宇宙航空環境医学 Vol. 43, No. 4, 2006

一般演題

21. 足踏み検査の偏倚傾向について

野村 泰之1

1日本大学医学部附属板橋病院耳鼻咽喉科

Deviation of the heading direction of Stepping Test

Yasuyuki Nomura1, Jacob Bloomberg2, Ajitkumar Mulavara2, Jason Richards2, Rachel Brady2,
Brian Peters2, Chris Miller2

1Nihon University School of Medicine, Department of Otorhinolaryngology-Head and Neck Surgery
2National Aeronautics and Space Administration (NASA) Lyndon B. Johnson Space Center

【背景】 異なる重力環境に暴露されると体性感覚入力や内耳入力の変化に伴って平衡障害や歩行状態の変化を呈することが知られている。
 NASAでは無重力環境下長期滞在に向けてのcounter measure としてさまざまな条件下での平衡・歩行解析を実施しているが,今回はそのパイロットスタディの一つとしてのStepping Test ; 足踏み検査の偏倚傾向を検討した。
 【方法・結果】 福田式足踏み検査Fukuda's stepping testを改変した検査方法を,NASA倫理委員会等を経た健常米国被験者20名に施行した。
 上肢は自然に垂らし,ゴーグルで遮眼し,耳栓で聴覚刺激を遮蔽し,スニーカーを履用した被験者に100歩 (90歩/分) の足踏み検査を5回施行し各回の最終到達位置および進行方向を記録し床面座標 (X, Y)から進行方向 (Heading Direction)を求めた。
 その結果,個人差はもちろんあるものの1−2−3−4−5回目の施行の20名の平均偏倚角度は66.7−75.5−58.1−52.0−48.1度で全平均は60.0度であった。
 【考察】 Fukuda's stepping testは前庭・平衡障害の検査法として福田博士が考案・提唱(1959, Acta Otolaryngolotica)たものでUnterberger-Fukuda stepping test とも呼ばれ,その原法では布で目隠し遮眼し,両上肢を水平前方に出し,その場で素足で足踏みをおこなう。
 前庭脊髄反射を利用した検査法で,前庭障害などがある場合には障害側の方向に偏倚するといわれ,正常では100歩の足踏みで45度程度以内の偏倚におさまるとされる。
 もともと個人差の多い検査ではあるが,本実験では全体で約60度という顕著な右方向への偏倚を呈した。
 その理由として,両手を下に垂らした姿勢やスニーカーの履用といった自然な歩行態勢および耳栓による聴覚刺激の削除などといった従来の原法とは異なる検査条件が,被験者達の何らかの特性を引き出した可能性が示唆された。
 これまでにも足踏み検査や体平衡は,前庭動眼系への刺激や視運動性眼振のような視覚刺激の反復に適応して偏倚を示すことが知られている。
 しかしそもそも視運動性眼振や足踏み検査そのものには左右方向に関しての方向特異性は認められていない。
 これまでに渉猟した知見では,日常生活上で左から右へ文章を読む機会の多い欧米人特に自動車運転中に右折する機会の多い米国人では歩行時に右偏倚を生じる可能性があることも示唆されており,本実験の結果は鉄道交通機関に乏しく,ほとんどの移動を自分の運転する自動車で行なうヒューストン近郊の被験者達の特性である可能性も示唆された。