宇宙航空環境医学 Vol. 45, No. 1, 3-9, 2008

原 著

7日間ベッドレスト実験における視運動性眼振および後眼振の適応動態

野村 泰之1,五十嵐 眞2,須藤 正道3,肥田 和恵1,関口 千春3,4,石井 正則5
松島 雅人6,兼板 佳孝7,池田 稔1

1日本大学医学部耳鼻咽喉・頭頸部外科学系
2日本大学総合科学研究所
3東京慈恵会医科大学 細胞生理学講座内・宇宙航空医学研究室
4日本宇宙航空研究開発機構・宇宙医学グループ
5東京厚生年金病院耳鼻咽喉科
6東京慈恵会医科大学 総合診療部・臨床研究開発室
7日本大学医学部社会医学系 公衆衛生分野

Optokinetic Nystagmus and Afternystagmus during the 7 Days Bedrest Study

Yasuyuki Nomura1, Makoto Igarashi2, Masamichi Sudoh3, Kazue Hida1, Chiharu Sekiguchi3,4, Masanori Ishii5,
Masato Matsushima6, Yoshitaka Kaneita7, Minoru Ikeda1

1Department of Otolaryngology-Head and Neck Surgery, Nihon University School of Medicine
2
University Research Center, Nihon University
3Division of Aerospace Medicine, The Jikei University School of Medicine
4Japan Aerospace Exploration Agency, Space Medicine Group
5Department of Otorhinolaryngology, Tokyo Kosei Nenkin Hospital
6Division of Clinical Research and Development, The Jikei University School of Medicine
7Division of Public Health, Department of Social Medicine, Nihon University School of Medicine

ABSTRACT
 We analyzed the time dependent change of opto-kinetic nystagmus (OKN) and optokinetic afternystagmus (OKAN), during the 7 days of 6 degree head down bedrest experiment in which the same subjects were examined a variety of biomedical changes due to a long time alteration of the direction of gravity. At Tsukuba Space Center of National Space Development Agency of Japan (JAXA ;Japan Aerospace Exploration Agency as present), 6 healthy adult male subjects were assigned. We collected OKN and OKAN (both right and left directions) data 6 times;sitting position on the previous day of bedrest,spine position on the 1st,3rd and 5th day of bedrest,and sitting position again immediately after be-drest on the 7th day and on the next day after bedrest. The OKN gain (OKN slow phase velocity/stimulus speed) tended to decrease on the 1st day during bedrest, recovered gradually by the 5th day,and exceeded the pre bedrest level after bedrest. The gain was higher when the OKN slow phase directed rightward than leftward through-out the 6 times. The appearance rate of OKAN rst phase decreased throughout the bedrest and it recovered to the pre bedrest level with the end of bedrest. In contrast, the appearance rate of OKAN second phase increased on the 1st day and the increase was maintained thereafter, suggesting that an OKAN generator might be dierent between the rst and the second phase. The maximum slow phase velocity of OKAN decreased markedly on the 1st day,but the recovery was unclear during and after bedrest. No clear tendency was found in the time depen-dency of the OKAN duration. We considered that these time dependent changes observed in the optokinetic oculomotor system might be mainly based on the alternation in gravity information to the otolith organ,and that the method of bedrest must be useful for a long term adaptation study in the vestibular system under microgravity.

(Received:24 July,2006 Accepted:6 November,2007)

Key words:bedrest,adaptation,optokinetic nystagmus (OKN), optokinetic afternystagmus (OKAN), microgravity

はじめに
 従来,耳石器はその入力となる重力方向の変換に 対して,適応を示さないといわれていた。しかし最近の 我々の一連の実験で,臥位による長時間の重力方向変換 に伴なって視運動性眼振( optokinetic nystagmus; 以下 OKN )や視運動性後眼振( optokinetic afternystagmus; 以 下 OKAN )に 経 時 的 変 化 が 生 じ る こ と が わ かって き た 。しかしこの実験シリーズは一日の中での変化 を追ったのもので,さらに長時間,長期間に及ぶ経時的 変化は不明であった。特に,地上で約 1 週間にも及ぶ重 力入力方向の変換をふまえての眼運動系の適応動態の 検討はいまだなされておらず,今回我々は, 6 度ヘッドダ ウン・ベッドレストの模擬微小重力環境を 7 日間保つ実 験(心循環器系,骨,筋肉系などの研究が中心の実験デ ザイン)中に,視運動性眼振および視運動性後眼振を測 定する機会を得たので報告する。  

方法
 事前に宇宙開発事業団(現・日本宇宙航空研究開発機構; JAXA)倫理委員会および東京慈恵会医科大学倫理委員会の承認ならびに文書でのインフォームドコンセントを得た,21歳から30歳まで(平均25.8歳)の健常成人男性ボランティア6名を被験者とした。JAXA?筑波宇宙センター内における7日間の6度ヘッドダウンベッドレスト模擬微小重力環境実験中に,ベッドレスト前日の座位(Pre),6度ヘッドダウン仰臥位でのベッドレスト1日目(BR-1),3日目(BR-3),5日目(BR-5),そして7日目で座位に戻した時点(R+0),およびその翌日の座位(R+1)の計6回,左右水平方向の視運動性眼振の記録を行なった。
 視運動性眼振刺激装置は第一医科器械製半球ドーム型投影装置(FOS-C1; 直径1m)を,座位と6度ヘッドダウン仰臥位の両方の状態で使えるように我々が枠組みを改良したもので,眼振の記録には電気眼振図(electronystamograph: 以下ENG)記録装置(日本電気製1B-21)を用いてDC記録(水平,垂直)を行なった。キャリブレーションは,座位と6度ヘッドダウン仰臥位の両方の状態で使えるように我々が作製したカスタムメイドのLED電灯式を用いて10度および30度較正とした。視運動性眼振刺激はランダムドットパターン(黒灰地に白点)で60度/秒と80度/秒の等速度刺激を左右両方向にそれぞれ1分間与え,その後の後眼振も記録した。視運動性眼振刺激は60度/秒右向き,同左向き,80度/秒右向き,同左向きの順で行い刺激と刺激の間には少なくとも3分間の休息をとった。ENG記録においては,OKN開始15,30,45秒後および視運動刺激終了直前の合計4時点における緩徐相速度を平均したものを平均緩徐相速度とし,また,視運動性眼振刺激中で最も緩徐相速度が大きいとみられる波形を目視で選び最大緩徐相速度とした。被験者に対しては薬物,アルコール,カフェインは実験期間開始前日から摂取を禁じ,食事に関しては臥床のみの実験形態を考慮して通常の成人男子の1日摂取カロリーの80%として,水分摂取は1日1〜1.5リットルを強制摂取とした。
  なお,記録結果の統計学的検定に関しては,SPSSソフトウェアを用いて5%▽以下を有意差ありとした。

結果
OKNについて
 60度/秒および80度/秒の等速度視運動刺激を1分間与えた時の左右両方向の平均緩徐相速度をgain(利得=眼振緩徐相速度/視運動性眼振刺激速度)の変化のグラフとしてFig.1に示す。60度/秒のgainは,ベッドレスト1日目(BR-1)で減少傾向を示し,3日目(BR-3)からは徐々に回復し5日目(BR-5)までにはベッドレスト前の値に戻った。7日目(R+0)のベッドレスト終了直後に座位になった時,平均値はベッドレスト開始前(Pre)よりも増加傾向を示し,その翌日の座位でもなおわずかに高い値が保たれた。これらの経時的な変化のパターンに有意差は無かったものの(repeated ANOVA, p>0.05),60度/秒におけるPreとBR-1の差はp=0.084(Wilcoxonの符号付き順位検定)とかなり小さい値を示した。これらの経時的変化のパターンは80度/秒でも大体同じであったが,左右両方向ともgainは低かった。
 被験者6名について個々に見るとgainがBR-1で減少することなくむしろ増加し,BR-3になり減少したケースもあった。また,R+0よりもR+1の方が増加している例も見られた。OKNの最大緩徐相速度の経時的傾向は,平均緩徐相速度の経時的傾向とほぼ類似した動態を示した。
 平均緩徐相速度の左右差についてみてみると,Fig.2,Fig.3に示したように,60度/秒(Fig.2)では緩徐相右向きのgainの方が緩徐相左向きよりも明らかに高くなっていた(repeated ANOVA, p<0.05)。しかし80度/秒(Fig.3)では左右差は不明瞭であった。
OKANについて
 OKANの出現率をFig.4に示す(刺激速度60度/秒および80度/秒の左右両方向の平均)。OKAN-I相の出現率はベッドレスト1日目(BR-1)にやや減少し,3日目(BR-3),5日目(BR-5)と続いて減少していたが,ベッドレスト終了直後(R+0)にはベッドレスト前日(Pre)の状態と同じ100%に戻った。
 OKAN-II相はベッドレスト1日目(BR-1)から3日目(BR-3)へと逆に増加傾向を示したが,それ以後はOKAN-I相の逆とはならず,ベッドレスト終了後も出現が持続する傾向を示した。また,OKAN-III相がBR-1で1例に出現した。
 OKAN-I相の最大緩徐相速度(Fig.5)については,ベッドレスト1日目(BR-1)に減少を示しその後はなかなか回復を示さず,ベッドレスト終了直後(R+0)および終了後1日目(R+1)でもベッドレスト前の値までには戻らなかった。姿勢の変化にともなって最もgainの変動の大きかったPreとBR-1の2時点間だけを見ると,刺激速度60度/秒および80度/秒の両方で有意差を認めたが(Wilcoxon符号付き順位検定,p<0.05),全体の経時的変化としては有意差は認められなかった(repeated ANOVA,p>0.05)。
 OKANの持続時間(duration)(Fig.6に刺激速度60度/秒の場合のOKAN I相+II相+III相の合計持続時間を示した)については一定した傾向を認めなかったが,パターンとしてはベッドレスト中には減少し,座位に戻るとベッドレスト前に回復する傾向にあった。



Fig. 1. The gains of optokinetic nystagmus ( OKN ) average slow phase velocity in response to both right and left direction stimuli at constant 60 deg / sec and 80 deg / sec in 6 subjects. The graph shows the average of right and left response ± SEM. The abbreviations of Pre,BR 1,BR 3,BR 5,R + 0 and R + 1 indicate the day before bedrest,1st,3rd and 5th day of bedrest, immediately after 7 day bedrest ( recovery 0 day ) , and one day after recovery.


Fig. 2. The directional asymmetry of the gains of optokinetic nystagmus average slow phase velocity in response to both right and left direction stimuli at constant 60 deg / sec in 6 subjects (± SEM ) . The gain of response to rightward stimuli ( white circles ) was significantly higher than leftward ( black circles ) ( Repeated ANOVA p < 0.05 ) . See Fig.1 for the abbreviations.



cross-couplingについて
 OKNのcross-couplingに関してENG記録をみてみると,図には示さなかったが,ベッドレスト開始前(Pre)でほとんど認められなかった垂直成分がベッドレスト中(BR-1,BR-3,BR-5)90.3%に見られた。緩徐相の向きや振幅などに特定の傾向は無く,経時的な推移や出現も全く不定であった。同様にKANのcross-couplingでは,OKAN-I相時に垂直成分が認められたものはベッドレスト中(BR-1,BR-3,BR-5)29.2%であった。認められた垂直成分はすべて上眼瞼向きであったが,それ以外に特定の傾向は無かった。



Fig. 3. The directional asymmetry of the gains of optokinetic nystagmus average slow phase velocity in response to both right and left direction stimuli at constant 80 deg / sec in 6 subjects (± SEM ) . The directional asymmetry of gain of response to rightward stimuli ( white circles ) and leftward stimuli ( black circles ) was not signicant in 80 deg / sec. See Fig.1 for the abbreviations.



Fig. 4. The appearance rate of optokinetic afternystagmus ( OKAN ) in response to both right and left direction stimuli at constant 60 and 80 deg / sec in 6 subjects. The graph shows the average of appearance rate of constant 60 and 80 deg / sec in 6 subjects (± SEM ) . See Fig.1 for other abbreviations.



Fig. 5. The average gains of the first phase of optokinetic afternystagmus slow phase velocity in response to both right and left direction stimuli at constant 60 deg / sec and 80 deg / sec in 6 subjects. The graph shows the average of right and left response ± SEM. See Fig.1 for the abbreviations. Pre and BR 1 had a significant difference ( non parametric,Wilcoxon signed ranks test p < 0.05 ) .



Fig. 6. The average duration time of optokinetic afternystag- mus in response to both right and left direction stimuli at constant 60 deg / sec in 6 subjects. The graph shows the average of right and left response ± SEM of the total duration time of the first,second and third phase. See Fig.1 for the abbreviations.



考察
 長時間の臥位を保って過ごすベッドレスト実験は,地球上にいながら身体を模擬微小重力環境に近似の状態に曝す研究方式のひとつで,体液移動や心循環系動態の面から6度にヘッドダウンした状態が最も模擬微小重力環境に適合しているとされている15)
 従来,耳石器はその入力となる重力方向の変換に対して適応を示さないといわれていた。しかし近年,我々のグループは,側臥位保持によって重力入力方向の変換を長時間与え,その出力系である視運動性眼運動や眼球反対回旋,身体平衡を解析することにより,それらのシステムに経時的に適応が生じることを確認している9,10,16,22)。しかし地上で約1週間にも及ぶ重力入力方向の変換をふまえての眼運動系の適応動態の検討はいまだなされておらず,今回の我々の研究が初めてのものと考えられる。
 今回のベッドレスト実験は,もともと心循環器系,自律神経系,筋骨格系などの分野が中心となって行なう実験研究として計画・実施されたもので,我々の動眼系実験に使用できる時間や状況は極めて限られ,視運動性眼振の測定も水平方向刺激のみが可能であった。しかし,体液分布の測定や,心循環器系,自律神経系,筋骨格系など各分野での諸種測定解析結果を全般的にみると,ベッドレスト1日目に生じる変化とその後の経時的な適応過程に今回観察されたOKNのそれに幾分類似する傾向のものも認められている11)。座位から臥位へ姿勢変化させた際には平衡系への重力入力方向の変換に加えて体循環系変化や体液シフト,体性感覚入力の変化なども生じる。それらの包括的相関関係は今後の課題であり,本報告ではENG記録(視運動性眼振)が平衡機能適応の経時的動態を探る有効な手段となり得ることを示した。
水平OKN gainの変化について
 今回のベッドレスト実験,すなわち長時間にわたり重力負荷が頭と身体のZ軸に沿ってはかからない状態では,水平OKNの平均緩徐相速度はベッドレスト1日目(BR-1)には減少したが,3日目(BR-3)以降に回復(増大)傾向を示し,特にR+0,R+1の値がベッドレスト開始前であるPreの値よりも大きくなった。このようなパターンは刺激速度80度/秒でも同様に認められている(Fig.1)。刺激速度80度/秒でgainが全体に低くなっているのは,OKNのdaptation limitに近づいたためと考えられる。
 水平OKNが前庭系の影響を受けることについては膨大な報告がある。座位から臥位への姿勢変換による水平OKN gainの低下を明瞭に記載した報告は見当たらないが,Cle´mentとLathan5)が示す図では,立位から臥位でOKN gainは明らかに低下を示している。今回,座位(Pre)と臥位(BR-1)の水平OKN gainに有意な差はなかったが,p値は0.084とかなり小さく,被験者数が増えれば有意になると思われる。今回観察された水平OKN gainの変化は主に耳石器入力の変化による影響と考えられるが,ベッドレスト開始翌日(BR-1)のgain減少やその後(BR-3,BR-5)のgain回復,座位に姿勢を戻したとき(R+0,R+1)のgain増大は本報告が最初と思われ,追試が待たれる。BR-1からBR-5の水平OKN gain回復は,刺激の反復による増幅効果(response increase)2,12,14)とも考えられるが,ベッドレスト実験で見られる種々の反応の適応時間11)から推して,むしろ平衡系の機能的可塑性による適応的変化と考えた方が妥当と思われる。
 微小重力環境下に入った宇宙飛行士が経験する宇宙酔いも,微小重力環境下1日目が最もひどく,2〜3日目ぐらいには回復するといわれている13,15)。またCle´mentら3)は垂直性OKNの上下方向優位性(asymmetry)が0G下の第1〜3日目では逆転するが,その後は回復すると報告している。本実験において見られた水平OKNの一時的な反応低下とそれに続く回復傾向も模擬微小重力実験環境下における重力入力方向の長時間変換に対して,耳石器入力を中心とした視運動性眼運動系の適応現象が同様の時間経過で起こったためと考えられる。一方,R+0およびR+1の水平OKN gain増大は,長期臥床から座位の姿勢変換に伴う一時的な反跳反応とも考えられるが,適応的変化と重畳している可能性もあり,さらに長時間のベッドレストで観察する必要がありそうである。
 今回,視運動性刺激は左右両方向について実施された。従来,方向優位性に関して右向き刺激の方がgainが高いという報告20)や,左右差ははっきりしないという報告4,6,22)や,片眼視では耳側向きより鼻側向きが速いとの報告17,21)などさまざまであるが,本実験においては重力方向が変わっても一貫して右向きが優位であった。今後の検討課題である。
水平OKANについて
 OKAN-I相の出現率はベッドレスト1日目(BR-1)から3日目(BR-3)にかけて下がっており,それに相反するようにII相の出現率はやや上昇した(Fig.4)。また,OKAN全体のdurationはベッドレストに入ると短縮し,BR-5で最小値を示し,座位に戻ると回復した(Fig.6)。OKAN全体のdurationに関して新井ら1)は身体傾斜が大きくなるに伴ってdurationの短縮を報告しているが,本実験のベッドレスト中に見られたduration短縮も同様のメカニズムによると考えられる。
 OKAN-I相の最大緩徐相速度に注目してみると,それはベッドレスト1日目に著しく下がり,3日目以降の回復傾向は弱く,OKNとは明らかに異なるパターンを示している(Fig.5)。最大緩徐相速度の回復の程度がOKNに比べてOKANの方が緩慢なのは,indirect pathway7,18)を介するOKANの方がより重力入力方向の変換への適応が遅れるためと考えられる。すなわち,direct pathwayを介するOKNについては眼運動への出力に関して高次中枢からの制御を受けやすく,より多くのシステムを稼働させるために異なる環境への適応も早くなされるが,OKANに関しては耳石器およびvelocity storage systemの働きで出力される割合が大きく,高次中枢からのコントロールがOKNのそれに比べて少ないため,異なる環境への適応が遅いと推察される。しかし,ベッドレスト状態に入るとOKAN-I相の最大緩徐相速度や出現率は低下するものの,それに相反するようにII相の出現率が上昇してきている。これらの現象は,I相のgeneratorの通常作動時には抑制されていたII相が,I相のシステム機能低下に伴なって顕在化してきたと考えることもできるが,重力入力情報の変化に対して生体側でも,そのシステム全体としての適応を行なって恒常性を維持するために,OKANに関するgeneratorの作動変換が起きたとも考えられる。いずれにしてもOKAN-I相とII相の発現に関しては,異なるgeneratorの存在が示唆された。
cross-couplingについて

 RaphanとCohen19)は,左右水平方向のOKANについて,側臥位では垂直成分が,背臥位では回旋成分が混在することを見いだし,これをcross-couplingと名付けた。この現象には重力が関わっていて,座位で純粋に左右水平方向に現れるOKANは側臥位や背臥位では耳石の働きで解発が抑制され,それに代わって地球水平面に沿っての垂直成分や回旋成分が出現する可能性を示唆した。
 ヒトの報告はGizziら8)が頭部のみを45度傾斜させたOKNについてcross-couplingを認めたと報告しており,さらに新井らはヒトを対象とした赤外線CCDカメラによる測定で身体傾斜30度,60度,90度における水平OKNの100%にcross-couplingを認め,同様のOKAN測定で25%に垂直OKANを認めたと報告している1)。今回の実験で我々はベッドレスト臥位長時間継続中の水平視運動性眼振刺激に対して,ENG記録において垂直OKNを90%,OKANを9%に認めたが,経時的な変化についての特徴は明らかではなかった。

まとめ
 健常成人男性6名の被験者で7日間の6度ヘッドダウン・ベッドレストによる模擬微小重力環境の生体影響を調べる実験中に,ベッドレスト前日の座位,ベッドレスト1,3,5日目の仰臥位および7日目終了直後の座位,翌日の座位の合計6時点の水平方向のOKNおよびOKANを電極法で測定し,解析した。OKN緩徐相速度gainはベッドレスト1日目で減少,その後徐々に増加,5日目までにベッドレスト前の値以上にまで回復,ベッドレスト終了直後および翌日ではgainがさらに上昇,の傾向を示すパターンを認め,重力の耳石器への入力方向の変換に対する適応現象を反映する経時的変化と考えられた。一方,OKANはベッドレスト1日目で緩徐相速度のgainが著しく減少したが,その後の回復は鈍くOKNとは異なるパターンを示した。また,OKANのI相とII相の発現に関して経時的動態に差異を呈し,異なるgeneratorの存在が示唆された。このように,長時間ベッドレストは,前庭系の適応動態を調べる実験研究手法としても有用と考えられた。

 本研究は「宇宙環境利用フロンティア共同研究」プロジェクトの一環として実施され,また,本研究の一部は第57回日本平衡神経科学会学術講演会および第4回アジア太平洋宇宙航空環境医学会において発表した。

謝辞
 急逝されました共同研究者の故・渡辺佳治医学博士のご冥福をお祈り申し上げますとともに,永年にわたるご指導ご鞭撻に心からの感謝を申し上げます。

文献

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