宇宙航空環境医学 Vol. 44, No. 4, 98, 2007

一般演題

B-3. 宇宙における授乳行動を考える

清水 強1,8,根津 八紘2,吉川 文彦2,上条 かほり2,浜 正子3,阿部 詩織4,伊東 千香4,酒井 百世5
三木 猛生6,山崎 将生7,挟間 章博7

1諏訪マタニティークリニック 附属清水宇宙生理学研究所
2諏訪マタニティークリニック 産婦人科
3諏訪マタニティークリニック 看護部
4諏訪マタニティークリニック 放射線部
5諏訪マタニティークリニック 検査部
6北里大・医・衛生公衆衛生
7公立学校法人福島県立医大・医・細胞統合生理学
8同大 名誉教授

We propose to consider feeding behavior in the space environment

Tsuyoshi Shimizu1,8, Yahiro Netsu2, Fumihiko Yoshikawa2, Kaori Kamijo2, Masako Hama3, Shiori Abe4, Chika Ito4,
Momoyo Sakai5, Takeo Miki6, Masao Yamasaki7, Akihiro Hazama7

1Shimizu Institute of Space Physiology, Suwa Maternity Clinic
2Dept of Obstetrics and Gynecology, Suwa Maternity Clinic
3Dept of Nursing, Suwa Maternity Clinic
4Dept of Radiological Technology, Suwa Maternity Clinic
5Chemical Laboratory, Suwa Maternity Clinic
6Dept of Preventive Medicine and Public Health, School of Medicine, Kitasato University
7Department of Physiology, Fukushima Medical University School of Medicine
8Prof. Emeritus, Fukushima Medical University

 【背景】 今世紀には月や火星での集団生活も期待されるような時にあって,われわれは,宇宙開発にあたってはセクシュアリティの要因を考慮に入れること,少なくともその議論をして行くことが重要であるということを提言し(清水強他, Space utiliz Res 20, 2004),また,セクシュアリティの構成因子のひとつである生殖機能と宇宙環境との関係についても研究考察を進めている(阿部詩織他,Space utiliz Res 22, 2006. Miki, T. et al., Gravitational Physiol., 13(1), 2006)。
 【目的】 本研究は,いずれ人類の宇宙における継世代活動の始まることを想定して,ヒトが哺乳活動を微小重力環境で行う場合に生じるかもしれない諸問題について検討することを目的としている。
 【地上におけるヒトの哺育行動】 母親が出産後母乳によって子を育てることは哺乳類の一員としてのヒトの保育行動の第1歩であり,新生児の生後発達の出発点でもあるが,その哺乳行動は他の四足歩行の動物とは大分異なる。ヒトは直立位をとり着衣による圧迫なども加わるため,その乳房は四足歩行動物のように先端下方の直円錐型を維持できず(根津八紘,乳房管理学,2002),乳房の位置も児に対して極端に高位となり,児の能動的接近による母乳摂取はできないので,母親が積極的に抱き寄せて授乳しなければならない。その結果独特の対面授乳様式をとっている。元来,哺乳行動は児の本能としての食欲と飲水欲を充すための摂食行動と飲水行動であり,同時に様々な随伴行動を学習する場面でもある。具体的には視床下部・辺縁系と新皮質との相関を築き上げて行く過程である。これに加えて,対面授乳は,児が母親の肌に密着しながら諸々の感覚器官を通して多彩な刺激を受け,言語活動等総合的な人間性創出のための大脳皮質の高次機能を発達させ,人間特有の精神構造を構築させ行く出発点ともなるものである(香原志勢,第19回日本母乳哺育学会抄録集,2004. 清水強他,Space Utiliz Res 23, 2007)。対面授乳はまた母親にとっても母性欲と母性行動を通してその高次機能の学習を追加して行くことにもなり,いわば母子の共同作業であって,こうした母子協関の中から母子の殊に児の人間らしさが培われるという大事な意味を有している。
 【宇宙での授乳行動の問題点】 地上での対面授乳の特徴は基本的に地球重力の存在から生じるものであるので,微小重力ないしは月や火星のような低重力の宇宙環境下では,これ迄の宇宙船内での宇宙飛行士達の示す姿勢や著者らの航空機による微小重力実験等でのラットの行動から推測すると,ヒトの対面授乳は必ずしも容易ではなく,その哺乳活動には種々の支障をきたすことも考えられる。母親が上半身を立てて坐った状態で子を抱き寄せ,母子が肌を密着させながら児の重さを両の腕に感じつつ授乳することは難しく,その結果母子協関の形成にも影響が出て,高次神経活動や精神構造の構築にも影響が出るかもしれない。
 【まとめ】 重力の小さい宇宙環境では対面授乳による哺乳活動は容易ではないと推測され,地上での対面授乳に近い行動を再現するには相当努力工夫が要るであろう。宇宙での人類の継世代活動の開始がいつになるかは定かではないが,その時に対処し得るよう今から積極的に考えて行く必要があるであろう。