宇宙航空環境医学 Vol. 45, No. 4, 128, 2008

一般演題

14. 火星重力相当のGz負荷での循環動態

小川 洋二郎,青木 健,斉藤 崇史,西村 直子,曷川 元,岩 賢一

日本大学医学部社会医学系衛生学分野

Circulation on simulated Mars hypogravity

Yojiro Ogawa, Ken Aoki, Takashi Saitoh, Naoko Nishimura, Hajime Katsukawa, Ken-ichi Iwasaki

Division of Hygiene, Department of Social Medicine, Nihon University School of Medicine

【背景および目的】 近年,国際宇宙ステーションの先の展開として,月面基地,火星進出計画が盛んに取りざたされている。月や火星では,国際宇宙ステーションにおける微小重力とは異なり,低重力環境に曝露される。具体的には,地球上(1 G)と比較し,月では1/6 G,火星では3/8 Gである。それを受けて,月や火星での低重力環境の影響や対処策の研究をどう推進すべきか議論される機会が多くなってきている。本研究では,今後,月や火星の重力の模擬実験を行う上での基礎データ,もしくは議論のきっかけを掴む為に,これまでの本施設で行った実験系より得られたデータを再解析した。
 【方法】 急性に頭から下肢方向(Gz)に約3/8 Gがかかる約20度のヘッドアップティルト(HUT)を行った際の健康成人男性10名の実験データを仰臥位と比較した。心電図,動脈圧波形,脳血流速度波形を5分間記録し,各波形から一心拍ごとのR-R間隔,血圧,脳血流速度を算出して,時系列データに変換した。静的(Static)評価指標として,心拍数,血圧,脳血流速度の5分間の区間平均値を求めた。また動的(Dynamic)評価指標としては,体循環および脳循環調節能を求めた。その際,体循環調節として心臓自律神経バランスと動脈圧受容器心臓反射機能を,脳循環調節として脳血流自動調節能の特に血圧変動に対する脳血流変動の依存度を主な評価項目とした。
 【結果】 20度HUT後,中心静脈圧は約4 mmHg低下した。その際,区間平均値の収縮期血圧および拡張期血圧は変化しなかったが,心拍数は軽度ながら有意に増加した。体循環調節能の評価指標である心臓自律神経バランスは交感神経優位へシフトし,動脈圧受容器心臓反射機能は低下傾向を示した。一方,脳循環において,区間平均値の脳血流速度は変化しなかったが,脳循環調節能の評価指標である血圧変動に対する脳血流変動の依存性が上昇し,脳血流自動調節能の悪化が示唆された。
 【考察】 当初,20度HUTは,地球上での仰臥位状態と大きな差は無いと予想していたが,体循環および脳循環においていくつかの点で相違が認められた。特に,血圧や脳血流速度の「区間平均(静的: Static)」の値は変わらないものの,圧受容器反射や脳循環の「調節能(動的: Dynamic)」の結果に差が生じていた。しかしながら,この20度HUTは,火星重力の十分な模擬状態とはいえないため,今後,月や火星の低重力環境に関する詳細な実験が必要と思われる。そのため,パラボリックフライトやHUTによりGz方向への低重力環境を模擬した際の循環調節系に及ぼす影響の検討を今後予定している。しかし,HUTは長時間可能な一方,低重力環境としては厳密性に劣る。パラボリックフライトの方がより厳密であるが,低重力前の過重力の影響や短時間しかデータ測定が出来ないなど課題が挙げられる。またさらに先の展開として,微小重力から月・火星程度の低重力に加え,人工過重力(2 G)までの幅広い可変的な重力がヒト循環調節全体に及ぼす影響を研究する準備を行っている。
 【結語】 本研究では,これまでの現有データを再解析することにより,火星重力相当のGz負荷が循環動態に及ぼす影響を検討した。仰臥位と比較して,20度HUTでは体循環および脳循環のいくつかの結果に相違が認められたため,今後詳細な検討を行う予定である。