宇宙航空環境医学 Vol. 45, No. 2, 51-59, 2008

原著

乗車中の車載TV視聴が車酔い発症に与える影響

森本 明宏1,2,井須 尚紀1

1三重大学大学院 工学研究科
2松下電器産業株式会社 パナソニックオートモーティブシステムズ社

Effects of Watching an Onboard TV on Car Sickness Inducement

Akihiro Morimoto1,2, Naoki Isu1

1Faculty of Engineering, Mie University
2Panasonic Automotive Systems Company, Matsushita Electric Industrial Co., Ltd.

ABSTRACT
This experimental study shows that how severely watching an onboard TV effects on car sickness inducement. The car sickness severity was measured under movie-watching, book-reading, and no-task conditions. A winding road with numerous curves but no traffic signals was used in the experiment as a driving course. The severity was measured by the rating scale method using 11 numerical categories from 0 (normal condition with no sickness) to 10 (limit of subjects endurance of severe nausea: endpoint). The rating scale was converted to a distance scale in accordance with the law of categorical judgment. The severity increased almost in proportion to the time over the 15 minutes of car-riding under every condition. Regression lines were fitted to the courses of the severity so as to pass the origin. The ratio of slopes of the lines for the book-reading, movie-watching, and no-task conditions was 2.7 : 2.2 : 1 in the above order. This showed that the car sickness severity was increased more than twice by watching a movie, and that the severity was two-tenths less than that caused by reading a book. The aggravation of car sickness by watching a movie and reading a book is considered to come from an increase in visual-vestibular sensory conflict. The visual system conveys stationary information when reading a book, while it conveys some sensation of movement in the world of movie when watching a movie. On the other hand, the vestibular system conveys the sensation of body movement which reflects car motion. Thus, both sensory systems possibly caused an intense conflict of information and aggravated the car sickness.

(Received: 25 January, 2008 Accepted: 7 April, 2008)

Key words: car sickness, visual, vestibular, sensory conflict, rear-seat entertainment

I. はじめに
 近年,自動車の後部座席でTV視聴を行うリアシートエンターテイメントと呼ばれるシステムが増えてきている。自動車に乗車中に地図を見たり読書を行うと,車酔いを起こしやすいことが良く知られているが,乗車中にTV視聴を行うと,乗車中の読書と同様に車酔いが発症する可能性がある。前庭感覚器からは体が動いているという情報が伝えられるのに対して,視覚器からは体の動きに対応した情報が伝えられないため,視覚−前庭感覚間の感覚情報の矛盾15) が生じて車酔いが増強すると考えられる。
 先行研究では,車酔いの発生に対して視覚が大きく影響したことが報告されている。Turner & Griffin19−21) は,56台のバスに乗車した3,256名の乗客に対してアンケート調査を実施し,公共輸送における車酔いの発生に関して調査した。この報告によると,長距離バスでの旅行中に乗客の28.4% は不快と感じ,12.8% は吐き気を発症し,1.7% は嘔吐した。道路前方の視野に関するさまざまな条件下で動揺病不快感を比較検討し,道路前方があまり見えない条件では車酔いが増強する結果を得た。道路前方が全く見えない乗客の車酔い発生率は34.6% であり,道路前方の視界が良好な乗客の車酔い発生率12.7% に比べて,約3倍高い発生率であった20)。道路前方の視野が良好な条件では,車酔いの発生を完全には抑制することはできなかったが,揺れの大きさが異なっても動揺病不快感強度にはほとんど差が見られなかった19)。一方道路前方の視野が悪い条件では,女性は男性より車酔いを発症しやすいことが示された20)。これらの結果により,道路の前方視野を良好にすることで,車酔いを極めて低減し得ることが示唆された。更に,バス旅行が初めての人あるいはほとんどバス旅行をしない人にとって,前方視野を良くすることが車酔いに対して極めて有効であることが示唆された。
 Probstら14) は,直線加速度を与えた実車実験を行い,車酔いにおける視覚の効果を示した。実験は,a) 開眼で道路前方の視野良好,b) 閉眼,c) 開眼で室内の静止物を注視,の3種類の条件下で実施され,被験者は高速道路上で頻繁なブレーキ操作により前後加速度を与えられた。動揺病不快感は,条件c) で最も増強し,次に条件b) で増強した。すなわち開眼で室内の静止物を注視した条件では,車酔いに対し悪影響を与え,閉眼条件よりも強い車酔いを発生させた。Griffin & Newman5) も,前方視野の有効性を示した。道路前方の視野が良好な条件では,前方視野の広さにかかわらず同程度に車酔いが減少した。一方前方視野が不良な条件では,横方向の視野の有無にかかわらず遮眼条件と同程度の車酔いが発生した。更にこの研究では,車の前方に取り付けたカメラで道路前方を撮影しながら,乗員がその映像を見ることができる表示装置を使用し,車酔いに対する効果を検証した。しかしながら車酔いを低減する結果は得られず,むしろ車酔いが悪化した。カメラによる道路前方の撮像画角は,乗員が表示装置を見る際の視覚とほぼ一致していたが,表示装置は,車の動きの適切な感覚情報を与えることができなかったと思われる。
 本研究の目的は,乗車中にTV視聴することにより車酔いがどの程度増強されるか検証することである。本実験では,カーブの多い道を走行し被験者に車酔いを発生させた。被験者には乗車中に車載TVで映画を視聴させて,動揺病不快感強度を測定した。更に読書,普通乗車での走行実験を行い,動揺病不快感の比較を行った。車載TVの普及が進む今日,乗車中のTV視聴によってどの程度車酔いが増強するかを予測することは極めて重要である。また,車酔いの増強を抑制する車載TVの開発,更には車酔いの発生を予防あるいは低減する車載TVの開発が望まれる。本研究は,このような車載TVの開発にあたって,車酔い低減効果の目標や評価基準を定めるための基礎的知見を与えるものと期待される。
 
II. 実験方法
 A. 被験者
 
被験者は,これまでにめまいや難聴など耳鼻咽喉科疾患の既往のない20歳前後の健康男女31人(男性21名,女性10名)であった。実車走行実験は被験者への充分な説明と,書面による被験者の事前同意を得て行った。なお被験者が実験中断を要望した際には,いつでも実験を中断することができることを説明した。被験者の動揺病不快感が強く実験を継続できない場合には,直ちに実験を中断した。
 B. 実験装置
 
三列シート7人乗りのミニバンタイプの車(全長1,690[mm],幅1,760[mm],高さ1,660[mm]で,2,362[cc]のガソリンエンジン車)を使用して実車実験を行った。1回の実験につき,1〜2名の被験者を二列目シートに座らせて走行した。前席のヘッドレストの位置に2台の車載TVをそれぞれ天井から吊り下げ設置した。被験者から車載TVまでの距離は約60 cmであった。車載TVは11[inch](横24.4[cm],縦13.8[cm],水平解像度800[dot],垂直解像度480[dot]),水平視角は約23[deg]であった。TV視聴は,DVDプレイヤーによる映画の再生とし,音声はFMカーステレオを介して車両の両サイドのドアに付けられたスピーカーから再生した。
 C. 刺激(乗車条件と乗車コース)
 
以下の3つの乗車条件で車酔いを発生させ,動揺病不快感を比較した。
 a) TV視聴条件
 b) 読書条件
 c) 普通乗車条件
 a) のTV視聴条件では,被験者に車載TVで映画を視聴させた。使用した映画は,激しい動きや不快なシーンが無く,被験者が意識を集中しやすい恋愛映画や家族コメディ映画のようなストーリー性の高い映画とした。なお音声は日本語で,字幕が無い映画とした。b) の読書条件では,ほとんど文字は無いが多数の小さな人物画(キャラクター)が書かれている絵本を使用した。被験者は絵本に描かれている多数の人物画からある特定の人物画を見つけ出す作業を行った。一方,c) の普通乗車条件では,被験者には特別な制約は課さず静かに乗車させた。普通に乗車しているように,車の外を自由に見ることを許可した。
 実験で使用した走行経路は,カーブが多く時々なだらかな傾斜がある郊外路で,信号は無いが2箇所の一旦停止があった。道路沿いには家が無く,交通量はまばらで渋滞は無かった。走行経路は1周約2.1[km],1周の走行時間は約3分であり,1回の実験では5周走行し,走行時間15分とした。運転にばらつきが出ないように全実験を運転手1人で実施し,運転手には制限速度(50[km/h])を守り,できるだけ正確に車線に沿って等速で走行するように運転させた。車の運動は6自由度(加速度3軸,角速度3軸)で計測した。走行経路には19箇所の鋭いカーブがあり,Yaw回転の角速度は最大約35[deg/s]であった。
 D. 動揺病不快感の測定と解析方法
 
主観的な心理量である動揺病不快感を定量的に解析するために,評定尺度法によって不快感強度を序数尺度で測定した後,範疇判断の法則18) に基づいて距離尺度化を施した。0(不快感なし)〜10(不快感・吐き気が強くこれ以上乗車できない状態)までの11段階で主観的に評価させ,実験中に感じる不快感の強さを1分間毎に口頭で回答させた。なお被験者には,0〜10の評定値で不快感をできるだけ等間隔に表現するよう指示した。なお,不快感が強いために実験を中断した場合には,中断後の動揺病不快感は最大評定値の10として解析した。動揺病不快感の解析において,評定尺度は被験者毎の車酔いに対する感受性を調整(詳細な手順は実験結果に記載)した後で,範疇判断の法則(condition B)に基づいて等間隔な尺度である距離尺度(間隔尺度)に変換した。
 E. 実験手順
 
それぞれの試行では1〜2人の被験者が車両の二列目シートに乗車した。実験走行経路の開始地点に到着するまで約15分要し,約10分間の休憩後実験を開始した。乗車条件ができる限り均等になる様に,被験者を各条件に割り当てた。各条件での試行数は,a) TV視聴条件27試行,b) 読書条件27試行,c) 普通乗車条件39試行,計93試行であった。実車実験は15分間であった。主観的な動揺病不快感を,走行開始直前から1分毎に回答させた。被験者の不快感が強く実験中断を被験者が望んだ時には直ちに実験を中断した。中断した試行数は,a) TV視聴条件3試行,b) 読書条件3試行,c) 普通乗車条件は0試行であった。
 
III. 実験結果
 A. 車酔い発症の時間推移
 
動揺病不快感は,全ての条件下で乗車中次第に増強した。動揺病不快感の時間推移をFig. 1のヒストグラムに示す。3条件それぞれについて,0分経過(実験開始),5分経過,10分経過,15分経過(実験終了)における動揺病不快感を示している。横軸は評定尺度での動揺病不快感を示す。 3条件で試行数が異なるため,ヒストグラムを直接比較しやすいように縦軸は試行数ではなく試行数の割合で示している。
 ほとんど全ての試行において乗車開始時刻(0分)では動揺病不快感は0であった。TV視聴条件,読書条件ではほとんど全ての試行で動揺病不快感が次第に増強した。不快感の分布は,時間経過に伴って右側に推移,すなわち不快感が増強した。TV視聴条件および読書条件では,約10% の試行において試行の途中で不快感10に達した。一方,普通乗車条件の約40% が15分経過(実験終了)しても不快感が0(不快感なし)のままであった。普通乗車条件では,全ての試行で全乗車時間を通して不快感が中程度以下(6以下の不快感)のままであった。Wilcoxonの順位和検定の結果,TV視聴条件では3分以降全ての乗車時間で,普通乗車条件に比べて有意に動揺病不快感が増強していることが認められた(p<0.01)。また読書条件では13分(p=0.051)を除いて9分以降全ての乗車時間で,TV視聴条件に比べて有意に動揺病不快感が増強していることが認められた(p<0.05)。


 
Fig. 1.  Histograms of car sickness severity during the car ride.
 Histograms of car sickness severity every five minutes are shown separately for the riding conditions: (a) movie-watching, (b) book-reading, and (c) no-task conditions. The abscissas indicate the severity of car sickness in the rating scale, and the ordinates indicate ratios of trials rather than frequencies for convenience of comparison.


 B. 車酔い感受性
 
車酔いのしやすさ,すなわち車酔いに対する感受性は被験者により大きく異なる。上記3乗車条件で動揺病不快感を比較するためには,被験者の車酔いに対する感受性がそれぞれの条件に均等に分布するように,被験者を割り当てる必要がある。
 ほとんど全ての試行において不快感が直線的に増強しているため,各被験者の一試行毎に,横軸に乗車時間,縦軸に不快感強度を取って最小二乗法による回帰直線の傾きを算出した。被験者毎に,3条件を通して全試行で求めた回帰直線の傾きを平均し,その平均値によって被験者の車酔い感受性を表した。ここで,乗車開始時刻(0分)では動揺病不快感は0(不快感なし)と想定されるため,原点を通る直線に回帰した。Fig. 2は車酔いに対する被験者の感受性のヒストグラムを示す。Fig. 2上図のヒストグラムは,横軸に被験者の感受性を,縦軸にその感受性を示した被験者数を示している。例えば,感受性が0.67 [score/min.]の被験者の場合,15分乗車後に最大不快感10に達することになる。また,感受性が0.1 [score/min.]の被験者なら,15分乗車後に不快感が2に満たないことになる。31人の被験者間で,感受性は幅広く分布したが,5人の被験者は極めて感受性が低く(0.05 [score/min.]未満),15分走行後でも全くあるいはほとんど不快感がなかった。多数の被験者の感受性は0.1〜0.2近傍を中心に0.5[score/min.]以上まで広がっていた。被験者1名は0.8 [score/min.]という非常に高い感受性であった。
 被験者の実験参加は本人の自由意志によるものであるため,全ての被験者が同じ試行数それぞれの乗車条件の実験に参加したとは限らない。一般に,車酔いに対して高い感受性を持つ被験者は,強い車酔いが発生すると以降の実験参加を取り止める割合が高い。従ってFig. 2下図に示すように,被験者の全試行の感受性の分布は,Fig. 2上図の被験者数の分布とは異なっている。すなわち感受性の高い被験者によって行われた試行数は,感受性の低い被験者によって行われた試行数に比べて相対的に少なくなっている。そこで,車酔いに対する感受性を感受性L (low) と感受性 H (high) の2つのグループに分けることとし,試行数がほとんど同じになるように0.2 [score/min.](Fig. 2下図に点線で示す)をグループの境界として被験者を分類した。3乗車条件についてそれぞれの感受性に分類した試行数(感受性L: 感受性H)は,a) TV視聴条件15 : 12,b) 読書条件11 : 16,c) 普通乗車条件20 : 19であった。各乗車条件では,2つの感受性のグループの比が同一にはならなかったため,以降の解析では感受性LとHの比が46 : 47(全試行数の比)となるように重み付けを行い車酔い感受性の偏りを補正した。

Fig. 2.  Histograms of the susceptibility to car sickness.
 (a) Distribution of the susceptibility to car sickness among the subjects. The susceptibility was evaluated by a personal average of slopes of regression lines which were fitted to the progress of car sickness severity under a limitation that they passed the origin. (b) Distribution of subjects' susceptibility in the whole trials. The susceptibility to car sickness was classified into two groups: L (low) and H (high), so that subjects in each group would participate in almost the same numbers of trials. The boundary was 0.2 score/min.



 C. 動揺病不快感の評定尺度から距離尺度への変換
 
動揺病不快感は,11段階の評定尺度を使って計測した。11段階の評定尺度は数字の表現を使っているが,それぞれのカテゴリーは隣接したカテゴリーから必ずしも同一の距離間隔であるとは限らない順序尺度である。このため,評定尺度で表現された動揺病不快感は,厳密には定量的に扱うことができない。そこで,範疇判断の法則(condition B)18) に基づいて,測定した評定尺度を等間隔が保証される距離尺度に変換した。そのために,以下のような仮定をおく。
 

1) 被験者は心理学的連続体を持っており,動揺病不快感強度はその心理学的連続体上の点に位置づけられる。評定尺度の各カテゴリーは心理学的連続体上の範囲を区切る。
2) 与えられた刺激(本研究では,各刺激条件下での各乗車時間)に対する反応の強度(本研究では動揺病不快感強度)は,心理学的連続体上で正規分布する。ここで正規分布は,刺激毎に定まる平均値と分散を持つ。
3) 隣接するカテゴリー間の境界も,それぞれ心理学的連続体上で分布しており,各境界の位置は同一の分散を持つ正規分布に従う。被験者は刺激に対する反応の強度が位置するカテゴリーを選択する。

 上記仮定に基づいて,個々の動揺病不快感の分布を正規分布に適合させ,距離尺度を構成した。まず前節(III章B節)で述べたように,車酔いに対する感受性による重み付けを行うことによって,尺度間の変換前に動揺病不快感の分布の偏りを補正した。次にカテゴリー境界を心理学的連続体上で算出し,距離尺度と評定尺度の換算を行った。Fig. 3に本実験における動揺病不快感の評定尺度(上段)と距離尺度(下段)の関係を示す。それぞれのカテゴリーの境界と,各カテゴリーにおける不快感強度の平均値に対応する距離尺度を示している。

Fig. 3.  Relation of the rating scale to the distance scale of car sickness severity.     
 Car sickness severity measured in the rating scale was converted to the distance scale in accordance with the law of categorical judgment (condition B). The category boundaries and the mean values in the range of individual categories were indicated in the distance scale.



 D. 動揺病不快感の増強
 
前節 (III章C節) で述べたように各乗車条件で動揺病不快感を1分毎に測定し,動揺病不快感強度の分布が心理学的連続体上で正規分布に従うと仮定した。動揺病不快感の平均強度は,算出したそれぞれの分布の平均値とした。Fig. 4は,3乗車条件における動揺病不快感の平均強度の時間推移を示す。図のそれぞれの点は,乗車時間の経過1分毎の平均強度を示す。3条件とも,動揺病不快感は15分間の乗車時間にほぼ比例して増強した。動揺病不快感は全乗車時間を通して,読書条件で最も強く,次にTV視聴条件で強く,3条件間で顕著な差が認められた。
 各乗車条件での動揺病不快感の平均強度の時間推移を,原点を通る直線に回帰した。回帰直線の傾きは,読書条件,TV視聴条件,普通乗車条件でそれぞれ,0.401,0.324,0.149であり,普通乗車条件の回帰直線の傾きを基準とすると,
読書条件 : TV視聴条件 : 普通乗車条件=2.7 : 2.2 : 1
であった。すなわち,普通乗車に比べるとTV視聴により動揺病不快感が2倍以上に増強した。これは読書条件に比べると約2割低い不快感であった。

Fig. 4.  Progression of average car sickness severity under the three conditions.   
 Each point indicates the average severity of car sickness expressed in the distance scale. The severity of car sickness increased almost in proportion to the period of car-riding. Car sickness was aggravated more than twice by watching a movie, but it was two-tenth less than that caused by reading a book.



IV. 考察
 
先行研究1,4,16,24) では,様々な手法で動揺病不快感強度が表現されている。最も有名な手法の一つは,Graybielらによって提案された診断基準(diagnostic criteria)である。評点は被験者が発症した個々の車酔いの症状によって5段階(1, 2, 4, 8, 16の評点)で与えられ,動揺病不快感は評点の合計に従って5段階にカテゴリー分けされている。症状の種類や程度により,適切な評点が割当てられていると考えられるが,異なる症状の同じ評点が同じ動揺病不快感を示すのか保証されておらず,また2倍の評点が2倍の動揺病不快感を示すのかも保証されていない。またReason & Graybiel16) は動揺病不快感の表現方法として,不快度指数(well-being score)を提案している。不快度指数は,被験者によって11段階 (0〜10)によって評価される。通常動揺病の症状は,被験者にとって特定の評点で現れると考えられるが,個々の評点の幅は主観的に決められているため,評点は序数尺度であり,厳密には定量的に扱うことができない。本研究においても,動揺病不快感の測定手法として彼らの不快度指数と同一の手法を用いており,測定された評点は序数尺度である。しかし,この評点を範疇判断の法則18) に基づいて距離尺度化することによって,動揺病不快感の定量的解析を可能にしている。
 Fig. 4は,刺激時間に比例して動揺病不快感が増強したことを示している。同様の傾向が,動揺病不快感を評定尺度7段階で評価した先行研究11,23) でも見られている。30分間の実験において動揺病不快感が,水平方向の身体動揺11) や視運動刺激23) の継続時間に比例して増強する結果が得られている。これに対して,動揺病の症状は突然に発症し,その後階段状に悪化するように思われる。Reason & Graybiel16) は,動揺病の症状と不快度指数(well-being score)の関係を示した。胃の違和感のようないくつかの軽い症状が不快度指数3〜4で,症状の増強が不快度指数6〜7で,強い吐き気は不快度指数10で発生する。症状のように外見に表れる様子は階段状に変化するが,その一方で症状を引き起こす体内の状態が継続的に変化することが考えられる。強い動揺病不快感は感覚情報の矛盾の強さに比例することが報告されており7),短時間(例えば15分)の刺激時間の場合には,動揺病不快感は刺激時間に比例して増強すると考えられる。
 本研究では全条件で動揺病不快感が乗車時間に比例して増強したので,各乗車条件での動揺病不快感の平均強度の時間推移を,原点を通る直線に回帰した。得られた回帰直線の傾きを用いて,各乗車条件間で動揺病不快感強度を比較した。その結果,TV視聴条件では普通乗車条件に対して2倍以上車酔いが悪化することすることが示された。これは,読書条件より2割程度少ないだけの動揺病不快感であった。TV視聴条件や読書条件における動揺病不快感の増強は,視覚−前庭感覚間の感覚情報の矛盾の増大に起因すると考えられる。すなわち読書をしている際には視覚から静止した状態であることを知覚する一方,車載TVを視聴した際には映像空間での動きもしくは静止の情報を知覚する。これに対して,前庭感覚からは車の動きを反映した体の動きの情報を知覚する。このようにTV視聴条件および読書条件では二つの感覚器は強い感覚情報の矛盾を引き起こし,車酔いを悪化させたと考えられる。本研究の普通乗車条件では視覚−前庭感覚間の感覚情報の矛盾が上記2条件に比べて小さいと考えられるが,車の内部を見ていると感覚情報の矛盾を引き起こし動揺病不快感が増強する。しかし外部視野,特に前方視野が与えられると,動揺病不快感が低減されることが報告されている5)
 TV視聴条件と読書条件間で発生した動揺病不快感強度の差異について考察する。要因の一つとして,外部視野の有無の差が考えられる。TV視聴条件では被験者は二列目シートに座り,前方60[cm]の位置に設置された車載TVで映画を視聴した。このため被験者は車載TVの周辺後方から前方外部を部分的に見ることができた。これに対して読書条件では,被験者は少し下向きの姿勢で読書を行った。すなわち読書条件では周辺視野は車室内部に制限されており,被験者は視覚から体の動きの情報を全く得ることができなかった。Griffin & Newman5) は,車酔いを抑制するために前方視野の重要性を報告している。例え視野が狭くとも,前方視野を得ることができれば車酔いを低減できるという結果であった。このために本研究の TV視聴条件では,車載TVの周辺後方から前方外部が部分的に見えたために,読書条件より車酔いが低減されたと考えられる。
 TV視聴条件と読書条件間で動揺病不快感強度の差異が発生した別の要因として,静止した視覚対象に対する被験者の注視度合いの差が考えられる。先行研究9,11,13,14) では,動揺刺激を受けた場合には,閉眼・遮眼の状態より開眼で室内の静止物を注視した方が,動揺病不快感が増強したと報告されている。本研究のTV視聴条件においては,被験者は水平視角約20度の車載TVの画面全体を集中して見ており,その視野は中心視野の広い範囲に広がるものであった。一方,読書条件では,被験者はページ内に描かれた小さな人物画(キャラクター)を探索しており,サッケードを起こしながらも中心窩近傍での一点注視に近い状況であった。静止物を注視する際には,前庭動眼反射は効果的に抑制されるが,この条件では視覚−前庭感覚間の感覚情報の矛盾により動揺病が発生しやすい可能性がある。もし字幕付きの映画を視聴する場合には,読書条件に近い一点注視の視覚的負荷が加わることになり,車酔いがより増強されることが考えられる。また,本実験では被験者をTV視聴に集中させるためにストーリー性の高い映画を使用したが,映画の内容によって被験者の興味の度合いが異なり,集中度が変化して車酔いの誘起に影響するものと思われる。なお,この点に関しては,乗車中の読書や普通乗車においても同様の影響が考えられる。
 更に別の可能性として,被験者の頭部位置の差異が考えられる。TV視聴条件では頭部はまっすぐに前を向いた状態であったのに対して,読書条件では頭部は少し下向きの状態であった。先行研究3,6,10,22) により,直線加速度を与える方向が人や動物の動揺病の発生率に影響することが明らかにされている。Vogelら22) は,水平方向(前後方向)の直線加速度を車中で通常に着席,および仰向けに横たわった被験者に与え,動揺病の症状を計測した。直線加速の実験では,通常に着席した場合の方が仰向けに横たわった場合よりも,車酔い不快感が増強された。一方,加速度の方向が加速度知覚に与える効果について,多くの心理学的研究2,8,12,17) によって定量的に解析されている。被験者に遠心加速度を負荷し,重力加速度との合ベクトルの大きさや方向を頭部矢状面および前額面上で変化させて,誘起される傾斜感覚や知覚される加速度の方向が計測された。これらの結果の解析から,“卵形嚢斑の平均的な面”(水平面に対して25〜30度上向き)に平行な加速度が加速度知覚に最も影響することが明らかにされている。上述の実験で車の前後方向に直線加速度が加えられた時,通常に着席した方が仰向けに横たわった場合よりも “卵形嚢斑の平均的な面” が水平面となす角度が小さいため,加速度知覚が強く働いて車酔いをしやすかったと考えられる。本研究での走行条件では,車の前後方向に加わる加速度は左右方向の遠心加速度より小さかったが,頭部の前屈姿勢によって加速度知覚に相違を生じさせる。読書条件では,被験者頭部が下向きの状態であり “卵形嚢斑の平均的な面” がTV視聴条件に比べて水平面に近くなっているため,前後方向の加速度知覚が強まり,TV視聴条件に比べて動揺病不快感が幾分増強された可能性が考えられる。
 TV視聴によって増強された動揺病不快感を低減する手法について提案する。感覚矛盾説15) に基づくと最も合理的な解決方法は,車の運動情報を伝える前庭感覚と一致するように,視覚を介して運動感覚を与えることである。すなわち,車載TVで映画を視聴する際に,車の運動に一致した視運動刺激が与えられてベクションが無意識下で知覚され,視覚−前庭感覚間の情報矛盾が低減されることが望ましい。この視運動刺激によって,普通乗車時に生じる情報矛盾よりも更に矛盾を減少させることが出来れば,車酔いの発生を予防あるいは抑制する車載TVが開発されることになる。近年,後部座席用の車載TVがリアシートエンターテイメントシステムとして普及してきていることを考えると,車酔いを予防・低減できる車載TVの開発が今後必須になると思われる。
 
V. まとめ
 乗車中にTV視聴することにより,車酔いがどの程度増強されるかを検証した。TV視聴,読書,普通乗車の3条件で実車実験を行って動揺病不快感を比較した。いずれの条件においても動揺病不快感が直線的に増強した。普通乗車に比べるとTV視聴により動揺病不快感が約2倍に増強した。これは読書条件より2割程度少ないだけの動揺病不快感であった。乗車中にTV視聴を行うと,視覚からは映像空間での動きを知覚するのに対して,前庭感覚からは車の動きを反映した体の動きを知覚するため,感覚情報の矛盾が通常の乗車条件よりも強く発生し車酔いが増強したと考えられる。
 
謝辞
 実車実験に実験者として協力して下さった三重大学工学部情報工学科,井奥大輔氏,浅野仁志氏に感謝いたします。
 
文献

 
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