宇宙航空環境医学 Vol. 44, No. 4, 138, 2007

宇宙基地医学研究会

MERSS-2. 宇宙飛行士のストレス低減に向けた研究動向

平柳 要

日本大学医学部社会医学講座衛生学分野

The Trend of Research Aiming at Decrease in Astronaut’s Mental Stress

Kaname Hirayanagi

Department of Hygiene‚ Nihon University School of Medicine

 国際宇宙ステーションでの宇宙飛行士の長期滞在を見据え,宇宙飛行士や地上支援者は,不測の事態に際して,過密業務の連続した日々を,しかも不規則なスケジュールで,過大なワークロードを背負いながら,うまくこなして行かなければならなくなるかもしれない。特に,宇宙飛行士は,これらに微小重力,宇宙酔い,騒音,運動,隔離状態といった様々な要因が加わり,睡眠時間の短縮やサーカディアンリズムの乱れなどを余儀なくされやすく,ひいてはミッション・パフォーマンスの低下を招くおそれがある。
 このような状況は宇宙,地上を問わず,ミッション全体の効率,健康,安全といった面において大きなネガティブ要因になりかねない。そのため,宇宙飛行士や地上支援者のパフォーマンスやストレスないしこれらの相互関係をあらかじめ明らかにしておくことが重要である。
 宇宙滞在では,最初の3週間と宇宙遊泳において,特にストレスが表出しやすいといわれている。宇宙遊泳時にはエネルギー消費量が9.9〜13.0 kcal/分,心拍数が150〜174回/分にもなり得る。
 われわれは,船外活動を含む様々なミッションの前後あるいは定期的に,メンタルストレスを非侵襲かつ無拘束な測定によって定量的に評価しようとしている。
 一方,過度のストレスが長期にわたって宇宙飛行士に加わると,いろいろな疾患にかかりやすくなる。さらに,日光浴不足などでビタミンDが不足した状態が長く続くと,骨折をはじめ,がん,高血圧,糖尿病,感染症といった疾患が起こりやすくなる。
 たとえば,49日間の潜水艦潜行の前後比較で,乗組員51名(20〜46歳)における血清カルシジオール濃度(ビタミンDの過不足を表す体内指標)はビタミンD3サプリメントをまったく摂らない場合には約21% 低下し,ビタミンD3サプリメントを400IU摂った場合でも約15% の低下を示すデータがある。
 このように,まったく日光紫外線(UV-B)にあたらない場合には,少なくとも1日1‚000〜2‚000 IUのビタミンD3補給が必要である。ただし,1日5‚000 IU以上は高Ca血症のおそれがあるため避けた方がよい。
 なお,日本人のがん予防のための血清カルシジオール濃度は32〜50ng/ml位が適当である。しかし,神戸周辺に住む6〜73歳の住民において,冬場でその平均が17ng/ml,夏場で31ng/ml程度であり,夏季の2,3ヶ月を除いて,一般に多くの人がビタミンD不足(血清カルシジオール濃度20ng/ml未満)の状態にあるといえる。
 今後,宇宙飛行士の長期宇宙滞在を見据えた場合,ストレスやワークロードの低減と,至適なビタミンDの摂取について,しっかり考えていく必要がある。