宇宙航空環境医学 Vol. 43, No. 4, 2006

優秀論文賞受賞記念講演

無重量環境曝露による骨格筋萎縮のカウンターメジャーとしての温熱刺激の有効性とその条件

後藤 勝正1,2,小島 敦2,小林 哲士2,植原 健二2,森岡 茂太2,内藤 利仁2,明間 立雄2,杉浦 崇夫3,大平 充宣4,吉岡 利忠2,5

1豊橋創造大学リハビリテーション学部
2聖マリアンナ医科大学生理学教室
3山口大学教育学部
4大阪大学大学院医学系研究科
5大阪大学大学院生命機能研究科
6弘前学院大学

Heat stress as a countermeasure for prevention of muscle atrophy in microgravity environment

Goto, K.1,2, Kojima, A.2, Kobayashi, T.2, Uehara, K.2, Morioka, S.2, Naito, T.2, Akema, T.2, Sugiura, T.3, Ohira, Y.4,5, and Yoshioka, T.2,6

1Laboratory of Physiology, Toyohashi SOZO University
2Department of Physiology, St. Marianna University School of Medicine
3Faculty of Education, Yamaguchi University
4Graduate School of Medicine and 5Frontier Biosciences, Osaka University
6Hirosaki Gakuin University

温熱刺激は細胞にストレス反応を惹起させ,熱ショックタンパク質(heat shock proteins: HSPs)の発現を誘導する。HSPsの中でも温熱刺激に対する感受性が高く,シャペロン活性を持つのがHSP72である。したがって,プレコンディショニングとしてHSP72の発現を誘導しておくことで,タンパク質の減少を招く筋萎縮のカウンターメジャーして有用であることが予想される。その一方で,筋萎縮を招来するような環境でない場合,温熱刺激は骨格筋に対していかなる影響を与えるか明らかでなかった。我々は,筋萎縮を招来するような環境ではない状態で温熱刺激を骨格筋に与えると,骨格筋のタンパク質の増加すなわち筋肥大が引き起こされることを明らかにした。この温熱刺激による筋肥大もHSP72の関与が考えられた。しかし,HSP72の発現を誘導するには,骨格筋の温度を一定以上に上昇させる必要がある。これまでの基礎的なHSP72を誘導する研究では,一般に41°Cの環境温(あるいは温水)に60分間ラットを曝露することで,直腸温(筋温)が41℃に確実に上昇させることができる。また,HSP72の発現誘導は,体温+3°Cというのが一般的であるので,ラットの体温(37°C)から考えると41°Cの直腸温というのはHSP72を確実に誘導するのに十分な条件であった。この温度と時間の条件により,骨格筋におけるHSP72は確実に誘導される。しかし,この温度ならびに時間の条件である限り,ヒトを対象にした場合は方法上の問題から現実的ではなかった。なぜなら,41°Cの環境温に1時間もヒトを曝露することは容易ではない上に,仮にそうした装置があったとしても体温調節機構がラットに比べて優れるヒトの直腸温(筋温)は容易に40°C以上に上昇しないことが予想されるからである。そこで本研究では,ラットを対象にして温熱刺激による骨格筋肥大をもたらす条件を探り,ヒトへの応用の可能性を検討した。その結果,体温(直腸温)が38°C以上かつ45分以上の温熱刺激が骨格筋増量作用を持つこと,そしてその作用は必ずしもHSP72のシャペロン活性によるものではなく温熱刺激そのものに骨格筋増量作用があることを見出した。また,繰り返し温熱刺激を与えることで,温熱刺激による筋肥大作用は増強することを明らかにした。したがって,骨格筋温を38°Cまで上昇させた状態を45分以上維持することさえできれば,骨格筋肥大を引き起こすことが可能ということになる。そこで,ヒトの骨格筋温を38°Cまで上昇させること,そしてその温度を45分維持することが技術的に可能かどうか検討し,技術的には問題がないことを確認した。以上の結果より,筋萎縮のカウンターメジャーとしての温熱刺激の有用性が明らかとなった。