宇宙航空環境医学 Vol. 44, No. 4, 122, 2007

一般演題

H-4. 航空機内での心肺蘇生の実施により心的外傷を負った1例

大塚 祐司

合病院国保旭中央病院神経精神科

Bystander's trauma after in-flight cardiopulmonary resuscitation

Yuji Otsuka

Department of Psychiatry,Asahi General Hospital

 1990年以降,国内外の航空機内にAEDが搭載され,客室乗務員らが救命する事例が相次いで報告されている。日本でも2001年10月に日本航空国際線にAEDが搭載されたことを契機に,航空機を含む公共の場所へのAED設置が普及している。そのような中,平成18年2月17日金曜日,成田発東南アジア行きの外資系航空機内にてツアー旅客(55歳,男性,会社員)が心肺停止に陥った。同機にたまたま乗り合わせていた日本赤十字救急法指導員を持つ個人客(31歳,女性,会社員)が1時間に渡り1人で心肺蘇生を行い救命した。心肺蘇生と並行して行われたドクターコールに応じる者はおらず,客室乗務員に繰り返し要請されたにも関わらず機内に搭載されていたAEDが心肺蘇生の現場に持ってこられることはなかった。また客室乗務員は心肺蘇生を手伝わなかった。加えて多数の他の乗客が野次馬と化して現場に殺到し,心肺蘇生の現場を写真やビデオで撮影した。当の男性は軽度の手指の運動障害を残したのみで,元の勤務先に復帰した。しかし救命した女性は心肺蘇生時の出来事が元で惨事ストレス症状を呈して急性ストレス障害,外傷後ストレス障害を発症し,帰国後も長期間に渡って社会生活に支障を来たす状態が続いた。惨事ストレスは大災害の被害者のみならず,被害者を救援する救援要員にも生じ,日常的な救援活動でも見られる。また,バイスタンダー(たまたま生命の危険に陥った人の側にいて救援する人)も同様の症状に見舞われることがある。本事例では幸運にも,結果的に帰国後の女性の周囲の対応が適切であったため,それが精神療法的な役割を果たし症状は徐々に軽減した。しかし本邦に於いてはバイスタンダーの心のケアを行う制度が構築されておらず,本例は図らずも制度的欠陥を露呈させた。従って早急に全国的組織を構築して,バイスタンダーの精神的問題をサポートすべきである。