宇宙航空環境医学 Vol. 44‚ No. 4‚ 2007

宇宙基地医学研究会

MERSS-4. 南極越冬隊員のストレスに関する心理学的研究

桑原 知子

京都大学大学院教育学研究科

A survey of the Psychological State of Wintering Members of the Japanese Antarctic Research Expedition

Tomoko Kuwabara

Kyoto University‚ Graduate School of Education

 【問題および目的】 閉鎖環境とストレス」について,筆者は「南極越冬隊員」の心的状態を手がかりにアプローチしてきた。厳しい自然条件,固定した人間関係,そして,家族や故郷といった,自分のベースから隔絶される体験の中で,人はどのように適応していくのだろうか,これまでの蓄積の中から得られたものを報告する。また,人の心がもつ「適応的機能」,および閉鎖環境における心理的状態を「測定」するときに注意すべきことは何かという点について述べたい。
 【方法】 質問紙調査(①PANAS: 調査時の気分 ②COPE: ストレス状況に対する対処の仕方 ③SHC: 身体的,精神的健康状態 ④TSPS-IとTSPS-II: パーソナリティの特徴とバランス)と,投影法の一つであるバウムテスト(二枚法: 二枚目は,一枚目となるべく違う木を描くという教示)を45-47次隊に実施した。以上の調査を計6回(①出発前 ②越冬開始 ③極夜 ④極夜明け ⑤白夜 ⑥帰りの船)実施した。
 【結果】 ①PANASより:どの隊も最後の帰りの船の時期に,positive感情が下がり‚ 47次隊では,出発前も肯定的感情が低かった。一方,negative感情は,どの隊においても12月の白夜の時期に高くなるという結果になった。さらに47次隊のデータでは,特に「敵意」と「いらいら」がこの時期高いという結果が得られた。②COPEより: さまざまなストレスコーピングがあるが,どの隊においても,ほぼ同じであった。国際的な比較では,いくつかの項目で差が見られ,日本は「受容」が高くなっている。これは,日本的心性によるものかもしれない。③SHCより: 睡眠の問題」に苦しむ人は越冬開始の3月には少ないが,極夜の6月には多くなっていた。また,出発前「不安」を覚える人が多く,ほとんどの隊員にとって出発前の不安が大きかったと推測された。帰りの時期に「不安」がやや高まっているのは,帰国してから日本に再適応できるかどうかの不安が高まったと考えられ,南極滞在中は概して不安が低かった。④バウムテストより: 45次隊と46次隊において,極夜明けに木の種類が増え,心理的な変化があったことが推測された。バウムテストでは,各時期における隊員の心的状況が,如実に表現され,これは,各自の「心的イメージ」の表現とも言えた。
 【考察】 ①南極においては,閉鎖環境からくる心理ストレスを感じていると想像されるが,実際には,出発前・帰国時・隊員交替時など状況変動時に特に大きなストレスが見られた。②日照時間が人の心理・健康に及ぼす影響は無視できない。極夜においては,睡眠の問題,白夜においては,いらいら感など精神的不安感に問題をきたす可能性がある。③閉鎖環境における心理研究は,相手の「人間性」を最大限尊重する必要がある。そのため,検査者と被検査者の間のラ・ポールの形成を最優先する必要がある。また,必ずフィードバックを行う。実施した調査ツールの中では,バウムテストが最も有効であった。これは,あたかも越冬隊員が調査者へ向けてかいた手紙のようなものであり,調査者は,フィードバック時にそれに向けての「返答」を行った。南極には木が一本も生えていない,そんな中で,隊員たちは自分の家の庭の木や南洋の島の椰子の木を描いた。イメージ表現は,言語とは異なる側面を表現するだけではなく,非日常の環境への適応という側面でも大きな働きをしていると推測される。