宇宙航空環境医学 Vol. 44, No. 4, 112, 2007

一般演題

F-2. 過重力環境下での心拍変動の生後発達

長岡 俊治1,宮坂 知香1,志田 まい子1,大田原 慎也1,江野 佑子2,大平 充宣3

1藤田保健衛生大学,衛生学部,生理学教室
2名古屋市立大学大学院,システム自然科学研究科
3大阪大学大学院,医学研究科,適応生理学研究室

Postnatal Development of Heart Rate Variability under Hypergravity Condition

Shunji Nagaoka1‚ Chika Miyasaka1‚ Maiko Shida1‚ Yuko Eno2‚ Yoshinobu Ohira3

1Department of Physiology‚ Fujita Health University School of Health Sciences‚ Aichi‚ Japan
2Nangoya City University Graduate School of Natural Sciences‚ Nagoya‚ Aichi‚ Japan
3Department of Applied Physiology‚ Osaka University Graduate School of Medicine‚ Osaka‚ Japan

 【背景と目的】 哺乳類は母親の子宮で受胎し,羊水という海に育まれ,その後,海から陸をめざした生物の進化のプロセスをわずかな期間でたどる。この時,重力への対応は主に心循環系,筋骨格系,神経系機能に大きな変化をもたらしたと考えられている。今回我々は,特に心循環系調節機能に着目して,哺乳類と鳥類などの,陸上動物に呼吸性心拍変動が生まれた最大の原因が,誕生後から始まる全身への重力負荷によるのではないかという仮説に基づき,過重力環境中での生後発達を調べその詳細を明らかにしようとした。
 【実験方法】 今回の研究では高重力環境で誕生したラットの発育中の心拍とその変動について解析した。妊娠6日目のウイスター系ラットを遠心式過重力飼育装置中で飼育,出産させ,生後2日目から23日目までの仔ラット(2 G群)の心電図を計測し解析した。対照群は,同型のケージにて遠心機室内で飼育し生まれた仔ラット(1 G群)を用いた。2 G群の計測は生後2日目と23日目に行い,対照群の計測は,4‚ 8‚ 11‚ 18日目についても行った。計測はMP-35(BIOPAC社,California‚ USA)を用い,サンプリング周波数1 KHzにて行った。心拍変動解析は,心電図から得た心拍トレンドに5 Hzの低周波濾波フィルター処理後,自己相関—FFT法で得たパワースペクトル中から呼吸応答成分のみを抽出して呼吸性心拍変動とした。
 【結果】 1 G群の平均心拍は生後約1週間から徐々に上昇した。2日目2 G群の平均心拍は,1 G群に比べ有意に低く,23日目では両者に有意差はなくなった。1 G群の呼吸性心拍変動は,2日目にはごくわずかであったが,生後2週間以降急激に増加し,23日目には成熟ラットに近いレベルまで達した。2 G群,2日目の呼吸性心拍変動も,1 G群より有意に低く,23日目でも同様な傾向が見られたが有意差はなかった。しかしながら,2日目と23日目の呼吸性心拍変動値比は,1 G群では45倍に,2 G群では69倍に増加し,2 G群の増加率は有意に高かった。
 【考察】 今回の実験では,1 G群の安静時心拍数は生後約1週間以内では殆ど変化が無くその後増加することから,ラットでの心臓交感神経発達は誕生後1週間程度から始まったと推定される。しかしながら,2 G群では,誕生2日目の平均心拍数が1 G群と比べ有意に低いことから,心臓迷走神経系の生後発達は交感神経に比べ早く,重力依存的であることが分かった。一方,呼吸性心拍変動は,肺からの迷走神経入力が心臓に至る神経支配が必要である。1 G対照群の結果からは,呼吸性心拍変動に必要な神経支配は誕生後約2週間以降急激に発達するが,過重力はこの過程を促進しており,重力が心拍調節に必要な自律神経系,特に迷走神経の生後発達を促進していることがほぼ明らかとなり,これらの結果は,呼吸性心拍変動の発現が重力曝露により生じたとする我々の仮説を強く支持している。