宇宙航空環境医学 Vol. 43, No. 4, 2006

一般演題

25. 機内環境程度の低酸素が動的脳血流自動調節能を減弱させる

西村 直子,岩崎 賢一,青木 健,小川 洋二郎,斉藤 崇史,大坪 聖,近見 仁

日本大学医学部社会医学講座衛生学/宇宙医学部門

Dynamic cerebral autoregulation is impaired by hypoxia at the level of in-flight environment

Naoko Nishimura, Ken-ichi Iwasaki, Ken Aoki, Yojiro Ogawa, Takashi Saitoh, Akira Otsubo,
Hitoshi Chikami

Department of Hygiene/Space Medicine, Nihon University School of Medicine

【背景及び目的】 航空機内で発生する急病の中で,失神の占める割合が高いことが報告されている。本来脳血流を一定に維持する働きをしている脳循環調節機能が,機内の低酸素環境により減弱し,脳に十分な血液が供給されなくなることが失神の一因である可能性が考えられる。また低酸素は脳血管床の血管拡張を引き起こすなど,脳血流自動調節能に影響することを示唆する先行研究もある。そこで,機内環境程度(常圧15−16% に相当)の軽度低酸素への曝露によって,脳血流自動調節能が減弱するという仮説を立て,検証した。
 【方法】 健康男性15名を通常酸素濃度21%(ベースライン),および酸素濃度19%,17%,15% 環境に低酸素テントシステムを用いて10分ずつ曝露し,各段階で平均血圧と脳血流速度を連続測定した。一方,対照実験として,酸素濃度21% のままで10分後,20分後,30分後,40分後に同様の測定を行い,時間経過のみによる影響を検証した。解析には各段階の曝露後半5分間のデータを使用し,一拍毎の平均血圧と脳血流速度を得て,それぞれ区間ごとの平均を求めた。さらに,平均血圧と脳血流速度の動的関係を評価するため,周波数解析と伝達関数解析を施した。周波数帯は先行研究に従い,超低周波数帯: 0.02-0.07 Hz, 低周波数帯: 0.07-0.20 Hz, 高周波数帯: 0.20-0.35 Hzの3つに分け,各周波数帯における変動スペクトルを算出した。さらに伝達関数解析を用いて,血圧変動と脳血流速度変動の相関の強さを示すcoherenceと,血圧変動から脳血流速度変動への伝達の大きさを示すgainを求めて,動的脳血流自動調節能の評価指標とした。統計処理は,二元配置反復測定分散分析およびBonferroniのt検定を用いた。
 【結果】 酸素濃度の低下と時間経過にともなう平均血圧と脳血流速度の変化は認められなかった。一方,超低周波数帯における平均血圧と脳血流速度の変動,両変動の相関の強さ(coherence)および伝達の大きさ(gain)は酸素濃度の低下にともない徐々に上昇し,各評価指標とも15% 低酸素において21% ベースラインおよび対照実験40分後に対して統計学的有意差を認めた。
 【考察】 本研究から,15% 低酸素曝露によって血圧変動が増大し,血圧に対する脳血流の依存性が増した結果,脳血流変動が大きくなったと考えられた。この15% 低酸素は0.75気圧に与圧されて巡航中の航空機内環境に相当することから,機内環境程度の低酸素によっても脳血流自動調節能は減弱される可能性がある。そのため,機内での起立時などに急激な血圧変動が生じた場合,その変動を緩衝しきれず増大した脳血流変動が一過性の脳虚血を引き起こし,失神を誘発する可能性がある。
 【結論】 段階的な低酸素曝露が脳循環調節に及ぼす影響を評価した結果,航空機内程度の15% 低酸素曝露により動的脳血流自動調節能は減弱し,脳血流変動が大きくなることが示唆された。