定を行った。さらに,一部の被験者を対象にして,試験開始時及び終了時に,外側広筋組織のバイオプシーサンプルを採取し,DNAマイクロアレイを用いた遺伝子発現量の網羅的解析を行った。その結果,加温脚の大腿四頭筋の断面積と等尺性最大膝伸展筋力の有意な増加が認められた。温熱刺激によりリボソームタンパク,翻訳開始因子,熱ショックタンパク質の遺伝子発現亢進およびインスリン様成長因子(IGF)の機能を抑制するIGF結合タンパク5(IGFBP5)の遺伝子発現の減少が確認され,インスリンシグナル伝達系活性化が示唆された。以上の結果から,温熱ストレスにより筋肥大や筋力増強効果がもたらされることが示された。この温熱ストレスの効果は,宇宙飛行士はもちろんのこと様々な病態に伴う筋萎縮のカウンターメジャーおよび筋萎縮からのリハビリテーションにおいて有用であると考えられた。尚,本研究はヘルシンキ宣言に基づき,豊橋創造大学生命倫理委員会による審査後,承認を得て実施された。