宇宙航空環境医学 Vol. 44, No. 1, 3-11, 2007

原著

無重量状態下における顔面浮腫の推移

宮本 晃1,2,山田 寛3,松崎 一葉2,4,Mikhail Tyurin5,Sergei Treschev5

1日本大学大学院総合社会情報研究科
2宇宙航空研究開発機構
3日本大学文理学部心理学科
4筑波大学社会医学系人間総合科学研究科
5Rosaviakosmos, Russia

Time Course of Facial Puffiness in Microgravity

Akira Miyamoto1,2,Hiroshi Yamada3,Ichiyou Matsuzaki2,4,Mikhail Tyurin5,SergeiTreschev5

1Graduate School of Social and Cultural Studies,Nihon University
2Japan Aerospace Exploration Agency
3College of Humanities and Sciences,Nihon University
4Institute of Community Medicine,University of Tsukuba
5Rosaviakosmos,Russia

ABSTRACT
 The purpose of this study was to estimate the time when the human cardiovascular system adapted to the space environment after the exposure to microgravity, by means of analyzing the time course of facial puffiness on cosmonauts.
 Four Russian cosmonauts were assigned to two subjects and two cameramen during the expeditions of #3 and #5. Eight filmings in the expedition #3 and sixteen filmings in the expedition #5 were performed and recorded with the HDTV camera, during the days from 16 to 117 and from 3 to 152 respectively. The filmed portions of body were frontal face, lateral face including jugular vein, close-up of eyes and hand. The tapes were delivered to Japan and HDTV images were evaluated subjectively by physicians on a Cathode Ray Tube monitor first. Then, still images of frontal face were extracted from tapes in each shot in each session to compare the extent of facial edema, and the area on the frontal face was marked and calculated with a personal computer.
 The calculated facial area in the expedition #3 increased by 5-11% through the mission and it increased by 8% on the day 117 in comparison with the pre-flight face. In the expedition #5, the facial area increased and varied by 7- 10% during the first month of the flight, and it kept around 10-11% until the day 152.
 In conclusion, the facial edema due to the fluid shift existed obviously just after the exposure to microgravity, and its extent seemed almost the same until the end of missions. Therefore, the timing when the human cardiovascular system adapted to the space environment could not be estimated with the time course of the facial puffiness. It seemed that there was the excess of body fluid volume in the upper body and the influence of the fluid shift remained throughout missions.

(Received: 14 September, 2006 Accepted: 13 November, 2006)

Key words: Astronaut, Fluid shift, Facial edema, Microgravity, High Definition Television

はじめに
 宇宙の特殊環境の一つとして,地球の重力と宇宙船の遠心力が釣り合い,見かけ上重力の働かない無重量状態が存在する。地球上ではヒトが立位や座位の場合,重力によって体液の多くは下半身に貯留しているが,この無重量状態に曝されると重力による影響が除かれ,全身の体液量とその分布が変化する8)。下半身の体液は頭部方向に移動(体液移動)する2)。 体液移動の臨床的な所見としては,宇宙飛行士の顔に浮腫が認められ,また下肢は細くなることがよく知られている19)。下肢から移動する体液量に関する報告14,20) では,飛行士の下肢容積をテープメジャーで計測した結果,約2Lとされている。この体液移動により上半身で過剰となった体液は主として胸部に貯留し,無重量状態に心循環系が順応するに連れて水分を体外に排泄し,無重量環境にヒトは適応して行く。この心循環系の適応時期については4〜6週間後とされてきたが16),これまで長期宇宙滞在した飛行士の数が少なく, また何をもって適応した状態とするかも難しいため,適応時期に関する報告は少ない。
 本報告では,国際宇宙ステーション(International Space Station, ISS)に滞在する宇宙飛行士の顔などを撮影した映像から,顔面浮腫の時間的な経過を解析することにより,無重量状 態に曝されたヒトの心循環系における適応時期の推定を目的とした。

I. 対象と方法
 宇宙航空研究開発機構(旧宇宙開発事業団,Japan Aerospace Exploration Agency, JAXA)は,きぼう(Japanese Experiment Module, JEM)にHigh Definition Television(HDTV)映像シス テムの搭載を予定しており,運用開始に先立つ宇宙実験の機会として,ロシアサービスモジュール(Service Module, SM)利用に係わるロシア航空宇宙庁との協議により,HDTVカメラによる映像取得実験に合意した。これによりJAXAは,HDTVカメラをSMに搭載し,ISSに長期滞在するロシア人宇宙飛行士及びHDTVカメラの軌道上長期利用機会を得た12)
A. 被験者と撮影方法
 ロシア人飛行士4名の中から被験者として2名,撮影する飛行士2名をロシア側に依頼した。対象となったミッションは,エクスペディション#3(2001年)と#5(2002年)である。飛行前のHDTV映像データの取得は,モスクワ市内にあるエネルギア社内のAVルームで実施し,飛行後の映像データ取得は,エクスペディション#3は約2.5ヶ月後にモスクワで,エクスペディション#5では帰還直後にNASAケネディー・スペースセンターとジョンソン・スペースセンターで実施した。
 軌道上の被験者は,SMの床に装備された運動用トレッドミル上に立ち,身体をコードにて固定した。無重量下の撮影では身体が浮遊するので被験者の固定は重要であり,運動用トレッドミルはモジュールの端に位置し,固定器具が装備されていたので身体固定用に流用した。HDTVカメラはズーム付きの望遠レンズを使い,SM内の壁に特殊なアームで固定して使用した。このレンズを使用した理由は,他の研究テーマに被験者の全身を撮影するショットがあるため,撮影毎のレンズ交換を避けたためである。カメラと飛行士間の距離は約2.5 Mとし,両エクスペディションを通じて,この距離は一定であった。
B. シナリオと撮影部位
 医学実験に使用できる時間は毎回最長10分間のため,この間に撮影可能で,また視診として十分に利用可能な内容のシナリオを作成した。撮影時期は毎回飛行士の朝食後とし,船外活動な どの大きなイベント時を避けるようにした。最初に顔の正面像を撮影し,次に顔をゆっくりと左右に振らせて,外頸静脈を含めた顔の側面像を撮影した。続いて顔を上下させた映像,目のア ップ,さらに視線を左右に振らせて眼球結膜の血管映像を得た。また,手背の静脈怒張を見るために,身体の外側で心臓の高さに挙上した手を撮影した。
C. 宇宙滞在期間と撮影回数
 両ミッションにおける飛行士の宇宙滞在期間をTable1に,飛行前後の撮影日および飛行中の撮影日をミッション経過時間(Mission lapsed Time, MET)にてTable2に示す。なおエクスペディション#3では,カメラが飛行士の搭乗後にSMに到着したため,無重量環境暴露直後の映像は撮影できなかった。一方,エクスペディション#5では飛行士搭乗直後からの撮影ができ, 無重量環境暴露直後から循環系の変化(顔面浮腫など)の経緯を観察できた。また,エクスペディション#5では,飛行士が地上に帰還した翌日と9日目の映像も取得した。


Table 1. Expeditions of International Space Station
 
Launch-Landing
Duration
Expedition # 3 crew
Aug. 10, 2001-Dec. 17, 2001
128 days
Expedition # 5 crew
June 5, 2002-Dec. 7, 2002
184 days



Table 2. Days (Mission Elapsed Time) of Filming
 
Pre-flight
In-flight (day)
Post-flight
Expedition # 3
before 3 months
16, 17, 34, 49, 62, 74, 98, 117
after 2.5 months
Expedition # 5
before 1 year
3, 5, 9, 11, 15, 19, 26, 33, 49, 62, 76, 90, 104, 120, 134, 152
after 1 and 9 days



D. 映像と画像の比較方法
 軌道上で録画したHDTV映像テープをロシア経由で日本へ輸送し,筑波宇宙センターにて解析を行った。最初に映像テープをセッション毎に順次モニター上で再生し,3名の医師により顔面 浮腫の状態を主観的に評価した。浮腫の判断基準は数値による3段階評価とし,浮腫無し(0),軽度の浮腫(1),中程度の浮腫(2),著明な浮腫(3)として,セッション毎に各評価者に よる点数を平均値にて示した。また,浮腫の観察部位は,顔全体,上眼瞼,口唇に分けて評価した。
 次に,経時的変化を映像で比較するのは難しいため,WSD/HD(Acom社製)を用いてHDTV映像を動画像ファイルに変換し,各セッション,シーン毎に横長の動画像から頭部から顎までの顔静 止画像を切り出した。切り出した最初の画像では,撮影時にズーム機能を使用しために顔のサイズが多少異なっていたので,画像ソフトウエア(Adobe社製)を用いて,顔の大きさを揃えた 画像に修正した。修正方法は,飛行前の顔画像における両耳朶外縁間の距離を基準とし,飛行中の顔画像における同部の距離が一致するようにして大きさを揃えた。これは,飛行前と飛行中 の顔画像を比較した結果,両耳朶外縁間の距離が浮腫による影響が最も少ないと判断したからである。切り出した顔静止画像は画面上に並べて,各画像を比較した。
 最後に顔面浮腫の状態を定量的に評価する方法として,2D-Rugle(メディックエンジニアリング社製)を用いて目から顎までの顔の輪郭をマーキングし,その面積を計算して,飛行前, 飛行中,飛行後の顔面積の時間的な変化を検討した。

II. 結果
A. 映像による評価
 医師による主観的な映像の評価結果として,視診による顔面浮腫の経時的な変化をFig. 1(エクスペディション#3)とFig. 2(エクスペディション#5)に示す。縦軸は各評価者が浮腫の 程度を点数化した値の平均値を示し,横軸は飛行中の撮影日(ミッション経過時間)である。



Fig. 1. Time course of facial edema in Expedition #3. Physicians evaluated the grade of facial edema with points (0: none, 1: slight edema, 2: moderate edema and 3: severe edema). Points were averaged value. Pre FLT and post FLT: Pre-flight and Post-flight. Day: Day of filming in Mission Elapsed Time.



 エクスペディション#3では宇宙滞在16日目において顔の浮腫が明確に認められ,2ヶ月後に一時軽快するがその後浮腫の程度は殆ど変化せず,117日においても34日目と同様な所見であった (Fig. 1)。浮腫は顔全体に認められたが,特に眼瞼部の浮腫が顕著であった。帰還後の撮影は約2.5ヶ月後と遅れたが,勿論この時点では顔の浮腫を認めていない。一方,エクスペディシ ョン#5では宇宙滞在3日目から撮影を始めており,3日目および5日目における顔面浮腫の状態は,全期間を通じて最も強いと判断された(Fig. 2)。その後9日目以降は顔の浮腫は軽快し, 約1ヶ月以降はさらに改善が見られた。しかしながらこの軽度の浮腫はその後あまり変化せず,152日目まで継続していた。地上に帰還した翌日の映像では顔の浮腫が消失しており,9日目 と比べても大差はなかった。宇宙滞在2週以降における浮腫の程度を#3と#5の被験者で比較した場合,エクスペディション#3の被験者における浮腫が,より強いと判断した。



Fig. 2. Time course of facial edema in Expedition #5. Both axes were the same as Fig. 1.



B. 静止画像による比較
 エクスペディション#3にて撮影した顔正面の静止画像をFig. 3に,エクスペディション#5にて撮影した画像をFig. 4とFig. 5に示す。これらの顔画像は,経時変化を映像または動画像で 比較するのは難しいため,動画像から切り出した静止画像を経時的に並べたものである。最初に,エクスペディション#3における飛行前と帰還後の顔画像を比べると,勿論どちらにも顔の 浮腫は認められない。飛行中の顔画像とこれら飛行前後の顔画像を比べれば違いは明白であり,全経過を通して顔に強度の浮腫が存在した。しかしながら画像の観察では,飛行中のどの時期 に浮腫が最も強いのか,また,浮腫の変動について傾向を示すことは難しかった。続いてエクスペディション#5における飛行中の浮腫の経過を見ると,宇宙滞在3日目には顔面浮腫が明瞭に 認められ,この浮腫は2週後から1ヶ月後にかけて徐々に改善していた。しかし,その後浮腫の状態はあまり変化せずに5ヶ月後まで持続し,帰還後翌日には劇的に改善していた。飛行前と 帰還後翌日の顔画像を比較すると,最初にモニター上で映像を評価した結果とは異なり,帰還後翌日にはごく軽度の浮腫が残存していて,帰還後9日目においても同様にこの軽い浮腫が認 められた。



Pre-fight Day 16 Day 17 Day 34 Day 49
Day 62 Day 74 Day 98 Day 117 Post-fight
Fig. 3. Frontal faces in Expedition #3. Pictures were facial images before, during, and after the flight. Pre FLT and post FLT: Pre-flight and Post-flight. Day: Day of filming in Mission Elapsed Time.



Pre-fight Day 3 Day 5 Day 9 Day 11
Day 15 Day 19 Day 26 Day 33 Day 49
Fig. 4.  Frontal faces in Expedition #5 (1). Pictures were facial images before and during the flight.



Pre-fight Day 62 Day 76 Day 90 Day 104
Day 120 Day 134 Day 152 Post-fight, Day 1 Post-fight, Day 9
Fig. 5.  Frontal faces in Expedition #5 (2). Pictures were facial images before, during, and after the flight.



C. 面積による比較
 正面顔画像における浮腫の経時的な変化を解析するために,エクスペディション#5の顔画像を左右に分割し,時期の異なる画像を貼り合わせた図をFig. 6に示す。飛行前と帰還後の顔画像 を比べてみると(左側の図),顔の大きさはほぼ同じであった。次に飛行前と飛行中3日目の画像を比較すると(中央の図),飛行中3日目の顔は明らかに飛行前より大きくなっていた。また, 飛行中5日目と152日目の画像を比較してみると(右側の図),両画像の顔の大きさは,ほぼ同じであった。


Pre-and post-fight Pre-fight and Day 3 Day 5 and Day 152
Fig. 6. Comparisons of two facial images. Facial images before and after the flight divided in to half were put together for the comparison (left), the images of before the flight and Day 3 (center), and the images of Day 5 and Day 152 (right).

 次に,目から顎までの部分をマーキングした顔画像をFig. 7に示す。飛行前と飛行中3日目のマーキングした面積を比べると,飛行中3日目の方が明らかに大きいことが分かる。同様に各顔 画像をマーキングし,計測した面積の時間的な変化をFig. 8に示す。縦軸は飛行前の面積を基準とし,各ミッション経過時間における面積の増加した割合を示した。エクスペディション#3に おいて得られた面積の変化は,飛行中に5% から11% に変動していたが,飛行前に比べて明らかに増加しており,最後の撮影時(117日目)でも8% の増加を認めた。これに対してエクスペディ ション#5の場合は,飛行初期に7% から10% の変動はあるがその後安定し,1ヶ月以降はほぼ10% から11% を維持しながら,最後に撮影した152日目まで同様な値を示した。帰還後の面積は,両 エクスペディションにおいて飛行前の値にほぼ復帰していた。


Pre-fight Day 3
Fig. 7. Marked and calculated facial areas. Areas from eyes to the jaw were marked and calculated.
Pictures were the marked facial area before the flight (left) and the area on Day 3 (right).



Fig. 8. Time course of calculated facial areas. Calculated facial areas during and after the flight were compared with the area before the flight.



III. 考察
 無重量状態における顔面浮腫の研究として,Thorntonら19) によるSkylab 2(28日間)と Skylab 3(59日間)の顔写真を掲載した報告がある。Skylab 2のパ イロットとSkylab 3の船長の顔に浮腫が明らかに認められ,この状態はミッションの最後まで続いていた。特に眼瞼の浮腫が顕著であり,外頸静脈は常に充満,側頭部と前頭部の静脈が拡張 し,手の静脈も膨らんでいた。下肢容積の減少や顔の浮腫によって下半身から頭部方向への体液移動は明白であり,この体液移動が血漿量の減少を引き起こし,血漿量の減少は帰還直後にお ける起立耐性低下の原因と考えられた。しかしながらこの時点では定量的な血行動態の計測をしておらず,体液移動により中心静脈の量と圧が上昇していると考えられていた。
 水分出納に関するLeachら11) の報告によれば,全身の水分は1〜3日間の飛行で3.4% 減少し,無重量状態下における血漿量は,24〜48時間以内に10〜20% 減少していた。 またWantenpaugh21) によれば,無重量状態下では上半身における細胞間隙への血管透過性が亢進し,体液濾過によって血漿の濃縮がおこる。飛行早期にはADH の上昇と水分摂取量の減少が平行して生じるために,細胞外液の10〜15% が減少するという。心機能に関しては,Gazenkoら7) の報告によると,短期および長期フライト (65〜237日)において,一回心拍出量,分時心拍出量および心拍数を測定した結果,短期フライトでは三者とも軽度低下し,この状態は長期になっても変化しなかった。
 第1回のスペースラブミッション(1983年)以前には,無重量状態における中心静脈圧(Central Venous Pressure, CVP)は,体液移動のために上昇していると考えられていたが,実際に 飛行士の静脈に針を挿入し,静脈圧を直接測定した結果は異なっていた。最初にKirsh9) らは,飛行士の上半身の静脈圧を測定し,無重量状態下では飛行前に比べてCVPが 1〜8 cmH2O低下したことを示した。一方,Norskら17) は,パラボリックフライトによる短時間の無重量状態においてCVPを測定し,無重量暴露直後 では,1Gにおける体位が起座位でも臥位であっても,CVPの上昇があることを示した。また,Lathers10) らもパラボリックフライト実験を行い,短時間の無重量 状態にてCVPが上昇するのに反して,宇宙でCVPが低下する理由を説明した。立位から無重量状態に移行すると,心拍数は低下,胸部の体液は増加,1回心拍出量係数は増加したが,半臥位 (下肢を挙上したスペースシャトル打ち上げの姿勢)から無重量状態への移行では,血行動態はほとんど変化しない事を示した。このことから体液移動は,飛行前の半臥位の時点で既に始 まっており,打ち上げによる加速度で増強し,数時間で完成するとした。また,Nicogossianら15) は,圧を可変できる頸部カラーを用いて,頸動脈洞の圧受容 器を刺激して圧受容器の機能を調べた結果から,体液移動は早期の宇宙適応に影響するが,その後の変化に対しては,神経制御メカニズムが関与すると述べている。
 このような中心静脈圧に関する議論がある中で,Foldager6) らは飛行士1名の上半身静脈圧を直接測定し,無重量状態におけるCVPは,地上における仰臥位の値に近いか, または低い事を示した。さらにBuckeyら1) は,スペースシャトル打ち上げ4時間前から飛行士3名のCVPの連続測定を開始し,座位の平均CVPは8.4 cmH2O, シャトル内で下肢を挙上した半臥位では15 cmH2O,そして無重量状態になった10分後には2.5 cmH2Oへ変化したことを示した。一方,心エコーによる左室拡張末期径 は,飛行前の4.60 cmから無重量状態下の48時間後に4.97 cmへ増加しており,CVPと実際の経壁左室充満圧との関係は,無重量状態では変化していることを示唆した。
 一方Convertino3) は,無重量状態下における低いCVPの説明を以下のように述べている。無重量状態または模擬実験において,体液移動の結果として血漿量は24〜48時間 内に10〜20% 減少するが飛行士の口渇や腎機能の低下は無く,大多数の飛行士が飛行前に水分摂取を控えることもあって,実際に尿量の増加は無い。このことから,無重量状態における脱水 状態を伴う低いCVP値は,新しくリセットされた動作点であるとしている。さらにConvertino4) は仮説の証明として,6匹の猿を用いた−10度のヘッドダウンティルト(HDT) 実験を行い,HDTのCVP値はコントロールより低くなることを示した。そして48時間後に等張食塩水を上大静脈から注入した結果,HDTにおけるCVPと血漿量が注入前の低い値に戻ったことから, 血管内容積が調整されることにより,低いCVP値はHDTにおける新しい動作点を反映しているとした。
 顔面浮腫の研究としては,Parazynski18) は8時間の−6度HDTにて顔の浮腫が著明に出現する事を示し,下口唇の微小血管圧が27.7 mmHgから33.9 mmHgへ上昇 し,間質液コロイド浸透圧の変化が無いのに,頸の皮下と筋肉内間質液圧が同様に上昇する事を示した。しかし,血漿コロイド浸透圧は5時間後に21.5 mmHgから18.2 mmHgへと明らかに下降 していた。HDTによって引き起こされる顔面浮腫は,主として上昇した毛細血管圧と,下降した血漿コロイド浸透圧によるとしている。Diridollous5) は4名の被験者を用い て−10度HDTを用い,顔面浮腫の解析を試みた。1, 10, 24時間後に超音波によって間質液の移動と浮腫の程度を測定した結果から,顔では皮膚の厚さと初期のストレスが進行性に増加し,皮 膚の緊張と柔軟性が減少したことを示した。
 以上の先行研究をまとめると,無重量状態では頭部方向への体液移動が存在し,この結果として顔面浮腫は出現するが中心静脈圧は上昇しておらず,顔面浮腫の発生メカニズムや心循環系 の適応時期に関しても未だに不明な点が多い。本研究で最初に実施したモニター上での映像観察による浮腫の経過では,エクスペディション#3において2週間後に顔面浮腫が明瞭に認められ, 2ヶ月後に一時軽度改善するがその後浮腫の程度は殆ど変化せず,117日においても飛行1ヶ月後と同様な所見であった。このことは上半身への体液移動が継続しており,上半身に貯留する体 液量が多いことを意味している。さらに傍証として,外頸静脈の怒張,眼瞼の浮腫,手背静脈の怒張,目の強膜血管の拡張などを認めているので,初期の体液移動が持続し,上半身の体液増 加が数ヶ月間も継続していたことになる13)。一方,エクスペディション#5では,宇宙滞在後3日目および5日目における顔面浮腫の状態は全期間を通じて最も強 いと判断され,その後9日目以降には浮腫が軽快し,約1ヶ月以降はさらに改善して,この軽度の浮腫はその後あまり変化せずに152日目まで継続していた。このことは,Nicogossianら 16) の報告のように,4から6週間で心循環系が無重量状態に適応し,新しい状態に移行したようだった。
 これに対して,映像から切り出した静止画像による顔面積の推移は,モニター映像を観察した結果とはかなり異なっていた。エクスペディション#3において得られた面積は,飛行中に 5%〜11% 増加し,最後の撮影時(117日目)でも約8% の増加を認めた。なお,計測で得られた面積が多少変動した説明としては,マーキングの誤差よりも,被験者の顔が真っ直ぐにカメラ を向いていないためと考える。一方エクスペディション#5の場合には,飛行初期に面積の変動はあるがその後安定し,1ヶ月以降はほぼ10% から11% を維持しながら,最後に撮影した152日目 まで同様な値を示した。モニター上で映像を評価した顔面浮腫の経過と,静止画像から計算した顔面積の経過の相違は,次のように考えられる。モニター上で映像を観察した場合には,前回 に記憶した顔の映像とモニター上の映像を比較しつつ順次評価して行くので,顔の浮腫を見慣れていった可能性がある。しかし,計測により顔の面積を比較する方法にも,問題点がいくつか 存在する。顔自体は立体であるのに二次元の面積を使用したことと,マーキングした顔の部分は顔全体でないことである。従って,無重量状態における浮腫の程度は,本研究で得られた面積 の増加よりもさらに強い可能性がある。
 以上の結果から,無重量状態においては宇宙滞在直後から顔の浮腫が明らかに存在し,飛行士の顔は地上に比べて少なくとも8% 以上膨らんでいると考えられる。さらに,上半身への体液移 動の影響は長期間継続しており,上半身に貯留する体液量が多いことを意味していた。一方,顔面浮腫の時間的な経過からは,心循環系が無重量状態に適応したと考えられる時期の特定はで きなかった。というのは研究前に,無重量状態における顔面浮腫は飛行直後の数日間に最も強くなり,その後心循環系が適応するにつれて浮腫は徐々に改善し,ある時期にて安定した状態に なると予想した。すなわち,無重量状態に順応して行く過渡期と安定期を,顔面浮腫の経過から判別できると考えたからである。
 結論として,もし飛行初期の顔面浮腫の状態がその後大きく変化しないとすれば,心循環系の適応時期は4〜6週間後ではなく,より早い時期とも考えられる。また,顔面浮腫の程度をエク スペディション#3とエクスペディション#5の被験者で比較した場合,主観的な評価では#5に比べて#3の被験者の方が強かった。このことは体液移動や顔面浮腫の程度には個人差がある可能性 を示し,さらに運動等の軌道上における起立耐性低下の予防対策によっても変わるので,無重量状態下における心循環系の適応時期については,さらに研究が必要であろう。

IV. まとめ
 国際宇宙ステーションに長期滞在したロシア人宇宙飛行士2名の顔をHDTVカメラで撮影録画し,回収した録画映像を地上にて解析した。経時的に撮影した映像と,映像から切り出した静止画像 を用いて顔面浮腫の時間的な経過を観察した。この結果,飛行初期から強い顔面浮腫が明らかに認められ,その後浮腫の状態はあまり変化せずに,ミッションの最後まで継続していた。 従って顔面浮腫の推移からは,心循環系が無重量状態に適応したと考えられる時期の特定はできなかった。このことは上半身への体液移動が継続しており,上半身に貯留する体液量が多いこ とを意味していた。

文 献

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