宇宙航空環境医学 Vol. 44, No. 4, 108, 2007

一般演題

E-4. 模擬微少重力暴露中の胸腔内圧の変化が体温調節反応におよぼす影響

西村 直記,岩瀬 敏,菅屋 潤壹

愛知医科大学医学部生理学第2講座

Effect of change in intrathoracic pressure on thermoregulatory responses during −6° head-down bed rest

Naoki Nishimura‚ Satoshi Iwase‚ Junichi Sugenoya

Department of Physiology‚ Aichi Medical University School of Medicine

 【目的】 −6°ヘッドダウンベッドレスト法は微少重力状態での体液分布を模擬した方法であるが,背部の皮膚の圧迫や静水圧の有無などにより,宇宙飛行時と比較して尿量や血中ホルモン濃度の差が認められるなど,生理的反応の違いを指摘する報告もみられる。しかしながら,地上での1G環境下で模擬微小重力実験を行なう限り,これらの影響を取り除くことは困難である。−6° ヘッドダウンベッドレストなどの姿勢変化はまた,心肺圧受容器を介して皮膚血管運動を変化させることが知られており,心肺圧受容器への刺激もまた循環調節系および体温調節系へ影響をおよぼすことが考えられる。本研究は−6° ヘッドダウンベッドレスト中の全身への陰圧および陽圧負荷が,体温調節系におよぼす影響ついて検討した。
 【方法】 健康成人男性8名を対象とした。頭部を6° 下げた状態のベッド上に付置した圧力負荷装置内(装置内温度: 34-35°C)で30分間の安静仰臥位状態を保たせた後,頭部を除く全身への陰圧負荷 (TBNP: −15 cmH2O)および陽圧負荷(TBPP: +15 cmH2O)負荷を1時間行なった時の鼓膜温,発汗量および皮膚血流量(いずれも前胸部と大腿部)の変化を無圧力負荷時(HDBR: ヘッドダウンベッドレストのみ)と比較・検討した。
 【結果および考察】 大腿部での発汗量は,30分間の安静仰臥位中には顕著な増加がみられたが,前胸部では30分間の安静仰臥位中にほとんど変化がみられなかった。これは−6°ヘッドダウンベッドレストにより,上背部により大きな皮膚圧が加わり,反射性に前胸部の発汗量が抑制された結果であると考えられる。発汗量および皮膚血流量は,TBNP開始初期に顕著な減少がみられ,それは特に大腿部で顕著であった。一方,TBPPでは,発汗量および皮膚血流量ともに緩やかな増加傾向が認められたが,それはHDBR時とほぼ同じ経過をたどった。TBNPによる胸腔内圧の低下は,壁内外圧勾配を低下させるために心肺圧受容器の脱負荷が促進され,それにより皮膚血管収縮が起こることで発汗量が抑制されたものと考えられる。TBPPの発汗量(前胸部および大腿部)は,HDBRとほぼ同じであったにもかかわらず,鼓膜温はTBPP中に顕著な低下が見られた。TBPP時では,前額部の皮膚温がTBNPおよびHDBRと比較して顕著に低下していたことから,前額部での発汗量がTBNPおよびHDBR時よりも多く,熱放散が促進されたためにTBPP中に鼓膜温の顕著な低下がみられたものと推測される。以上の結果から,−6°ヘッドダウンベッドレスト中の全身への陰圧および陽圧負荷による心肺圧受容器活動の変化は,皮膚血流量や発汗量を変化させることから,−6°ヘッドダウンベッドレスト法を用いた模擬微小重力実験時と宇宙飛行時による体温調節反応には差異がみられる可能性を示唆する。