宇宙航空環境医学 Vol. 43, No. 4, 2006

シンポジウム

「内耳前庭系と循環調節」
S-3. 3 G環境下飼育ラットにおける前庭−動脈血圧反射の可塑性

安部 力,田中 邦彦,粟津 ちひろ,森田 啓之

岐阜大学大学院医学系研究科生理学分野

Two Weeks of 3-G Load Attenuates Pressor Response to Microgravity in Conscious Rats

Chikara Abe, Kunihiko Tanaka, Chihiro Awazu, Hironobu Morita

Department of physiology Gifu University Graduated School of Medicine, Japan

【目的】 我々は,重力変化時の動脈血圧調節に前庭系が重要な役割を果たしていることを報告してきた(前庭−動脈血圧反射)。前庭系は可塑性の強い器官であることが知られており,異なる重力環境に曝露されると,その応答性が変化する可能性がある。この仮説を調べるため,3 G環境下で2週間飼育したラットの前庭−動脈血圧反射を測定し,1 G環境下飼育ラットの応答と比較した。
 【方法】 遠心機を用いて,8週令の雄ラットを2週間3 G環境下で飼育した。2週間の3 G負荷後,ラットを日本無重量総合研究所にて実験を行った。動脈血圧測定用のカテーテルを左大腿動脈から腹部大動脈へ挿入した。手術翌日,1 Gラットと3 Gラットを自由行動のグループ(1 G-FM, 3 G-FM),微小重力中身体を浮かないようにしたグループ(1 G-STAB, 3 G-STAB),前庭系を破壊した自由行動のグループ(1 GVL-FM, 3 GVL-FM)に分け,自由落下実験を行い,微小重力に入る前の2秒間と微小重力暴露中4秒間の動脈血圧を意識下にて計測した。
 【結果】 自由落下による微小重力曝露に対し,1 G-FMラットの動脈血圧は37±3 mmHg増加した。この増加は,1 G-STABラット(29±2 mmHg),1 GVL-FMラット(24±3 mmHg)で有意に抑制された。一方,3 G-FMラットでは微小重力曝露に対する動脈血圧応答は1 G-FMラットに比べ有意に抑制された(24±2 mmHg)。この増加は3 G-STABラット(13±4 mmHg),3 GVL-FMラット(10±4 mmHg)で有意に抑制された。また,この血圧増加は,1 Gラット,3 Gラット共にFMとSTAB,FMとVL-FMの間で有意な差が見られた。前庭の組織像では1 Gラットと3 Gラットの間では変化が見られず,VLラットでは感覚上皮の破壊と炎症性細胞の浸潤が見られた。
 【結論】 微小重力暴露に対する血圧増加がVLとSTABによって完全に抑制されるから,1 G-STABと3 G-STABラットの血圧増加の差は前庭系の,そして1 GVL-FMと3 GVL-FMラットの血圧増加の差は前庭系以外のシステムを介する血圧調節の可塑性と考えられる。このことから,意識下ラットでは2週間の3 G負荷によって前庭系,前庭系以外のシステム双方に可塑が生じ,それによって微小重力暴露に対する血圧応答が抑制されると考えられた。