宇宙航空環境医学 Vol. 43, No. 4, 2006

教育講演

教育-1. 発熱研究の今昔物語

渡邊 達生

鳥取大学医学部統合生理

Historical Overview of the Fever Research

Tatsuo Watanabe

Division of Integrative Physiology, Department of Functional, Morphological and Regulatory Science, Tottori University Faculty of Medicine

20世紀の後半からスタートした発熱の研究によって,発熱発現のメカニズム-特に入力系ーが解明されてきた。具体的には,Bennett & BeesonやAtkins & Woodは,細菌などの病原微生物により活性化されたマクロファージが産生・放出する内因性発熱物質(EP)を1950年代に発見した[現在では,EPは脳あるいは脳の近傍に働いてプロスタグランディンE2(PGE2)を産生させ,これが最終mediatorとして発熱を起こすものと理解されている]。しかし,1970代中頃になるとEPは発熱のみを引き起こすわけではないことが分かった。EPは発熱時に起こる急性相反応の原因物質として注目されていたLeukocyte endogenous mediatorや白血球間の情報伝達を担うことが知られていたinterleukin-1 (IL-1) と同一物質あるいは近縁物質であることが1970-1980年代に判明したのである。したがって,異なる窓から研究されて来た物質が実は同じものであることが分かったのである(現在EP は,IL-1などの複数の発熱性サイトカインのミックスしたジュースであると考えられている)。
 しかし,分子量の大きなEPは血液ー脳関門を通過しないと考えられる。EPがどのように脳に働いて発熱を引き起こすかについての問題が次に提示された(1980-1990年代)。数多くの研究の結果,EPが発熱のシグナルを脳に送る4つの機序が示されている。1つ目は,血中のEPが血液・脳関門に存在する運搬機構により脳内へ運ばれて作用するとする説である。2つ目は,血液・脳関門の欠如した脳室周囲器官の一つである終板器官が発熱に関与しているとする説である。3つ目は,求心性迷走神経線維が発熱物質の情報を末梢から脳へ伝達した結果発熱するとする説であり,4つ目は発熱物質により脳の毛細血管内皮細胞にPG合成酵素であるシクロオキシゲナーゼー2の発現が増強した結果産生されたPGE2 が視床下部に作用して発熱が起こるとする説である。
 これで発熱の入力系の全体像が明らかになったと思われたが,次の問題が生じた。実はEPを介さない,EP産生前のごく早期に起こる発熱が報告されたのである。Blatteisがそのメカニズムを解明した(1990年代後半-2000年代)。具体的には,LPSを投与すると2分以内に補体の産生が始まる。この補体が肝臓のクッパー細胞内で特別の酵素作用によりすみやかにアラキドン酸を遊離させ,シクロオキシゲナーゼー1(constitutiveに発現している酵素)の作用によりPGE2 が産生される。このPGE2 が迷走神経肝臓枝に作用してごく早期のLPS発熱を発現させることが分かったのである。
 以上,現在まで発熱発現の入力系の研究が進んで来た。しかし,発熱情報の脳での統合処理や発熱の出力系についてはあまり研究がなされていない。最近PGE2 受容体を持った視床下部ニューロンが延髄の縫腺核に投射しており,ここから脊髄交感神経節前ニューロンへの投射があることが分かった。この方面のさらなる研究の発展が望まれる。