宇宙航空環境医学 Vol. 45, No. 4, 133, 2008

一般演題

19. 宇宙環境における生殖医学の研究の必要性

清水 強1,三木 猛生2,阿部 詩織3,伊東 千香3,酒井 百世4,浜 正子5,上條 かほり6,吉川 文彦6
根津 八紘6

1諏訪マタニテイークリニック 附属清水宇宙生理学研究所及び福島県立医科大学(名誉教授)
2北里大学 医学部衛生学公衆衛生学
3諏訪マタニテイークリニック 放射線部
4諏訪マタニテイークリニック 臨床検査部
5諏訪マタニテイークリニック 看護部
6諏訪マタニテイークリニック 産科婦人科

Study of the space reproductive medicine is essential to construct human society in space

Tsuyoshi Shimizu1, Takeo Miki2, Shiori Abe3, Chika Ito3, Momoyo Sakai4, Masako Hama5, Kaori Kamijo6, Fumihiko Yoshikawa6, Yahiro Netsu6

1Shimizu Institute of Space Physiology, Suwa Maternity Clinic & Fukushima Medical University (Prof. Emeritus)
2Dept. of Preventive Medicine and Public Health, School of Medicine, Kitasato University
3Dept. of Radiological Technology, Suwa Maternity Clinic
4Chemical Laboratory, Suwa Maternity Clinic
5Dept. of Nursing, Suwa Maternity Clinic
6Dept. of Obstetrics and Gynecology, Suwa Maternity Clinic

【はじめに】 少人数の宇宙飛行士達が宇宙での人工環境の中で月単位で数える程の長期滞在はもはや驚くようなことではなくなってきた。この「長期」は次に年単位となり,その滞在場所もISSから月面へ,更には火星へと期待され,その実現が幾つかの国々で真剣に検討されるようにもなった。こうした人類の宇宙進出はやがてはひとの集団居住という段階に至るであろう。 即ち,宇宙環境における人間社会の新たなる構築である。言う迄もなくこの新世界は平和な社会であらねばならない。そのためには人間社会構築の基本因子のひとつであるセクシュアリティの問題を十分念頭に置いておく必要がある。セクシュアリティは人間であることの基本的特性のひとつと言われる(セクシュアルヘルスの推進,日本語版,松本清一,宮原忍監修,WG by PAHO, WHO in Guatemala, 2000)。こうした課題についてわれわれはこれ迄種々提言発表してきた(清水強 他,Space Utiliz Res 20, 2004. 阿部詩織 他,Space Utiliz Res 22, 2006. Miki, T. et al., Gravitational Physiol. 13(1), 2006. 清水強 他,宇宙航空環境医学44, 2007 他)。今回はセクシュアリティ構成要素のうち継世代に関わる生殖現象に対する宇宙環境の影響を考察し,宇宙開発にとっての生殖医学研究の必要性を改めて提言する。
 【宇宙環境の生殖現象に対する影響(生殖医学的観点から)】 この問題に関しては,生殖過程(生殖細胞の形成,成熟からその運動,排出,受精,着床,胎盤形成,胎児発達,出産,保育−授乳,生後発達迄)と性別形成過程(性の決定から性の分化と発育迄)の全般に亘って体系的に考える必要があろう。生殖に影響する宇宙因子としては主として宇宙放射線と微小(低)重力が考えられるが,他の物理的因子と共に景観や室内構成等の居住性を含め精神的,心理的要因も無視できないであろう。宇宙放射線は生殖細胞や受精卵に対して,染色体,遺伝子の異変や分化の異常を惹起する可能性がある。重力の低下は生殖細胞の形態や運動,輸送の変化,性行為の変化,排卵,射精,受精,着床へも影響する可能性はあろう。妊娠中の母子では胎児の体位変動,形態変化,軽体重,小型化,羊水量減少,母体の体液分布の変化など,また,分娩時には筋力減少や骨の脆弱化による娩出力の減退,帝王切開分娩の問題,羊水や血液の飛散浮遊などの問題,生後は対面授乳の障害,搾乳障害,吐乳の処置,児の体形変化,直立歩行及びその開始の変化,地球環境への不適合など,考えねばならぬことは多く,それらに対する対策を考えることが更に重要となろう。もっとも産道・児頭不適合や早産,流産の減少の期待,娩出児の滑落の危惧なしなど有利な面もあるかもしれない。
 【まとめ】 21世紀の地球生物の生態や人類と宇宙との関わりを考えると,人間はやがて宇宙環境でも子孫を残そうとするであろう。従って,宇宙環境における生殖活動を今から体系的に研究して行くことは未来の人類にとって大いに必要なことである。宇宙の過酷な環境で人間が集団生活をして行くためには生殖活動を宇宙開発に伴ってどう考えて行くかを科学的に検討しておくことが大切で,そのため生殖医療分野の研究は宇宙開発にとって欠かせないものと思う。本学会でも積極的に取り組むことを期待したい。