宇宙航空環境医学 Vol. 43, No. 4, 2006

一般演題

24. 循環血液量の減少が動的脳血流自動調節能に与える影響

小川 洋二郎1,岩 賢一1,青木 健1,斉藤 崇史1,大坪 聖1,西村 直子1,近見 仁1,加藤 実2,小川 節郎2

1日本大学医学部社会医学講座衛生学/宇宙医学部門
2日本大学医学部麻酔学講座

The effect of decrease in blood volume on dynamic cerebral autoregulation

Yojiro Ogawa1, Ken-ichi Iwasaki1, Ken Aoki1, Takashi Saitoh1, Akira Otsubo1, Naoko Nishimura1, Hitoshi Chikami1, Jitsu Kato2, Setsuro Ogawa2

1Department of Hygiene/Space Medicine, Nihon University School of Medicine
2Department of Anesthesiology, Nihon University School of Medicine

【背景および目的】 宇宙飛行後の起立耐性低下の機序として,血圧調節機能が障害され起立時に血圧が異常に低下すると考えられ,これまで様々な血圧調節の機構について検討されている。しかし,仮に血圧調節の破綻がなく血圧の低下は軽微でも,血圧の変化を緩衝し脳に一定の血液を供給するための機構(脳血流自動調節能)が障害されれば,起立耐性低下が生じる可能性がある。つまり宇宙飛行後の起立耐性低下には,循環血液量の減少や体循環調節の変化によって,脳血流自動調節能が障害されていることも関与しているという仮説が導き出される。そこで本研究では,循環血液量の減少が動的脳血流自動調節能に与える影響について検討した。
 【方法】 健康成人男性7名に利尿薬: フロセミド0.2 mg/kgを投与し,循環血液量を減少させた際の連続平均動脈圧と中大脳動脈血流速度を測定し,伝達関数解析: Transfer Function Analysisにより3つ周波数帯(超低周波数帯: 0.02〜0.07 Hz,低周波数帯: 0.07〜0.2 Hz,高周波数帯: 0.2〜0.3 Hz)のGainを求め,動的脳血流自動調節能の評価指標とした。Gainは血圧の変動に対し脳血流速度がどの程度変動したか,つまり伝達の大きさを意味する。このGainは血圧の変動量1 (mmHg) に対する脳血流速度の変動量 (cm/sec) として表され,その値が大きいほど自動調節能が弱く,反対に値が小さいほど自動調節能が強く,調節が良く効いていると解釈できる。
 【結果】 フロセミド投与後,中心静脈圧および心拍出量は有意に低下し,循環血液量の減少が引き起こされた。一方,平均血圧および脳血流速度は有意な変化を示さなかった。低周波数帯の血圧変動は増加傾向を示したが,脳血流変動は変化しなかった。この両変動の関係を伝達関数解析により評価した結果,低周波数帯のGainは,循環血液量減少により有意に低下した。一方,超低周波数帯および高周波数帯の指標は有意な変化を示さなかった。
 【考察】 伝達の大きさを示すGainが有意に低下したことから,当初の仮説とは逆に,利尿剤における急性の循環血液量減少により動的脳血流自動調節能は保持もしくは増強され,有効に機能していると考えられた。また,今回の「有意な変化を示さなかった脳血流速度と,自動調節能の増強」という結果は,ニューロラブミッション(微小重力環境)におけるランディング直後仰臥位での結果と同様であった。微小重力環境曝露後における脳循環の変化には,中心血液量減少のほかに,血液濃縮,前庭系や体性感覚入力,静水圧勾配の変化などが関与している可能性がある。そのため,今後の展開として,フロセミド投与,下半身陰圧負荷,ヘッドアップティルトを用いて急性に中心血液量を同程度減少させた際の血圧変動と脳血流速度変動の関連を評価・比較することで,各負荷による脳血流自動調節能の変化の類似性と相違点について検討することを計画している。この類似性は,中心血液量減少から生じ,相違点は血液濃縮や前庭入力などから生じると仮定している。
 【結論】 本研究から,利尿剤による急性の循環血液量減少は,動的脳血流自動調節能を保持もしくは増強させることが示唆された。