宇宙航空環境医学 Vol. 44, No. 4, 137, 2007

宇宙基地医学研究会

MERSS-1. 長期宇宙滞在のストレスとその対策

井上 夏彦

宇宙航空研究開発機構 宇宙飛行士健康管理グループ

Behavioral Health and Performance Support Program for ISS Astronaut

Natsuhiko Inoue

Japan Aerospace Exploration Agency‚ Astronaut Medical Operations Group

 現在建設が進められている国際宇宙ステーション(ISS)は,平均軌道高度約400 kmを3名の宇宙飛行士を乗せて飛行を続けている。ISSミッションは,2008年に3回に分けて日本の実験モジュール(「きぼう」)の組み立てが予定されており,近い将来6人のクルーが常時滞在して運用を行う。これまでの日本人宇宙飛行士が参加してきたスペースシャトルミッションとは,最大滞在期間が3〜6ヶ月に及ぶことや,アメリカ・ロシア・カナダ・ヨーロッパと言った多岐にわたる国々の宇宙飛行士との共同ミッションである点が最も大きく異なる。このような国際的・長期ミッションの成功には,宇宙飛行士の産業衛生的な観点も取り入れた精神心理的健康管理が不可欠である。
 このため,宇宙飛行士の作業/休息のスケジュールは国際ルールにより厳格にコントロールされており,概述すれば,「週休二日/作業時間=8時間/睡眠=8.5時間」のスケジュールに従って作業を行っている。この他,骨/筋肉の廃用性萎縮を防ぐために一日2時間程度の運動が定められていたり,狭いながらも宇宙飛行士のそれぞれに個室が割り当てられていることなどにより,なるべく心身共に健常で生活を行えるようになっている。
 しかしながら,長期に渡る宇宙滞在により,大別して以下の4種類の精神心理的ストレスを感じることが宇宙飛行士の報告から判明している。
 1) 閉鎖隔離環境に起因する孤独感,
 2) 異文化/固定されたクルー構成に起因する対人関係のもつれ,
 3) 危険な環境に暮らす緊張感,
 4) 限られたコーピングリソース
 実際にこれまでも長期宇宙滞在時には,クルー内/間でのトラブルや,クルーと地上要員との口論などが報告されており,ヒューマンエラーの発生に直結する原因であるという報告も成されている。このため,JAXAでも1998年に行われたISS飛行士選抜においては,協調性/コミュニケーション能力/異文化適応性などに重点を置いた医学的選抜を実施した。またISSプログラムでは,宇宙飛行士の精神心理的支援体制は大枠は国際調整により実施項目が定められており,これに自国に特有な部分を付加して実施することになっている。JAXAもそれに基づき,①日常的支援(随時の面談等),②飛行前支援(精神心理訓練。座学とフィールドトレーニングがある),③飛行中支援(地上の家族等とのテレビ電話による面談,嗜好品の提供,宇宙日本食の提供など),④飛行後支援(再適応の確認)にフェーズを分けて実施を予定している。