宇宙航空環境医学 Vol. 44, No. 4, 139, 2007

宇宙基地医学研究会

MERSS-3. 南極越冬基地の非日常的な日常生活
 —— 長期閉鎖空間での人間ウォッチング

大野 義一朗

代々木病院外科,第39次南極越冬隊

Antarctic wintering station as long-term isolation

Giichiro Ohno

39 th Japanese Antarctic Research Expedition. Department of Surgery‚ Yoyogi Hospital

 【目的】 南極越冬基地における生活の特徴は過酷な自然環境(寒冷,昼夜リズムの消失,乾燥)と閉鎖隔離である。厳冬期をはさんだ2月から12月までの10ヶ月間は外部との往来はなく,約40名の隊員は同じメンバーだけで狭い基地空間に長期間にわたり閉鎖隔離状態となる。この状況は将来の惑星間飛行や,他天体基地における宇宙生活環境と類似していることが指摘されている。このような閉鎖環境におけるストレスのもとでどのような行動が見られるかを検討した。
 【方法】 南極越冬基地における生活の中の閉鎖環境のストレスの発現と行なわれている対処法について調査した。調査の方法としては1)ストレスに関する聞き取り調査等は行なわない,2)傷病統計の分析,3)日常の行動の観察,を用いた。
 【結果】 疾病統計では越冬中に1人4件の傷病が発生し,その内訳は外科・整形外科,内科,歯科の順に多く,精神科領域の疾患は全疾病の約2% であった。ストレス関連疾患は越冬開始,極夜期,越冬後半の3個のピークを認めた。また不眠,頭痛,血圧上昇などの発生数にそれぞれ固有の季節変動がみられた。極夜期には睡眠パターンの乱れが見られた。日常生活面では,飲酒量は出発前より増加し越冬当初より後半で増加する傾向があった。月別写真枚数は冬季に減少した。冬には仮装が増えるなど異常行動が見られた。隊員はそれぞれ個室が割り当てられプライベートな時間と空間が保証されている。隊員は生活係を構成され隊員は何らかの係に加わることで基地運営に参加する。スポーツ大会が行なわれ,四季の行事やレクレーションが催され全員参加の行事がくりかえし開催された。基地内新聞が発行され,野菜栽培が取り組まれた。一方,食卓の席順や入浴時間,夕食後のすごし方が個々に固定するなど,日常性を形成する傾向が見られた。
 【考察・まとめ】 南極越冬は「長期」「閉鎖」「孤立」「小集団」の特徴をもつ。「平穏で単調な毎日」の一方で「何か起きたら重大なこと」になる。このような生活の中に「プライバシーの確保」の一方で「集団形成」が重視され,「生活に変化をもたらす」工夫の一方で「定常的な生活」をもとめる傾向がみられた。これらのことは経験的にストレス軽減に関与するなど集団にとって有利であるために継承されてきた可能性がある。