宇宙航空環境医学 Vol. 43, No. 4, 2006

一般演題

36. 精神状態が不安定なまま国際線航空機に搭乗した4症例

大塚 祐司

総合病院国保旭中央病院神経精神科 

Four unstable psychiatric patients boarding international flight

Yuji Otsuka 

Department of psychiatry, Asahi General Hospital 

【はじめに】 外務省の海外邦人援護統計によると精神障害による被援護者は1996年には177人であったが増加の一途をたどり,2005年には288人にまで達している。航空機内で発生する精神科領域の急病人も増加傾向にあると報告されている。当科でも1991年以降,精神状態が不安定なまま国際線の航空機に搭乗した症例を4例経験した。
 【症例】 症例1 25歳男性,統合失調症。X-4年,緊張型統合失調症を発症し当科で加療していたが,服薬は不規則であった。X年3月21日母親と共に成田からフランクフルトへ出発した。機内にて不穏となり,客室乗務員と一緒に食事を配ったり,「うおー,がんばるぞ。」と大声で叫んだりした後に昏迷となった。到着後,現地の病院に入院して5月13日に父親,どいつフランス人医師・看護師と共に帰国した。帰国後,当院救急を受診,幻聴,精神運動興奮を認め,「オーマイゴッド」と叫んでおり,当科入院となった。ドイツで処方されていた抗精神病薬が日本で使用されておらず,処方を変更したところ症状は更に増悪し,電気けいれん療法にて改善した。翌年の4月,軽度の残遺症状を残して退院となった。尚,本症例は慢性疾患の急性増悪であったため旅行障害保険が適用されず466万円の費用がかかった。次に他の参3症例も加えて症例を次にまとめた。性別: 男性2名,女性2名,病名: 統合失調症2名,双極性障害2名,平均年齢: 31.5歳,渡航地で入院した者: 2名,帰国直後に入院した者: 3名,服薬中断のまま搭乗した者: 1名,航空機内で明らかに不穏だった者: 1名。
 【考察】 1997年MedAir社にコンサルトされた事例分析では,機内急病人の中で精神疾患は3.5% であった。精神疾患のうち90% は不安を主訴とし,4% は精神病症状であった。また,フライトの後半にコンサルトされることが多く,6%(3例)が緊急着陸に至った。緊急着陸した症例は精神病,注意欠陥・多動性障害,不安性障害であった。これに対して,精神症状のために成田空港経由で成田赤十字病院を受診した日本人海外旅行者の精神障害に関する研究データでは精神病症状による受診が圧倒的に多くなっている。受診者の病名は統合失調症47%,反応性精神病24%,気分障害12%,薬物性精神病8%,精神症状は幻覚妄想51%,急性錯乱29%,昏迷8%,躁6%,受診歴は通院中22%,治療中断33%,治療歴なし41% であり,事例化するのは精神病症状を来たす疾患で,無治療のケースが多い。本報告も成田赤十字病院のデータに一致すると考えられる。現在,日系航空機内に搭載されている精神科疾患に対応可能な薬はジアゼパムのみで,精神病症状に対応するには過量投与となる可能性がある。IATAはジアゼパムの他にハロペリドール,クロルプロマジンの錠剤と注射液を搭載することを推奨している。従来,精神科の急性期治療はハロペリドールやクロルプロマジンの注射液に負うことが多かったが,近年,リスペリドン水液の経口投与が主流となりつつある。ハロペリドールの静脈内投与とリスペリドン水液の経口投与は同等の効果があり,双方とも本邦にて事例化しやすい幻覚妄想,急性錯乱,躁に効果があると報告されている。加えて,ハロペリドールは若年男性に対して錐体外路症状を来たしやすいため,抗パーキンソン薬と共に備え付ける必要がある。以上のことから,航空機内で発生する精神疾患患者が増加し続ける場合,抗精神病薬,特にリスペリドン水液の搭載が検討される。