宇宙航空環境医学 Vol. 44, No. 4, 134, 2007

ワークショップ

2. 短期間の宇宙飛行がヒト骨格筋の筋萎縮に及ぼす影響

秋間 広1,4,水野 康2,4,福永 哲夫3,川島 紫乃4,大島 博4

1名古屋大学総合保健体育科学センター
2東北福祉大学子ども科学部
3早稲田大学スポーツ科学学術院
4宇宙航空研究開発機構

Effect of short duration of spaceflight on atrophy of the lower limb in humans

Hiroshi Akima1,4‚Koh Mizuno2,4‚Tetsuo Fukunaga3‚Shino Kawashima4‚Hiroshi Ohshima4

1Research Center of Health‚ Physical Fitness & Sports‚ Nagoya University
2Faculty of Child and Family Studies‚ Tohoku Fukushi University
3Faculty of Sport Sciences‚ Waseda University
4Japan Aerospace Exploration Agency

 宇宙空間のような微少重力環境下に一定期間滞在することによって,骨格筋では萎縮が生じることはよく知られている。しかしながら,どのくらい微少重力環境に暴露されるとどのくらいの筋萎縮が起きるのかについて,ヒト骨格筋を用いて明確に示した研究というのは少なく,明らかになっていない点が非常に多い。そこで,本研究では短期間の宇宙飛行を行った宇宙飛行士の下肢の筋量変化を宇宙飛行前,直後,回復期について縦断的に検討することを目的とした。男女5名の宇宙飛行士が,のべ7回のスペースシャトルによる9日〜16日間の宇宙飛行を行った。飛行60日前(L−60),帰還3日目(R+3),7日目(R+7),30日目(R+30),90日目(R+90)に大腿部および下腿部の磁気共鳴映像法による横断像を撮影し,得られた横断像から膝伸筋群,膝屈筋群,足底屈筋群,足背屈筋群の筋体積を算出した。宇宙飛行に伴う筋量変化には個人差が認められるものの,R+3では足底屈筋群(−9.7±5.0%),膝伸筋群(−8.4±4.6%),膝屈筋群(−6.0±4.3%)および足背屈筋群(−4.4±5.9%)の順に有意な筋体積の減少(筋萎縮)が認められた。R+3およびR+7における足底屈筋群は,膝屈筋群および足背屈筋群と比較して,また膝伸筋群では足背屈筋群と比較して筋体積の低下率が有意に大きかった。その後,徐々に筋量の回復が認められ,R+90には全ての筋群で回復が認められた。筋群毎に筋萎縮と飛行時間との相関関係について検討したが,いずれの有意な相関関係は認められなかった。また,本研究で認められた宇宙飛行による筋萎縮と地上モデルで認められる筋萎縮を比較するため,一日当たりに生じた筋萎縮を計算した。その結果,膝伸筋群では宇宙飛行による筋萎縮が,20日間のベッドレスト,30日間のベッドレストおよび20日間の片脚サスペンジョンのそれと比較して有意に高値を示した。膝屈筋群および足底屈筋群では,宇宙飛行による筋萎縮が,30日間のベッドレストおよび20日間の片脚サスペンジョンと比較して有意に高値を示し,足背屈筋群では20日間の片脚サスペンジョンと比較して有意に高値を示した。以上の結果から,短期間の宇宙飛行でも筋群によっては約10%の筋萎縮が生じ,この筋萎縮が完全に回復するまでには約3ヶ月を要することが明らかとなった。また,宇宙飛行によって引き起こされた筋萎縮は,地上モデルで認められる筋萎縮より一日当たりでの比較ではより高値を示すことが示された。したがって,本研究は地上モデルから宇宙飛行で生じる筋萎縮の推定や有人宇宙飛行での対抗措置を考える上での有効な資料となるものと思われる。