宇宙航空環境医学 Vol. 44, No. 4, 143, 2007

研究奨励賞受賞講演

1. 半構造化面接を用いた長期宇宙滞在時の精神心理的適応過程評価の試み

井上 夏彦1‚2,吉野 聡2,大島 博1,松崎 一葉1‚2

1宇宙航空研究開発機構
2筑波大学社会医学系

Evaluation of psychological adaptation of an ISS expedition crewmember by semi-structured interview

Natsuhiko Inoue1‚2‚ Satoshi Yoshino2‚ Hiroshi Ohshima1‚ Ichiyo Matsuzaki1‚2

1Japan Aerospace Exploration Agency
2University of Tsukuba‚ Institute of community medicine

 これまでの日本人宇宙飛行士が行ってきたスペースシャトルミッションでは,宇宙飛行士の軌道上滞在期間は2週間程度であったが,2007年度から日本人の長期滞在が予定されている国際宇宙ステーション (ISS)ミッションでは,3〜6ヶ月にわたる滞在が行われる。このため,これまで行われてきた身体的健康管理に加え,精神心理支援がミッションの成功のために重要視されている。現在,ISS滞在宇宙飛行士の精神心理状態モニターは,二週に一度,一回15分程度の “プライベートな心理面談 (PPC)” と呼ばれる,テレビ電話を用いた精神心理支援担当者との会話のみにより行われる。特にISSの組み立てフェーズでは宇宙飛行士の作業時間が極めて限られていること,また生理的指標(尿・血液など)の取得が困難であるため,JAXAでは限られた時間内での効果的な支援を実施するために,さまざまな検討を行っている。本論文で紹介した「半構造化面接手法を用いた精神心理状態評価手法」開発もその一環であり,精神科医・心理専門家が行う精神心理状態評価の数量化と手順の標準化を試みたものである。
 本研究では,ISSに4ヶ月程度の長期滞在を行ったロシア人宇宙飛行士1名を被験者として,全15問の質問項目からなる半構造化面接を実施し,1) 認知機能の指標として回答に要する反応時間を計測し,また2) モティベーションと緊張度の指標として,面接被験者の体動(姿勢の変化(上半身・下半身),手足の動作)と表情を,複数名の専門家によって観察・評定した。これらのデータの分析から得られた結果を,ISS滞在中に発生したさまざまなイベント(船外活動,無人輸送船のドッキング,一時滞在クルーの訪問など)と照合した結果,ロシアでの長期閉鎖環境実験において実施された先行研究と同様,閉鎖隔離環境への適応過程として,①初期不適応期,②第一適応期,③充実期,④第二適応期,⑤モティベーション低下期,の5つのフェーズを区分することができた。今後の課題として,被験者数の増加による信頼性・妥当性の検討と,応答反応時間測定の自動化による分析時間の短縮が上げられた。