宇宙航空環境医学 Vol. 45, No. 1, 17-27, 2008

原著

短期宇宙飛行による免疫系への影響: スペースシャトル飛行前後の日本人飛行士免疫系パラメーターの変化

松本 暁子1,大島 博2

1宇宙航空研究開発機構 宇宙飛行士健康管理グループ
2宇宙航空研究開発機構 宇宙医学生物学研究室

Effects of Spaceflight on Immune System: Changes in Immunological Parameters after Short-term Spaceflight in Japanese Crewmembers

Akiko Matsumoto1, Hiroshi Ohshima2

1Astronaut Medical Operations Group, Japan Aerospace Exploration Agency (JAXA)
2Space Biomedical Research Office, Japan Aerospace Exploration Agency (JAXA)

ABSTRACT
 Spaceflight has a dramatic effect on a variety of human physiologic functions, including the immune response. Although it is generally agreed that cell-mediated immunity is altered by spaceflight, previous reports on changes in immune parameters have been inconsistent. In addition, neither the mechanism nor the biomedical significance of spaceflight-induced alterations in immune responses has been established. Therefore, to mitigate risk and to establish countermeasures for physiologic changes caused by manned spaceflight, we have analyzed the changes of peripheral blood immunological parameters after short-term spaceflight in Japanese crewmembers. The subjects were three male Japanese astronauts (mean age: 43 year-old) and each participated in three different Space Shuttle missions ranging from 11 to 13 days. Peripheral blood samples were collected from these astronauts before and after the short-term missions to analyze several immunological parameters.
 Results of mitogen-induced lymphocyte blastogenesis showed variations between individuals, but the altered levels returned to preflight assessments within one month post-mission. Leukocytosis was observed on the landing day, as typically observed in astronauts/cosmonauts after short- and long-term mission. There were decreases in CD4+ T cells, increases in CD8+ T cells, and accordingly, decreases in CD4+/CD8+ ratio after return to the Earth. This decrease in CD4+/CD8+ ratio was an opposite change from those in previous reports and needs further investigation. Changes in activated T cells, cytokine producing T cells, or memory/naïve T cells were not appreciable.
 Because there have been relatively few spaceflight opportunities for Japanese astronauts, this study was limited by the very small sample size. Nonetheless, this is the first report on the immune alterations after spaceflight in Japanese crewmembers, revealing that several parameters related to cell-mediated immune response were altered after short-term spaceflight. Some of the observations in this study were similar to those reported previously, but others were not. This is partly due to the small number of subjects and complexity of spaceflight studies, where enormous variability among astronauts and missions are often reported. The alterations in immune responses were considered as combined effects of spaceflight per se and environmental stressors associated with spaceflight. However, the changes observed in this study were temporary and do not seem to show detrimental long-term effects on astronaut health. Further studies are needed on the effects of long-term spaceflight on immune responses, as such alterations in the immune system could lead to compromised defenses against infections and tumors.

(Received: 27 December, 2007 Accepted: 28 January, 2008)

Key words:immunity, spaceflight, microgravity, lymphocyte subset, human

はじめに
 人類が初めて宇宙空間に飛び出してから40年以上が経過し,これまでに何百人もの飛行士が宇宙飛行を経験しているが,宇宙という特殊な環境下で人体は様々な医学生理学的影響を受けることが明らかになっている。免疫機能への影響に関しては,宇宙での細胞実験や動物実験,人間を対象にした宇宙飛行での研究が行われ,免疫機能が変化(主として低下)することがわかってきた1,16)。また,宇宙飛行の機会はなかなか得にくいことから,宇宙飛行を模擬した環境下での実験も実施されている。微小重力のモデル例として,細胞実験2,8)及びラットやマウスのhind limb suspension実験16),人間を対象にしたベッドレスト試験12)があり,又,宇宙飛行に伴うストレス環境のモデルとして閉鎖環境試験,南極隊員での研究14)などがあり,同様に免疫機能が低下するという報告が多い。
 過去の研究によって明らかになってきたのは,宇宙飛行によって細胞性免疫が影響をうけるということであり9,15),液性免疫については,少なくとも短期飛行では免疫グロブリン量には大きな変化はなかったとされている24)。このうち,人間の宇宙飛行の研究では,細胞性免疫で,白血球サブセット比率の変化17,22),インターフェロンや他サイトカイン産生の変化8),natural killer (NK) 細胞活性の変化7)やリンパ球増殖能の変化21)などがこれまでに報告されている。しかしながら,多くの場合,全般的には宇宙飛行により免疫機能が低下するという報告がなされているものの,その内容は必ずしも一定していない。
 その理由として,まず宇宙実験の難しさを考慮する必要がある。現在行われている国際宇宙ステーション(International Space Station: ISS)計画における宇宙飛行の第一の目的はISS建設である。その実現には莫大な費用と時間及び多くの人々の協力が必要で,そのような“宇宙飛行”という滅多にない機会をとらえて,科学実験が行われているのが実情である。又,人間を対象にした研究の場合は,そもそも対象となりうる宇宙飛行士数が少なく,免疫をテーマとした研究が可能となるミッション数も限られている。さらに,一つのミッションで様々なタスクが要求される中で,実験としてふさわしい一定の条件を維持することは非常に困難である。
 又,宇宙飛行には,宇宙空間にいくことによる直接的要因,すなわち打ち上げ時や帰還時のG負荷・宇宙空間での微小重力・宇宙放射線の影響等と,宇宙飛行に伴ういわば間接的要因,例えば宇宙船内という閉鎖隔離環境・騒音振動・家族と離れての多国籍多文化な状況での滞在・睡眠の変化とサーカディアンリズムの変調・食生活や栄養状態の変化など様々な側面がある。これらの要素は,生理的及び精神的ストレスとして身体の免疫機能に影響を及ぼすと考えられるが,どの要素がどの程度影響しているかは不明であり,またそれらのストレスに対する反応には個人差が認められることも否定できない。さらに,宇宙飛行で免疫機能の低下が認められたとしても,そのメカニズムはまだ解明されておらず,影響の程度が易感染性など健康に悪影響を及ぼすものなのか,またどのくらい影響が続くのか,まだ明らかにされていない問題は多い。
 しかしながら,免疫機能の低下は,易感染性や腫瘍の進展など,生体に悪影響を及ぼすことになるため,我々が有人宇宙飛行を行う以上,免疫機能への影響について十分な検討を行い,対策を講じる必要がある。一方,過去になされた宇宙飛行による免疫機能への影響についての報告3,5,7,17,19,21,22〜24)は,米国人及びロシア(旧ソビエト)人の飛行士に関するものであり,これまでに日本人のデータはない。従って,今回,日本人宇宙飛行士の健康管理及び将来の有人宇宙飛行のリスク軽減や生理学的対策の確立に役立てることを目的として,日本人宇宙飛行士が搭乗した過去3回の短期間スペースシャトルミッションにおいて,飛行前後の末梢血免疫系パラメーターの変化について検討した。  

対象及び方法
研究の概要及び経緯
 本研究はスペースシャトル飛行前後の日本人宇宙飛行士医学データ取得(DSO 206)の一環として,宇宙飛行の免疫機能への影響を検討することを目的として実施されたものである。宇宙航空研究開発機構(Japan Aerospace Exploration Agency: JAXA)では,日本人宇宙飛行士が米航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration: NASA)によるスペースシャトルに搭乗機会を得,医学データ取得を実施するようになってからこれまでに7ミッションを経験しているが,免疫系パラメーターが測定されたのは,全体のうち3ミッションのみである。又,DSO 206は全体で約10年という長期間にわたる研究であり,途中で測定項目の検討修正が行われ,さらに年月を経て現地での受け入れ体制や実施状況の変化もあったため,各フライトで実験条件に若干の相違が生じた。スペースシャトルという他国宇宙機関が行う宇宙飛行の機会を利用させてもらう関係上,実施場所や方法など,実験計画を自分達のみではコントロールしにくいという難しさもある。特に3ミッションのうち2ミッションと残りの1ミッションでは測定項目及び測定機関が異なった。従って,もともと対象となるサンプル数が少ない上に,適切に検体採取ができなかったこともあり,測定項目によっては事実上1例のみとなるものもあった。よって現段階では研究成果としては非常に限られたデータになることをあらかじめ明記しておくが,宇宙飛行の影響に関して日本人の免疫系データが初めて取得できたという意味では貴重な内容であると考え,ここに報告する。
 なお,本研究計画はJAXA有人サポート委員会医学心理学分科会,同有人研究委員会,及びジョンソン宇宙センターの有人研究倫理委員会にて審議,承認され,対象者には実験内容を十分に説明しインフォームドコンセントを得た。その際,個人が特定されにくいよう配慮することを前提とした。特に,サンプル数が非常に少ないこともあり,飛行士のプライバシー保護の観点から,本論文では,結果の報告方法に制限があることを付記しておく。
対象
 NASAスペースシャトルに搭乗し,短期宇宙飛行を行った日本人男性飛行士3名(搭乗時年齢37〜52歳,平均43歳)を対象とした。
ミッション  
 NASAスペースシャトルによる3回のフライトで上記日本人飛行士はそれぞれクルーメンバーの一人として搭乗した。ミッション期間は11日5時間〜13日21時間(平均12.7日)であった。以下,これら3回のフライトにつき,それぞれMission1,Mission2,Mission3と表記する。

採決及び分析
 スペースシャトル飛行前及び飛行後(帰還直後〜最長3ヶ月後)に対象者よりそれぞれ必要量を採血し,2に示す項目につき分析した。
1. 採血時期
 飛行前後の採血時期をTable 1に示す。飛行前の採血は,飛行約1〜7ヶ月前に1又は2回実施した。フライトの延期により予定した時期と実際の時期が大きく異なることがあり(例: 飛行前2ヶ月での測定を予定していたが,フライト延期により実際には飛行前7ヶ月のデータになるなど),その場合は,再設定されたフライト前に再度測定し,結果的に飛行前測定が2回実施されることになった。従って,飛行前測定が2回ある場合はこれらのデータの平均値をとり飛行前基準値(preflight)とした。飛行後のデータについては,帰還(return)後の日数に応じて,以下,R+0,R+3…と示す。なお,Mission 3では,唯一,帰還直後当日(R+0)及び帰還3ヶ月後(R+90)のデータが取得できた。
2. 分析項目
 Table 2にミッション別の分析項目を示す。Mission 1及びMission 2では,phytohemagglutinin (PHA), concanavalin A (ConA)をマイトジェンに使用したリンパ球芽球化試験(lymphocyte blastogenesis)及びCD4+, CD8+ T細胞比率分析を実施した。一方,Mission 3では,白血球サブセット比率(CD4+, CD8+ T細胞比率を含む),活性化CD4+, CD8+ T細胞比率,サイトカイン産生T細胞比率,memory/naïve?T細胞比率,T細胞活性化能を分析した。
 リンパ球芽球化試験は,3H-サイミジン取込能測定法,白血球サブセット比率及び各種T細胞比率は,モノクローナル抗体を使用したフローサイトメトリー法によって分析した。T細胞活性化能は,PHA?10μg/ml 添加培地で24時間細胞培養後,CD25及びCD69の表面マーカーで分析した。









3. 実施手順
 対象者の採血は,早朝7━8時の空腹状態とし(帰還当日R+0は,帰還後できるだけ早期に実施した。従って,1日における時刻や食事との関係は必ずしも一致していない。),肘静脈より行った。飛行前と飛行後はNASAジョンソン宇宙センターにおいて,帰還当日R+0はNASAケネディ宇宙センターにおいて実施した。その後,リンパ球芽球化試験用はヘパリン加血液で,その他の項目用はEDTA加血液で,摂氏20度で保管輸送し,Mission 1及びMission 2ではテキサス大学医学部臨床検査センターで,Mission?3ではジョンソン宇宙センターの免疫ラボラトリーで分析した。
4. 統計解析
下記のいずれの結果においても,サンプル数が非常に少ないため(最大でn=3)統計解析は行っていない。

結果
リンパ球芽球化試験 (mitogen-induced lymphocyte blastogenesis)
 Fig.1にPHAをFig.2にConAをそれぞれマイトジェンとして使用し,飛行前値を100%とした場合の飛行後の変化を示す。サンプル数は2であるが,R+30では適切な検体採取ができなかったため,Mission 1のみの結果である。PHAをマイトジェンとした場合,2つのミッションで異なる傾向が見られた。すなわち,リンパ球芽球化反応は,飛行後,Mission 1では上昇,Mission 2では低下していた。一方,ConAをマイトジェンに使用した場合は,ほとんど変化なしか軽度の低下であった。いずれにしろ,飛行後に時間が経過するにつれ飛行前値に戻る傾向が認められた。
CD4+, CD8+ T細胞比率
 Table 3に飛行前後のT細胞,CD4+,CD8+ T細胞比率及びCD4+/CD8+比の変化を示した。又,Fig. 3にMission 2及びMission 3におけるT細胞の飛行前後の変化,Fig. 4にCD4+, CD8+ T細胞の飛行前後の変化をグラフで示した。なお,R+0とR+90はMission 3のみである。
 T細胞比率は,飛行後に若干増加したが大きな変化ではなかった。一方,CD4+ T細胞は,飛行前に比し飛行後(R+3〜R+30)に減少する傾向が認められ,CD8+ T細胞は逆に飛行後(R+3, R+30)に増加する傾向が認められた。R+0及びR+90については1例のみであり,CD4+, CD8+とも,飛行前値から目立った変化はなかった。
 Fig.5はCD4+/CD8+比の飛行前後の変化である。CD4+/CD8+比は,飛行前に比し,飛行後に低下する傾向が認められた(R+3〜R+30, n=3)。この変化は,R+3からR+30で目立っており,R+3では飛行前値の60% 程度(59.7±4.4%, mean±SD, n=3)に低下していた。又,R+7, R+30では,個人差が大きかったものの,飛行前値の50% 以下にまで低下した対象者もいた。
その他の項目
 Mission 3では,Table 2に示したように,初めてCD4+,CD8+ T細胞以外の免疫系パラメーターの測定も実施した。又,上項に述べたように,帰還当日(R+0)のデータ取得が初めて可能となったことは意義深い。さらに,帰還3ヶ月後(R+90)のデータも取得でき,飛行後の急性期以降の経過を見る上で参考になった。そこで,1例ではあるが,これらの測定結果を報告する。
 Table 4a に白血球サブセット比率,Table 4bにリンパ球サブセット比率につき,それぞれMission 3における飛行前後の変化を示す。Preflightのデータでは,正常パターンより若干の変化があり,subclinicalなレベルでの感染症があったものと推察された。なお,このpreflightデータは,打ち上げ延期により,事実上ミッション約半年前のものである。帰還当日(R+0) には顆粒球の増加がみられているが,過去にも報告されている宇宙飛行後の特徴的変化の一つである。これは,帰還3日後には解消していた。その他,帰還時の変化としてあげられるのは,T細胞の増加,単球の減少及びNK細胞の減少であった。
 その他,Mission 3では,活性化CD4+,CD8+ T細胞比率,サイトカイン産生T細胞比率,memory/naïve T細胞比率,T細胞活性化能についても測定したので,Table 5に飛行前後の変化の概要を示す。それぞれ,帰還時には若干の変化が認められたが,いずれもR+7までには飛行前値レベルに戻っていた。



Fig. 1. Post-flight percent changes of lymphocyte blastogenesis induced by phytohemagglutinin (PHA) as mitogen, from preflight level (100%) in Mission 1 and Mission 2. R+ [3-30 ] shows 3-30 days, respectively, after return to the Earth.



Fig. 2. Post-flight percent changes of lymphocyte blastogenesis induced by concanavalin A (ConA) as mitogen, from preflight level (100%) in Mission 1 and Mission 2. R+ [3-30 ] shows 3-30 days, respectively, after return to the Earth.






Fig. 3. Post-flight percent changes of T cell population from preflight level (100%) in Mission 2 and Mission 3. R+ [0-90 ] shows 0-90 days, respectively, after return to the Earth.



Fig. 4. Post-flight percent changes of CD4+ and CD8+ T cell population from preflight level (100%). Bars are shown in mean±SD. N=3, except for n=1 in R+0 and R+90.



Fig. 5. Post-flight percent changes of CD4+/CD8+ ratio from preflight level (100%). Bars are shown in mean±SD. N=3, except for n=1 in R+0 and R+90.












考察
 今回,データとしては非常に限られているが,宇宙飛行による免疫機能への影響に関して初めて日本人のデータが取得されたので,人間を対象にした宇宙飛行での免疫研究の文献的報告とあわせて考察する。
 すでに記述したが,これまでに宇宙飛行による免疫機能の低下が報告されているものの,その実態及びメカニズムはまだ十分に解明されたとはいえない。その大きな理由の一つは,宇宙実験の困難さ・複雑さである。ある仮説を検証するために,目的とするパラメーター以外の条件をそろえる通常の実験とは異なり,宇宙での実験では,宇宙飛行,という滅多とない機会を利用するため,なかなか研究自体が第一の目的にはなりえない。又,再現性の確認が事実上不可能であり,実験のコントロールが難しい。さらに,宇宙飛行という特殊な経験ができるのはごく限られた人々であり,研究対象となるサンプル数が非常に少なく,個人差が大きくあらわれることも理由としてあげられる。
 そこで,免疫低下のメカニズムを解明しようと宇宙飛行を模擬したモデルで様々な実験が行われている。免疫機能の低下に関して同様の結果も報告され,モデルとしての有用性も認識されているが,限界もある。例えば,宇宙飛行の模擬実験では,サイトカイン産生低下などは認められたが,宇宙飛行で報告されている白血球サブセット変化は認められなかった12)。従って,宇宙飛行そのものによる影響は明らかに存在すると考えられる。
 さらに,過去の報告では,帰還直後に採血を行ったものが多い1,16)が,免疫機能の低下が,宇宙飛行によるものか,帰還時の様々なストレスによるものかを区別することは困難である。飛行中のデータ取得の機会は少なく,これまであまり報告されていなかったが,Taylorら23)やGmuünderら5)による飛行中の遅延型皮膚反応を調べた実験では,地上で測定したときと比べて宇宙飛行中は低下したと報告された。よって,宇宙飛行自体で,細胞性免疫が低下することは確実であると考えられる。この遅延型皮膚反応は短期及び長期飛行でも認められた5,23)
 今回の研究では,3ミッションのうち2ミッションにおいて,リンパ球芽球化試験及びCD4+,CD8+ T細胞のみ分析した。PHA,ConAをマイトジェンとするリンパ球芽球化試験は,非特異的検査ではあるが,全般的なリンパ球の免疫機能を把握するという点では有用である。過去の報告では,リンパ球増殖能低下は短期及び長期の宇宙飛行でともに認められ7,21),帰還1週間後でもまだ正常化していなかった。今回の結果では,飛行後に若干の変動が認められたが,個人差が大きかった。しかし,帰還後30日には飛行前基準値に戻る傾向が認められ,一過性の変化であると考えられた。
 NASA 免疫研究グループは,スペースシャトル4ミッション,計27名の飛行士の飛行前後の末梢血白血球サブセット解析を行い報告した3)。上述したように,本研究のMission 3のデータはNASA免疫ラボラトリーで分析された。そこで,以下に,今回の我々の結果とNASA宇宙飛行士の結果(飛行前,R+0,R+3)を比較検討し,考察する。
 帰還時の顆粒球の増加は両研究に共通してみられ,これはR+3には基準値に戻っていた。又,NASAの報告3)ではリンパ球や単球には変化が見られなかったが,我々の結果ではリンパ球増加,単球減少が認められた。帰還直後の顆粒球の増加は,帰還及び地上環境への再適応のストレスによる影響と考察されている。
 NASAの報告3)では,T細胞が減少し,B細胞とNK細胞は変化がなかったが,我々の結果では逆にT細胞が増加,B細胞は変化なく,NK細胞が減少していた。T細胞の変化は逆であったが,いずれにしろこれまでの報告9)と同様,液性免疫より細胞性免疫のほうが影響を受けやすいと考えられた。
 さらに,NASAの報告3)ではCD4+が増加しCD8+が減少,帰還時に27例中23例でCD4+/CD8+比が上昇し,帰還3日後にはほぼ飛行前値まで戻ったとされた。一方,我々のデータでは飛行前とR+0では著変なく,むしろR+3以降R+30までほぼ全例でCD4+が減少,CD8+は増加し,結果としてCD4+/CD8+比は3例全例で低下した。文献的には以前のNASAシャトルクルーにおける報告22)でもCD4+/CD8+比は上昇したとされており,今回の我々のデータは新しい所見である。CD4/CD8比の低下はEpstein-Barr virus (EBV)感染症やhuman immunodeficiency virus (HIV)感染症などで認められる。今回の結果について,免疫不全状態やウイルス感染などの病的意義に関しては不明であるが,変化の理由について更なる検討が必要である。
 Memory/naïve T細胞はいずれの研究でも著変は認められなかった。飛行が短期間であったため,これらの細胞への影響は少ないと推測されるが,長期ミッションでは影響を受ける可能性もあり,今後の検討が必要であろう。
 サイトカイン産生に関してNASAの報告3)では,T細胞,CD4+,CD8+ いずれにおいてもInterleukin2 (IL2)産生能の低下が認められ,interferon-gamma (IFNγ)産生はCD4+で低下,CD8+は変化なしとされた。今回の我々の結果では,CD8+のIFNγ産生が上昇し,他は著変を認めなかった。  CD25及びCD69のマーカーでみたPHAによる活性化反応は,NASAの報告3)では特に変化がなかったが,我々の結果では帰還時に上昇し,その後R+3には飛行前値レベルに戻った。
 NASAの報告3)では,単球全体では著変ないが,CD14+/CD16+単球が低下したとされた。我々の研究ではこれらのマーカーまでは測定していないが,単球全体の比率は帰還時に低下していた。
 さらに,NASAの研究3)では,同時に血液・尿の各種ストレスホルモンを測定し,それらが帰還時に上昇していたことから,生理的ストレスにさらされていたと考察している。今回,我々はこれらの項目について測定していないが,いわゆる帰還時のストレスによる影響と区別するために,今後,ミッション中も含めてストレスホルモン等も測定することが望まれる。
 以上,まとめると,今回の研究で,宇宙飛行前後で様々な免疫系パラメーターが変化することが示された。我々が得た結果は,過去の報告と同様の内容もあるし,違う結果もあった。これはサンプル数が少なく個人差が大きくあらわれることと宇宙実験の煩雑さによる影響が大きいと考えられる。しかしながら,今回認められた変化は一過性で,現時点で健康上,大きな悪影響を及ぼす程度のものではないと考えられた。今後サンプル数を増やして検討し,飛行前後のみならず,ミッション中のデータも取得することで,メカニズム解明にむけた検討が可能になると思われる。また,今回は,短期飛行でのデータであったが,今後は,長期飛行でのデータ取得も必要であると考えられた。
 NASAは月・火星探査飛行計画を発表し,いろいろなプロジェクトが進行中である。最近,NASAが将来の惑星探査ミッションをふまえ,その模擬としてDevon島で行った実験4)でも,様々な免疫系パラメーターが測定された。この研究では,ミッション中もデータを測定したが,T細胞,B細胞,NK細胞,CD4+ T細胞,CD8+ T細胞,memory/naïve T細胞,活性化T細胞に著変は認められなかった。一方,CD4+のIL2及びCD8+のIL2とIFNγ共にその産生がミッション中に低下していたが,実験後60日では基準値に戻ったことが報告された。
 免疫機能が低下すると,クルーがミッション中に感染症を発症する可能性,そしてミッション中に他クルーに感染が拡大する可能性,帰還後に感染症を発症する可能性など,宇宙飛行士の健康管理上の問題点は大きい。
 NASAのアポロ計画では,29人の飛行士のうち15人が,ミッション中あるいは帰還後1週間で何らかのウイルスまたは細菌感染にかかったとの報告がある6)。アポロ13号では,クルーの一人がミッション中に緑膿菌による尿路感染症を発症したことはよく知られているが20),宇宙飛行によって引き起こされた免疫機能の変化が,感染への抵抗力低下につながった可能性はあると考えられる。その後,NASAでは飛行直前にクルーを隔離し,限られた人々しか接触できないような方針(Crew Health Stabilization Program)をとった。それにより宇宙飛行中の感染症発症は減少し,この方針は効果があったと思われる。しかしながら,シャトル計画でも感染症の報告が完全になくなったわけではなく,この方針は免疫機能の低下自体を改善させるものではないため,健康管理上,感染症発症のリスクはいまだ大きな問題である。
 さらに,宇宙飛行によりEBV等の潜在性既感染ウイルスが再燃したとの報告11,18)がされた。EBVは一部の非ホジキンリンパ腫との関連も知られていることから,免疫機能低下による潜在性ウイルスの再燃の問題は,クルーの宇宙飛行後の長期的健康管理の観点からも重要である。今回,我々が得た結果では,3例全例で飛行後にCD4+/CD8+比が低下しており,一時的とはいえ,50% 近い低下例も認められた。EBV感染症では,CD8+増加が特徴とされるが,今後はEBVの感染状態などについても調査すべきかもしれない。
 また,NK細胞は,感染細胞や腫瘍細胞を殺す能力をもったリンパ球で,ウイルス感染や腫瘍の初期防御に重要と考えられている。過去の宇宙飛行ではNK細胞活性の低下が報告されており7),今回の我々の結果でも帰還時のNK細胞減少が認められたので,今後さらに検討する必要がある。
 今回の我々のデータは,3回のミッションのみで,その期間は11-13日とあまりばらつきはない。しかし,過去のスペースシャトルでの実験では,9日と16日のミッションで免疫系変化が異なっていたとの報告があり19),飛行期間によって交感神経系を介する免疫機能の変化のメカニズムに違いが生じるものと考察されている。
 今回の研究では,短期間の宇宙飛行では,若干の免疫系パラメーターの変動が認められたものの,遷延して正常範囲を大きく逸脱するものではなく,測定した期間内にほぼ基準値まで回復していた。ミッション期間が長くなるにつれて免疫機能への影響も異なってくる可能性があるが,その詳細は明らかにされていない。我々には長期宇宙飛行のデータはまだなく,今後,ISS搭乗が予定され,さらには将来の月・火星ミッションなどより長い期間の宇宙飛行を考える際には,長期間の宇宙飛行で免疫機能がどのように影響を受けるか,詳細に検討する必要がある。
 一方,“ストレス” は視床下部・下垂体・副腎系(HPA axis)を介して免疫反応に影響を及ぼすことが知られている13)。宇宙飛行では,先に述べた様々な生理的及び精神的ストレスを生じる状況になることから,免疫機能低下を防ぐためには,これらのストレスが軽減するような対策をたてることも重要であろう。
 さらに,宇宙での食生活は,地上と大きく異なる。ISS宇宙機関の専門ワーキンググループによって,宇宙での栄養摂取基準量が定められているが,実際には飛行士は100% 摂取しているわけではなく,栄養摂取状態が負バランスになっていることが報告されており,宇宙での体重減少の一因となっている10)。特にタンパク質やビタミン類・微量元素などが長期間不足すると,免疫機能低下に陥る可能性がある。又,宇宙食は,ほとんどが加工食品であり,長期間宇宙食だけの生活を続けていると,腸内細菌叢も変化し免疫機能に影響することも予想される。従って,免疫機能低下を予防するためには,適切な栄養摂取が必要であることはいうまでもないが,今後は免疫機能強化作用を有した栄養素やプロバイオティクスの概念を導入した新規宇宙食の開発も期待される。
 我々が有人宇宙飛行を行う限り,人体への影響を第一に考え,リスクがあればそれを軽減する対策をたてるべく継続して努力していかなければならない。免疫機能の低下により,感染症の発症リスクが高まることで,発端者だけでなく周囲に感染が拡大する可能性もあり,クルーだけでなく公衆衛生的な対策も必要となる。また,宇宙飛行を原因とする免疫機能不全のため,その後の経過で腫瘍が発生する可能性も念頭におき,飛行後も注意深く観察すべきであろう。我々JAXAは,これまでに日本人宇宙飛行士を8回宇宙に送り,無事に帰還させてきた。しかしながら,今後,ISSでの長期ミッションを間近に控え,横断的かつ縦断的視点をもって有人宇宙飛行の医学管理を行う必要があると考える。

まとめ
 今回,我々は,宇宙飛行による免疫機能への影響に関して,初めて日本人データを取得することができた。宇宙飛行により細胞性免疫系のパラメーターの変動が認められたが,地上での正常値を大きく逸脱する程度ではなく,又,過去の報告と同様,個人差が大きかった。今回認められた免疫系パラメーターの変化は,微小重力や宇宙放射線等の宇宙飛行そのものによる直接的要因と宇宙飛行に伴い生理的及び精神的ストレスを生じる様々な間接的要因による影響と推測されたが,飛行後は次第に飛行前基準値に戻っており,いずれにしろ一時的な現象と考えられた。しかしながら,免疫機能の低下は,感染症の発症や腫瘍の進展など,特に長期宇宙飛行では大きな問題になりうることから,今後も宇宙飛行による免疫学的パラメーターの変化を分析し,より多くのサンプル数で統計学的検討を行い,対策を講じることが望まれる。

謝辞
 本研究(DSO 206)を実施するにあたり,協力を得た関係各位及び研究に参加したJAXA宇宙飛行士に感謝する。

文献

1) Borchers, A.T., Keen, C.L. and Gershwin, E.G.: Microgravity and immune responsiveness: implications for space travel. Nutrition, 18, 889-898, 2002.
2) Cogoli, A., Valluchi-Morf, M., Mueller, M. and Briegleb, W.: Effect of hypogravity on human lymphocyte activation. Aviat. Space Environ. Med., 51, 29-34, 1980.
3) Crucian, B.E., Cubbage, M.L. and Sams, C.F.: Altered cytokine production by specific human peripheral blood cell subsets immediately following space flight. J Interferon Cytokine Res., 20, 547-556, 2000.
4) Crucian, B., Lee, P., Stowe, R., Jones, J., Effenhauser, R., Widen, R. and Sams, C.: Immune system changes during simulated planetary exploration on Devon Island, high arctic. BMC Immunology, 8, 7, 2007.
5) Gmünder, F.K., Knostantinova, I., Cogoli, A., Lesnyak, A., Bogomolov, W. and Grachov, A.W.: Cellular immunity in cosmonauts during long duration spaceflight on board the orbital MIR station. Aviat. Space Environ. Med., 65, 419-423, 1994.
6) Hawkins, W.R. and Ziegelschimid, J.F.: Clinical aspects of crew health. In: Biomedical Results of Apollo, NASA-SP-368. NASA, Washington, DC, pp. 43-81, 1975.
7) Konstantinova, I.V., Rykova, M.P., Lesnyak, A.T. and Antropova, E.A.: Immune changes during long-duration missions. J. Leukoc Biol., 54, 189-201, 1993.
8) Licato, L.L. and Grimm, E.A.: Multiple interleukin-2 signaling pathways differentially regulated by microgravity. Immunopharmacology, 44, 273-279, 1999.
9) Mandel, A.D. and Balish, E.: Effect of space flight on cell-mediated immunity. Aviat. Space Environ. Med., 48, 1051-1057, 1977.
10) Matsumoto, A., Storch, K.J., Stolfi, A., Mohler, S.R., Frey, M.A. and Stein, T.P.: Weight loss in humans in space. (in submission)
11) Payne, D.A., Mehta, S.K., Tyring, S.K., Stowe, R.P. and Pierson, D.L.: Incidence of Epstein-Barr virus in astronaut saliva during spaceflight. Aviat. Space Environ. Med., 70, 1211-1213, 1999.
12) Schmitt, D.A., Schaffar, L., Taylor, G.R., Loftin, K.C., Schneider, V.S., Koebel, A., Abbal, M., Sonnenfeld, G., Lewis, D.E., Reuben, J.R. and Ferebee, R.: Use of bed rest and head-down tilt to simulate spaceflight-induced immune system changes. J. Interferon Cytokine Res., 16, 151-157, 1996.
13) Sheridan, J., Dobbs, C., Jung, J., Chu, X., Konstantinos, A., Padgett, D. and Glaser, R.: Stress-induced neuroendocrine modulation of viral pathogenesis and immunity. Ann. N.Y. Acad. Sci., 840, 803-808, 1998.
14) Shearer, W.T., Lee, B.N., Cron, S.G., Rosenblatt, H.M., Smith, E.O., Lugg, D.J., Nickolls, P.M., Sharp, R.M., Rollings, K. and Reuben, J.M.: Suppression of human anti-inflammatory plasma cytokines IL-10 and IL-1RA with elevation of proinflammatory cytokine IFN-γ during the isolation of the Antarctic winter. J Allergy Clin Immunol., 109, 854-857, 2002.
15) Sonnenfeld, G., Mandel, A.D., Konstantinova, I.V., Taylor, G.R., Berry, W.D., Wellhausen, S.R., Lesnyak, A.T. and Fuchs, B.B.: Effects of spaceflight on levels and activity of immune cells. Aviat. Space Environ. Med., 61, 648-653, 1990.
16) Sonnenfeld, G.: The immune system in space and microgravity. Med Sci Sports Exerc, 34, 2021-2027, 2002.
17) Stowe, R.P. and Sams, C.F., Mehta, S.K., Kaur, I., Jones, ?M.L.,? Feeback, D.L., Pierson, D.L.: Leukocyte subsets and neutrophil function after short-term spaceflight. J. Leukoc Biol., 65, 179-186, 1999.
18) Stowe, R.P., Mehta, S.K., Ferrando, A.A., Feeback, D.L. and Pierson, D.L.: Immune responses and latent herpesvirus reactivation on spaceflight. Aviat. Space Environ. Med., 72, 884-891, 2001.
19) Stowe, R.P., Sams, C.F. and Pierson, D.L.: Effects of mission duration on neuroimmune responses in astronauts. Aviat. Space Environ. Med., 74, 1281-1284, 2003.
20) Taylor, G.R.: Recovery of medically important microorganisms from Apollo astronauts. Aviat. Space Environ. Med., 45, 824-828, 1974.
21) Taylor, G.R. and Dardano, J.R.: Human cellular immune responsiveness following space flight. Aviat. Space Environ. Med., 54(Suppl), S55-S59, 1983.
22) Taylor, G.R., Neale, L.S. and Dardano J.R.: Immunological analyses of U.S. Space Shuttle crewmembers. Aviat. Space Environ. Med., 57, 213-217, 1986.
23) Taylor, G.R. and Janney, R.P.: In vivo testing confirms a blunting of the human cell-mediated immune mechanism ??????during space flight. J. Leukoc Biol., 51, 129-132, 1992.
24) Voss, E.W. Jr.: Prolonged weightlessness and humoral immunity. Science, 225, 214-215, 1984.


連絡先: 〒305-8505
     茨城県つくば市千現2-1-1
     筑波宇宙センター
     TEL: +81-29-868-3086
     FAX: +81-29-868-3951
     E-mail: matsumoto.akiko@jaxa.jp