宇宙航空環境医学 Vol. 43, No. 4, 2006

認定医シンポジウム

「空の安全のため宇宙航空医学認定医が活躍する !
—— 認定医の様々な役割と今後の課題 ——」
AM-4. 宇宙飛行士の健康管理について

立花 正一

宇宙航空研究開発機構

Health care operations for astronauts

Shoichi Tachibana

Japan Aerospace Exploration Agency

1961年に旧ソ連およびアメリカによって有人宇宙開発が始まって以来,その主役を担う宇宙飛行士の健康管理は厳しくかつ,きめ細かく行われてきた。飛行士の働く宇宙という環境は,無重量状態,強い放射線,隔離閉鎖環境での長期の居住など人間にとって相当に厳しいため,パイロットと同等あるいはそれ以上の健康度が求められるからである。
 飛行士の健康管理はミッションの最中だけでなく,その前後を含め長期間に渡り行われる。また健康管理には医師(フライトサージャン: FS)だけでなく,骨・筋・栄養などの生理的対策の専門家,精神心理学の専門家,放射線や環境衛生の専門家などからなるチームとしての総合力が要求される。国際宇宙ステーション(ISS)の飛行士の健康管理の場合は参加する5つの宇宙機関が統合的な医学運用チームを形成しているので,JAXAの医学運用チームもこの活動の一翼を担っている。
 飛行前の健康管理ではまず1年に1回パイロットの航空身体検査と同様に行われる年次医学検査が基本となる。宇宙飛行士の場合は年間の放射線被曝蓄積量,心血管系の精密検査(エレクトロンビームCTによるカルシウムスコアなど),脳MRI,ピロリ菌検査などが,パイロットの航空身体検査と比較して特徴的であろうか。各種予防接種もISS内での感染予防のためにしっかり行われる。宇宙長期滞在では骨量と筋力が相当に減少することが知られているので,あらかじめ地上においてしっかり体力訓練を行い体力増強を図るところは,戦闘機パイロットが耐G対策に筋トレを行うことに似ている。
 飛行中には搭載検査器材や医療機器,薬剤を用いて定期的な検査と必要な診断・治療にあたる。現在は医師がクルーとしてミッションに参加する機会は少なく,代わりにCMO(クルー・メディカル・オフィサー)という医療訓練を受けたクルーが地上のFSの指導を受けて医療活動を行っている。また1週間に1回は通信を介した遠隔診察を地上のFSが行いクルーの健康状態を確認している。同様の目的で,心理専門家が2週に1回心理面接を行う。飛行中は通信器材を介した遠隔医療が中心となるので,この分野の技術進歩が重要となる。
 飛行後にもスケジュールに従って健康管理が行われる。特に6ヶ月もの長期滞在後では,弱った筋力と減少した骨量を回復させるためにリハビリテーションが行われる。転倒による骨折や急激な運動による怪我を防ぐために,帰還当初はマッサージ,ストレッチなどから始め,水中歩行,補助付き歩行をさせ,徐々に運動強度を増強させていく。リハビリは帰還後45日程度をプログラムしており,その後は個々の回復状況にあわせて対処する。時には体のリハビリだけでなく心のリハビリが必要な飛行士も出てくる。ミッションの達成に燃え尽きてしまい新たな目標を見出せずにうつ状態になる者,長期の宇宙単身赴任から家庭生活への復帰に失敗する者,ミッション中のこじれた人間関係に修復を要する者,ミッションをきっかけに人生観や価値観が大きく揺らいだ者,帰還後の急激なマスコミ攻勢に戸惑う者などが,まれではあるがこれまで報告されており心理的なケアが必要となるケースがある。