宇宙航空環境医学 Vol. 45, No. 2, 61-67, 2008

原著

スクーバダイビング中における末梢血中酸素飽和度及び心拍数

田中 博史1,小田切優子2,森口 哲史3,下光 輝一2

1大東文化大学スポーツ・健康科学部
2東京医科大学公衆衛生学講座
3鹿児島大学教育学部

Peripheral Oxygen Saturation and Heart Rate during SCUBA Diving

Hiroshi Tanaka1, Yuko Odagiri2, Tetsushi Moriguchi3, Teruichi Shimomitsu2

1Department of Sports and Health Science, Daito Bunka University
2Department of Preventive Medicine and Public Health, Tokyo Medical University
3Faculty of Education, Kagoshima University

ABSTRACT
The purpose of this study was to examine, for the first time, how peripheral oxygen saturation (SpO2) level and heart rate (HR) change during SCUBA (self-contained underwater breathing apparatus) diving, that had been difficult to measure for a long time. Six adults (3 males, 3 females, mean age: 21 yrs) who were free from abnormality in respiratory function test participated in the study. The SpO2 level and the HR were measured by a pulse oximeter on the right-hand thumb covered by a water-proofed case and set for 10 minutes. Each participant was tested under the following four conditions: 1) regular respiration under the atmospheric pressure in a resting position sitting on a chair; 2) respiration under the atmospheric pressure through SCUBA equipment and an air tank in a resting position sitting on a chair; 3) respiration under the atmospheric pressure through SCUBA equipment and an air tank in a lying position facing down and 4) respiration under the SCUBA diving pressure through SCUBA equipment and an air tank in a lying position facing down at the bottom of a 1.4 meter-deep swimming pool. The results showed that mean SpO2 level was significantly higher under SCUBA diving pressure than under atmospheric pressure. Mean HR tended to be lower under SCUBA diving pressure than under atmospheric pressure, which confirmed the finding reported in a previous study. This study was the first one that investigated the SpO2 level during SCUBA diving and that pointed out a possibility that SpO2 measurement is valuable for SCUBA diving safety. Mechanisms behind these results need to be investigated in further studies.

(Received: 28 March, 2008 Accepted: 2 July, 2008)

Key words: Diving, Oxygen saturation, Heart rate

はじめに
 スクーバダイビングはレギュレーターを介してタンク内に充填されたエアーを呼吸に用いながら水中を自由に移動することができるスポーツである。スポーツの多くが大気圧下で行われるのとは異なり,水圧による環境変化が生体に与える影響が極めて大きいスポーツである19)
 スクーバダイビング中に発生すると予測される主な障害として,肺破裂や減圧症があげられる。肺破裂は,呼吸を止めたまま浮上すると,水中で受けている圧力の変化により肺の容積が膨張することによって起こる障害であり15),浮上時に呼吸を止めないことの厳守により予防ができる。減圧症は,呼吸潜水中に高分圧気体を体内に取り込むことにより血液や組織に窒素が溶解し,急浮上によって急激な圧力変化があると,血中や組織内で蓄積された窒素が気泡となって膨張し,各種障害をもたらすものである15)。また窒素のみならず,深度40 m下では,呼吸に用いる空気の酸素分圧が高くなり大気圧環境下で純酸素を呼吸することと同じ状況となることから,酸素中毒などの重い障害を生じる可能性も指摘されている3)
 以上のように,スクーバダイビングは人体に対して大きな影響を与えるが,職業としてのダイビングにとどまらず,現在ではレクリエーションとして若年から高齢者まで多くの人々に楽しまれているスポーツでもある4)。しかしダイビング時には,著しい環境の変化による急性の健康障害を生じることが知られており,事故の報告も後を絶たない。減圧症に関連した事故については,経験,スキル,知識などの不足による場合がほとんどであることが報告されており12,21,25,26),知識を付与する等により回避が可能と思われる。しかしながら最近の報告によると,潜水死亡事故の原因として溺死に次いで心臓病が挙げられており13),これは知識付与やスキルの向上のみでは回避できない。従って,潜水死亡事故を未然に防ぐためには心臓病に対するメディカルチェックが極めて重要と考えられる。しかし,スクーバダイビングのような水中運動のメディカルチェックには,陸上で行われる通常の運動負荷心電図検査は,水中運動の評価検査として理論的に十分とは言えず,実際のスクーバダイビング中の生体情報を評価することが必要であることが指摘されている9)。しかしながら,スクーバダイビング中での各種生体情報の記録については,水中という特殊な環境から測定器の防水性や耐圧の問題から測定が困難であり報告が極めて少なかった。わずかに,水中ホルター心電計を用いて潜水中における不整脈の発生状況を調査した研究が報告されているのみである2,9)
 そこで本研究は,スクーバダイビング時の血中酸素飽和度(以下SpO2)に着目することとした。スクーバダイビング中におけるSpO2 の測定に関する報告は見あたらないが,スクーバダイビング中の循環系生理変化を把握する上ではSpO2 値は大変重要な指標となり得る。そこで本研究では,これまで測定困難とされていた実際のスクーバダイビング中におけるSpO2 を心拍数(以下HR)と合わせて測定・評価することを目的とした。
 
方法
 I. 対象
 
本研究の対象は大学生6名(男性3名,女性3名)(平均年齢は21歳)であった。対象者は当該年度に行われた大学の健康診断において,特記すべき異常が認められない健常成人であり,ダイビングスキルは全員初心者レベルであった。本実験を行うにあたって,被験者の呼吸機能を日本光電社製電子スパイロメーター(マイクロスパイロHI-801)を用いて行った。被験者の努力性肺活量(VC),1秒率(FEV 1.0 %)の値はTable 1の通りである。拘束性障害および閉塞性障害についての臨床的な異常所見は認められなかった。
 本研究はヘルシンキ宣言に則り,被験者にはあらかじめ本研究の趣旨,データの取り扱い,本実験における安全性とリスク等について書面および口頭にて説明し,書面にてインフォームドコンセントを得た上で実験を開始した。 また,被験者としてこの実験に参加することは自身の任意であり,参加によって今後の単位取得等を含めた学生生活に一切関係がないこと,参加の拒否によって不利益が生じることはないことを説明し,完全なボランティアとしての参加であることの理解を得て参加してもらった。

Table 1. The profile of subjects
Subjects
Age
Sex
Height (cm)
Weight (kg)
VC (L)
FEV1.0%
A
23
F
160
53
3.09
80
B
21
M
172
62
4.36
97
C
21
M
177
68
5.02
86
D
20
F
163
54
2.79
84
E
21
F
159
55
3.38
89
F
30
M
168
65
3.88
85
M
21
167
59.5
3.75
87
SD
1.1
7
6.3
0.84
6
 VC=Vital Capacity
 FEV1.0%=Forced Expiratory Volume in one second percent



  II. 実験条件
 
実験は呼吸に用いる装置とエアーの影響,水圧の影響,体位の影響のそれぞれを検討するために以下の4つの状況を設定し,それぞれの状況下においてSpO2 およびHRの測定を行った。
 ① 大気圧下座位安静(通常呼吸)
 ② 大気圧下座位安静(スクーバ装置とエアタンクを使用して呼吸)
 ③ 大気圧下伏臥位安静(スクーバ装置とエアタンクを使用して呼吸)
 ④ スクーバダイビング中(スクーバ装置とエアタンクを使用して呼吸)
 実験条件の ①〜③ は,室内備え付けのエアコンにより室温28℃・湿度約40 % に保った部屋で1人ずつ行った。④ については,室内プール(25 m×水深1.4 m,室温30℃,水温29℃)にてスクーバダイビング中の安全性の確保のため1人ずつ測定を行った。
 III. 測定に用いた器材
 
設定された4つの状況下におけるSpO2 およびHRの測定にはKONICA MINOLTA社製パルスオキシメーター,酸素飽和度モニタPULSOX-3iに同社製の生体物理現象検査用センサ,フィンガークリッププローブSR-5Cを用いて行った。スクーバダイビング時にはパルスオキシメーターの防水性確保のため,筆者らが開発し実用新案登録済みである潜水用手部ドライケース(実用新案登録第3113352)を用いて行った(Fig. 1)。なおこの潜水用手部ドライケースの防水性能および得られるデータの信頼性についてはすでに報告済みである23,24)。潜水に用いたタンクは通常スクーバダイビングにて使用されるものと同じタンクを用意した。タンク内に充填されているガスは,専用コンプレッサーを使用して大気中の空気をフィルターを通じてタンク内に充填したものであり,大気中の空気の分圧と変わらないとされている。また,スクーバダイビングにて使用されるタンクは5年に1度の検査が法律で義務づけられているが,本実験で使用したタンクは法定の検査を実施済みのものであった。
 IV. 実験手順
 
実験で設定された状況 ①,②,③ のSpO2 およびHRの測定は,PULSOX-3iおよびSR-5Cのみを使用し,① については軽装のままイスに座った状態,② については① と同じ姿勢でレギュレーターを介してタンク内のエアーを使用して呼吸,③ については軽装のままベッドに伏臥位でレギュレーターを介してタンク内のエアーを使用して呼吸をさせた状態で測定を行った。測定時間は10分間とし,パルスオキシメーターに接続されたプローブを右人差し指に装着し,電源投入後,測定値が安定した時点から別途用意したストップウォッチにて10分間計測した。
 スクーバダイビング中におけるSpO2およびHRの測定は,PULSOX-3iおよびSR-5Cと潜水用手部ドライケースを装着し(Fig. 1),通常スクーバダイビングが行われるときと同様の器材を用いてプールに伏臥位で着底(水深1.4 m)した状態で測定を行った(Fig. 2)。なお,ウェットスーツは着用せず水着のまま器材を着用させた。測定時間は潜水を開始し着底した後,姿勢が落ち着いた時点から別途用意したストップウォッチにて10分間計測した。潜水中はなるべく動かずゆっくり大きな呼吸を心がけるように指示し,何か異変を感じたときにはすぐに中止して浮上するようにあらかじめ指示を与えてから実施した。また,スクーバダイビング中は安全を確保するためダイビングの熟練者がサポートとして一緒に潜水を行った。サポートダイバーは被験者に刺激を与えないように被験者の背後から見守った。① から ④ までの各条件での測定を各被験者に対して1回ずつ行った。なお,試技の順番は全被験者ともに条件 ① から順番に行った。
 実験により得られたデータはPULSOX-3i内蔵のメモリからパソコン上にSpO2 およびHRの時系列データを抽出した。その後,Microsoft社のExcelにてデータの処理を行った。なお,抽出されたデータのサンプリング間隔は5 secであった。また,アーチファクトやノイズの取り扱いについては前後5データの平均値によりフィルタリングした。データは4条件における被験者毎のSpO2 およびHRの平均と標準偏差を算出した。
 統計解析はSPSS version 15.0を用いて,実験条件による差を対応のあるt検定にて検討した。有意確率5% をもって,統計学的有意とした。

Fig. 1. A waterproof case to measure oxygen saturation and heart rate by a pulse oximetry under water
Fig. 2. A picture showing how oxygen saturation and heart rate are measured by a pulse oximetry under water


 
結果
I. SpO2 の比較
 
大気圧下における通常呼吸座位安静時,スクーバ装置を使用しての呼吸での座位安静時と伏臥位安静時の3条件下のSpO2 値はそれぞれ97.9±0.2%,97.9±0.3%,97.8±0.2%であり,有意な差は見られなかったが,スクーバダイビング中の SpO2 は,平均で99.3±0.2% であり,通常呼吸座位安静時,スクーバ装置を使用した呼吸での座位安静時および伏臥位安静時よりも高値を示し,統計学的に有意であった(Table 2)。

Table 2.  The responses of oxygen saturation by pulse oximetry (%) of each subject in four conditions: 1) regular respiration under the atmospheric pressure in a resting position sitting on a chair 2) respiration under the atmospheric pressure through SCUBA equipment and an air tank in a resting position sitting on a chair 3) respiration under the atmospheric pressure through SCUBA equipment and an air tank in a lying position facing down and 4) respiration under the SCUBA diving pressure through SCUBA equipment and an air tank in a lying position facing down at the bottom of a 1.4 meter-deep swimming pool
  Subjects A B C D E F Mean
(all subjects)
Atmospheric
pressure/Sitting
position/Without
SCUBA device
Mean 97.8 98.2 97.9 97.9 97.7 98 97.9
SD 0.4 0.7 0.6 0.7 0.5 0.2 0.2
Atmospheric
pressure/Sitting
position/With SCUBA
device
Mean 97.1 98.3 97.2 98.4 97.6 98.8 97.9
SD 0.6 0.5 0.5 0.5 0.5 1.2 0.3
Atmospheric
pessure/Prone
position/With SCUBA
device;
Mean 97.2 97.1 97.3 99.1 97.6 98.3 97.8
SD 0.4 1.0 0.7 0.4 0.5 0.6 0.2
Diving Mean 99.7 99.3 99.1 99.3 99.2 99.2
99.3 †††
∗∗
¶¶
SD 0.6 0.8 0.9 0.9 0.8 0.8 0.2
 ††† : p<0.000 as compared with atmospheric pressure in a sitting position without SCUBA device
 ∗∗: p<0.01, as compared with atmospheric pressire in a sitting position with SCUBA device
 ¶¶: p<0.01 as compared with atmospheric pressure in a prone position with SCUBA device



 II. HRの比較
 
Table 3には大気圧下でのスクーバ装置を使用した呼吸での座位安静時と伏臥位安静時,スクーバダイビング中の各状況における被験者毎のHRの平均値および標準偏差を示した。スクーバダイビング中のHRは被験者Aを除く5名においてスクーバ装置を使用した呼吸での座位安静時あるいは伏臥位安静時よりも低かった。被験者6名の平均値の差の検定では,有意な差は見られなかった。

Table 3.  The responses of heart rate (BPM) of each subject in four conditions: 1) regular respiration under the atmospheric pressure in a resting position sitting on a chair 2) respiration under the atmospheric pressure through SCUBA equipment and an air tank in a resting position sitting on a chair 3) respiration under the atmospheric pressure through SCUBA equipment and an air tank in a lying position facing down and 4) respiration under the SCUBA diving pressure through SCUBA equipment and an air tank in a lying position facing down at the bottom of a 1.4 meter-deep swimming pool
  Subjects A B C D E F Mean
(all subjects)
Atmospheric
pressure/Sitting
position/Without
SCUBA device
Mean 60.6 57.2 63.3 61.5 86.3 64.6 65.6
SD 3.6 5.7 4.6 3.9 2.9 2.6 10.5
Atmospheric
pressure/Sitting
position/With SCUBA
device
Mean 59.2 59.6 66 60.1 75.2 66.6 64.4
SD 2.6 2.9 3.0 4.6 2.8 3.0 0.7
Atmospheric
pessure/Prone
position/With SCUBA
device
Mean 57.6 54.9 61 60.1 70.7 66.3 61.8
SD 4.2 3.6 2.3 4.3 4.4 3.6 0.8
Diving Mean 62.6 54.5 58.9 55.7 69.6 61.6 60.8
SD 4.6 4.4 4.1 6.8 6.0 5.9 5.2



考察
 これまで,スクーバダイビング中におけるSpO2 の変化についての報告はなく,本研究が初めてである。これまで実際のスクーバダイビング中におけるSpO2 の検討が成されなかった理由として,測定器具の防水性や耐圧に関する問題があげられる。我々はSpO2 の測定装置の他,指先において測定する小型の機器の防水性を確保する潜水用手部ドライケースを開発し測定を可能とした23,24)
 本研究でSpO2 の測定に用いたパルスオキシメーターは,すでに救急車に常備されており,また在宅低肺機能酸素療養者における低酸素症の治療判定基準に用いられたり1),主に医療現場で使用されてきた。その携帯性の良さから,登山時のパフォーマンス予測10),高山病症状の予見等にも用いられている14)。登山時は標高が上がるにつれて低圧環境となりそれに伴い空気を組成する各気体の分圧も低下する。低圧・低酸素環境下におけるパルスオキシメーターを用いた測定においては大気圧(1 ata)で98.6% のSpO2 が,標高3,000 m(0.69 ata)で87.7%,標高4,000 m(0.6 ata)で75.6%,標高6,000 m(0.46 ata)で47.5% まで低下し,大気圧の低下に伴い有意に低下したと報告されている5) ことから,環境の変化に伴って変動するSpO2 の測定には信頼のおける測定機器であるといえる。
 本研究の結果では,スクーバダイビング中のSpO2 の変動が,タンク内に充填されたエアー,レギュレータを使用しての呼吸,体位の影響である可能性を否定するために,まず,大気圧下における通常呼吸座位安静時,スクーバ装置を使用しての呼吸での座位安静時と伏臥位安静時の3条件におけるSpO2 について検討した。その結果,被験者のSpO2の平均値に差は見られなかった。従って,大気圧下においてスクーバ装置を使用してタンク内に充填されたエアーを使用しての呼吸はSpO2 に影響を与えないといえる。一方,スクーバダイビング中のSpO2 は平均で99.3% であり,大気圧環境下でスクーバ装置とエアタンクを使用した2条件での97.9% あるいは97.8% およびスクーバ装置とエアタンクを使用した条件での97.9% より有意に高かった。本研究の実験条件による潜水深度は最大で1.4 m(1.14 ata)であり,通常スクーバダイビングを楽しむ深度である10 m(2 ata)以上より,明らかに外的圧力は低いにもかかわらずSpO2 は高値であった。
 陸上における高圧酸素室でのSpO2 およびHRの変化について,大倉ら16) は,SpO2 は安静時,運動時ともに酸素濃度の上昇に伴い高くなり,HRは安静時,運動時ともに酸素濃度の上昇に伴い低下したこと,その理由として高圧環境下では酸素分圧の上昇に伴いSpO2 も高くなり,組織への酸素供給能が高まることによりHRが減少するのではないかと考察している。このことから,本研究の結果は,潜水によって高圧環境下に曝露されたことが原因でSpO2 およびHRの変化が生じたものと考えられた。しかしながらスクーバダイビングでは高圧力下という環境変化のみならず,タンクからレギュレーターを通じて呼吸するという日常生活とは異なる状況が加わって変化が生じた可能性(呼吸数,あるいは肺活量の変化など)も考えられるため,今後追求していく必要がある。
 スクーバダイビング中のHRについては測定の容易さからいくつかの報告がある7,17,18,22)。HRは潜水前と比べて潜水中に低下し3,4),その低下は平均15% の減少であったが潜水深度との間には明らかな関係は認められなかったと報告されている11)
 本研究の結果では,統計学的に有意ではなかったものの,被験者6人中5名において,安静時よりもスクーバダイビング中のHRが低かった。この結果はこれまでの先行研究と同様といえる。このような徐脈が生じる理由として潜水反射による強い副交感神経反応刺激が洞結節の自動能や房室結節の伝導能を抑制するため8) や,酸素過剰による徐脈とも考えられている25)。さらに,飽和潜水中の心血管自律神経機能の変化について検討した報告によると,心臓副交感神経系は高圧下徐脈における初期のモジュレーターであり,特に圧縮期において明らかであることが示唆され,高圧下徐脈は正常圧,正常酸素から高圧および高圧酸素状態への変化に対する生理学的適応の結果と考えられると報告されている6)。これらの報告より,スクーバダイビング時に生ずる徐脈は心臓副交感神経系の作用によるものであると考えられるが,これらの研究方法はドライ環境における圧力変化での測定であることが多くスクーバ装置を使用してのダイビングとは状況が異なることに留意する必要がある。今後,実際のスクーバダイビング中における心電図検査等から自律神経系の活動を把握するなどの方法による解析や検討が必要である。スクーバダイビング中における心拍数の低下については,本研究の結果およびいくつかの報告により明らかであることから,安全にダイビングを楽しむ上では先行研究において述べられているように潜水中の心電図検査を利用したメディカルチェックが重要であろう。
 今回の実験の被験者のスクーバダイビングのスキルは初心者レベルであったため,レギュレーターからの呼吸に不慣れなことから過呼吸を起こしそれがSpO2 上昇の原因となった可能性も否定できない。今後,測定する深度をさらに深く設定しSpO2 の変化を調査すること,スクーバダイビングの熟練者は初心者に比べ呼吸が安定していることから熟練者を対象とした測定すること,さらには現在可能であるとされている潜水中におけるホルター心電計を用いた測定2,8,9) から得られる心電図から自律神経系の活動状況を把握し,同時にSpO2 を測定してそれらの関連を検討すること,などが必要である。また,潜水徐脈は酸素過剰による徐脈とも考えられている20) ため,徐脈の発生とSpO2 の関連性についても今後,調査・検討をする必要があると思われる。
 本研究により,スクーバダイビング中におけるSpO2 は高値を示す傾向にあるという結果を得た。今後は今回の結果を基礎資料とした多方面からのさらなる追求が必要である。
 
まとめ
 本研究の結果より,潜水中におけるSpO2 は安静時と比較して有意に高値を示すことが明らかとなった。また,潜水中におけるHRは安静時と比較して低い傾向があり,先行研究と同様の結果が確認された。本研究はスクーバダイビング中におけるSpO2 の変化について明らかにした初めての論文であり,スクーバダイビングの安全な実施に向けてSpO2 の測定が有用である可能性を指摘した。今後,SpO2 の上昇や徐脈が発生する理由について検討していく必要がある。
 
謝辞
 本研究を結ぶにあたり,被験者を快く引き受けてくれた大東文化大学スポーツ・健康科学部の学生に感謝申し上げます。なお,この研究は平成18年度大東文化大学特別研究費の助成を受けて行われたものである。
 
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