宇宙航空環境医学 Vol. 44, No. 4, 144, 2007

研究奨励賞受賞講演

2. 金魚の耳石摘出による眼球運動の変化から考える耳石器の働き

岩田 香織1,高林 彰2,森 滋夫3

1藤田保健衛生大学衛生学部
2名古屋大学名誉教授

The analysis of eye movements of goldfish after hemilabyrinthectomy

Kaori Iwata1‚ Akira Takabayashi2‚ Shigeo Mori3

1Graduate School of Medicine‚ Fujita Health University
2School of Health Science‚ Fujita Health University
3Nagoya Universitye

 地上における耳石器官は直線加速度と重力加速度の検出器として機能し,頭部の傾斜あるいは並進運動刺激に対する姿勢や眼球運動の調節に重要な働きを行っている。一方,微小重力環境では耳石器官への重力加速度成分の消失にもかかわらず,直線加速度成分は受容可能であり,地上とは異なった感覚を生じ,これが姿勢調節や眼球運動の変調を誘発する可能性が示唆されている。しかし,これらの変調は中枢神経系によって順応すると考えられている。一方,地上で片側耳石を摘出すると種々の変調が生じるが,前庭代償により回復する。我々は,宇宙順応と前庭代償の関係に興味をもっており,今回は金魚の片側耳石摘出後の傾斜刺激に対する眼球運動の代償過程を解析した。
 金魚を酸素で満たした水槽内に固定した後,密閉して気泡を除いた。この水槽を傾斜刺激装置に固定し,両眼の眼球運動は左右に固定された2台のビデオカメラで記録した。傾斜刺激は角度60度とし,頭部が下降するHead Down と頭部が上昇するHead Up方向を,それぞれ3回ずつ加えた。傾斜刺激前,Head Down中およびHead Up中の静止時間は5秒間とした。傾斜刺激の方向は,金魚の長軸方向を基準として,左右にそれぞれ15° 偏倚した方向でもおこなった。耳石摘出は,麻酔と酸素供給のためMS222の4万倍希釈した水を口から循環しながら金魚を固定し,金魚の頭骨にあけた小孔からピンセットを刺入,卵形嚢と三半規管と共に摘出した。そのあと傷口を消毒後,骨蝋で塞ぎ水の浸入を防いだ。今回使用したすべての金魚では左側の耳石器摘出を行った。麻酔から手術終了までの時間は約15分であった。傾斜実験は,術後30分,1日,3日,1週間,2週間,1ヶ月,2ヶ月および3ヶ月で行った。回旋眼球運動の解析はビデオ画像をパソコンに取り込んで行った。
 正常金魚では,Head Down傾斜に対する眼球回旋角度はHead Up傾斜に対するそれより大きかった。この傾向は片側耳石摘出手術後から3ヶ月にわたって保たれた。術後は両眼の眼球回旋角度は減少したが特に,術側の眼球の減少が著明であった。術後時間経過とともに回旋角度が大きくなったが,3ヶ月経っても正常値には戻らなかった。しかし,回旋眼球運動の代償過程は2段階に分割できることが推定された。1つ初期(術後2週間まで)速い代償過程で,2つ目は後期(3週目から3ヶ月後まで)の遅い代償過程である。
 左側の耳石器摘出によって,左眼の眼球回旋が大きく減少したことから,回旋眼球は両側の耳石器入力により調節されるが,同側の影響をより多く受けていることが示唆された。また,前方への傾斜と後方への傾斜では,回旋眼球角度に差みられたことから,前方傾斜に対する感度が後方傾斜より大きいと考えられた。一方,体の長軸を左右へ偏移(15度)した傾斜に対しては,回旋眼球運動角度に明確な差が観察されなかったことから,pitching 方向の体軸変化に対する分解能は低いことが示唆された。