宇宙航空環境医学 Vol. 43, No. 4, 2006

一般演題

22. 水泳姿勢は静脈還流を増大させる

小野寺 昇,西村 一樹,小野 くみ子,関 和俊,白 優覧

川崎医療福祉大学健康体育学科

Changes in Venous return during body position of swimming

Sho Onodera, Kazuki Nishimura, Kumiko Ono, Kazutoshi Seki and Baik Wooram

Kawasaki University of Medecal Welfare

【目的】 ヒト立位の腹部大静脈横断面積は,水位に依存して増大することを明らかにした。このことは,静脈還流量が水位に依存することを示唆する。水位から推測すると水泳時における静脈潅流量は,小さいものと考えられている。しかしながら伏臥位腹部大静脈横断面積は,予想された結果とは異なる動態を示した。このことから水泳姿勢が腹部大静脈横断面積に及ぼす影響を明らかにし,無重力との関わりについて検討した。
方法: 成人男性7名(年齢: 21.4±1.3歳,身長174.4±5.7 cm,体重66.9±7.4 kg,体脂肪率17.5±3.8%)を被検者とした。ヘルシンキ宣言に基づき,研究の目的,方法,得られる研究の成果,個人情報の保護等について説明し,研究への参加の同意を得た。腹部大静脈横断面積 Bモード超音波エコー法を用いて導出し,コンピューターに取り込み画像処理することで求めた。心拍数は,防水用の心電計を用い,胸部双極誘導にて求めた。水温,室温は30°Cとした。4つの条件(陸上仰臥位条件,陸上伏臥位条件,水中仰臥位条件,水中伏臥位条件)を設けた。水中伏臥位条件時には呼吸を確保するためにシュノーケルを用いた。統計は,一元配置分散を用い5% 水準を有意な差とした。
 【結果】 腹部大静脈横断面積は,陸上仰臥位2.19±0.74 cm2,陸上伏臥位3.20±0.65 cm2,水中仰臥位3.60±0.43 cm2,水中伏臥位4.10±0.59 cm2であった。全ての条件化に有意な差(p<0.05)が観察された。仰臥位条件よりも伏臥位条件で腹部大静脈横断面積が増加した。陸上条件よりも水中条件において腹部大静脈横断面積が増加した。心拍数は,陸上仰臥位61.2±8.2拍/分,陸上伏臥位66.2±8.0拍/分,水中仰臥位57.8±5.5拍/分,水中伏臥位59.3±7.6拍/分であった。仰臥位条件よりも伏臥位条件が多い傾向を示した。陸上条件よりも水中条件では少ない傾向を示した。
 【考察】 腹部大静脈横断面積は,伏臥位において有意な増大を示し,水泳姿勢(クロール泳)において静脈還流量が増大する可能性が示唆された。これまで水泳姿勢の浸水水位から予測すれば水圧が要因となる静脈還流量は,有意な増大を示すことはないものと考えられていた。今回の知見は,水圧以外にも静脈還流量に影響を及ぼす要因が存在することを示すものと考えられる。水泳姿勢は,クロール泳姿勢では長距離種目が行われているが,背泳は長い距離の種目が行われていない。このことは,仰臥位姿勢と伏臥位姿勢では,水泳時の血液循環動態が異なることを示すものと考える。同時に無重力環境における作業姿勢についても同様のことが推測される。今後,自律神経の関わりから検討を続けるものとする。
 【まとめ】 仰臥位条件より伏臥位条件において腹部大静脈横断面積が有意に増大した。これらのことは,姿勢が静脈還流量変化の要因となりうる可能性を示唆する。