宇宙航空環境医学 Vol. 43, No. 4, 2006

一般演題

32. 動体視力に対する頭部直線運動の影響

長谷川 達央1,2,和田 佳郎1

1奈良県立医科大学第1生理学教室
2京都府立医科大学耳鼻咽喉科学教室

Effects of Linear Head Motion on Dynamic Visual Acuity

Hasegawa, Tatsuhisa1,2, Wada, Yoshiro1

1Dept. Physiology I, Nara Med. Univ.
2Dept. Otolaryngology, Kyoto Pref. Univ. Med.

前庭動眼反射(VOR)は頭部運動に伴う視線のずれを補正するためにはたらく反射性の眼球運動であり,特に直線加速度刺激により駆動されるものをLinear VOR(LVOR)という。頭部直線運動により運動物体を追う場合,LVORは頭部運動と反対方向に誘発されるため,動体視力にとっては不利な眼球運動であるとみなされてきた。今回,この通説に疑問を持ち,動体視力に対する頭部直線運動の影響を検証する目的で,リニアスレッド,リニアポテンショメーター,直線加速度センサーを用いた独自の頭部直線運動測定装置を構築し,次の2つの実験(実験T,U)をおこなった。
 実験Tでは健常被験者50名を対象に,頭部静止条件および頭部直線運動条件における動体視力を評価し,同時に頭部運動を測定した。運動物体は右方向に等速運動(60あるいは90 deg/s)する3種類の数字(1〜9)とし,その正答率を動体視力スコア(full score 3)とした。頭部直線運動条件では頭部運動開始のタイミングや速度は被験者の自由に任せた。結果から,頭部静止条件と頭部直線運動条件の動体視力スコアの平均に有意な差はなく(60 deg/s; 2.22±0.44 vs. 2.13±0.44, 90 deg/s; 1.47±0.54 vs. 1.45±0.55),むしろ頭部直線運動条件において運動物体提示の200 ms以上前から頭部運動を開始したtrialでは動体視力スコアが高い傾向が認められた。
 そこで実験Uとして健常被験者9名を対象に,頭部運動開始が運動物体提示の200 ms以前になるようなパラダイムを設定し,その際の動体視力と頭部−眼球運動の関係を検討した。運動物体は右方向に等速運動(80 deg/s)する文字(4種類のSnellen E)とし,その正答率を動体視力スコア(full score 1)とした。被験者には運動物体提示300 ms前に鳴るビープ音と同時に右方向の頭部直線運動を開始するよう指示した。また,水平性眼球運動をゴーグル型眼球運動測定装置(Orbit)にて計測した。その結果,2名の被験者では頭部直線運動による動体視力スコアの変化は認めなかったが(0.46±0.06→0.44±0.03),残りの被験者はすべて頭部直線運動により動体視力スコアが高くなった(0.36±0.03→0.80±0.12)。動体視力が変化しなかった被験者では頭部運動と反対方向の眼球運動が観察され,そのため視線速度は低く抑えられていた。これは通説どおりLVORが運動物体の追跡にとって不利に作用した結果であると考えられる。それとは反対に,動体視力が向上した被験者では頭部運動と同方向の眼球運動が観察された。この場合,頭部も眼球も右方向に運動するため視線速度は右方向となり,最も動体視力スコアの高い被験者(0.94)ではその最高速度は運動物体と同じ80 deg/sに達していた。この頭部運動と同方向の眼球運動にはLVORの抑制,追跡性眼球運動,予測など複数の要素が関与していると推測される。
 今回の実験成果を基にして,今後,動体視力を向上させる頭部−眼球運動のメカニズムに関する研究,さらには効果的な動体視力トレーニング法の開発を進めていく予定である。