宇宙航空環境医学 Vol. 43, No. 4, 2006

一般演題

18. 段階的重力負荷が前庭小脳系に及ぼす影響

高田 宗樹1,2,岩瀬 敏1,塩澤 友規1,3,山口 喜久3,平柳 要3,高田 真澄4,田中 邦彦5
増尾 善久6

1愛知医科大学医学部生理学第
2岐阜医療科学大学保健科学部
3日本大学医学部衛生学部門
4名古屋大学大学院医学系研究科
5岐阜大学大学院医学研究科
6早稲田大学エルダリーヘルス研究所

Effects of graded load of artificial gravity on vestibulocerebellum in humans

Hiroki Takada1,2, Satoshi Iwase1, Tomoki Shiozawa1,3, Yoshihisa Yamaguchi3, Kaname Hirayanagi3, Masumi Takada4, Kunihiko Tanaka5, Yoshihisa Masuo6

1The Second Department of Physiology, Aichi Medical University School of Medicine
2Department of Radiological Technology, Gifu University of Medical Science
3Department of Space Medicine and Hygiene, Nihon University School of Medicine
4Graduate School of Medicine, Nagoya University
5Gifu University Graduate School of Medicine
6Research Institute for Elderly Health, Waseda University

【はじめに】 直径4 mの棒状回転体を回転させることにより生ずる遠心力で人工重力を発生させ,同時に自転車エルゴメーターを具備した装置(遠心器)がこれまでに製作され,長期微小重力曝露に伴う心循環系デコンディショニング・筋萎縮・骨粗鬆の対抗措置として有効な印加重力および運動量が検討されている。また,重力耐性は個人差が大きいため,擬微小重力曝露の前・後においてこれを計量する試み(耐G試験)がなされている。対抗措置として印加される人工重力および耐G試験における重力負荷が前庭小脳系に及ぼす影響は現在のところ明らかにされていない。そこで,本研究ではこの影響を検討することを目的として,遠心器を利用した耐G試験前・後において重心動揺検査を行った。
 【材料と方法】 @ 耐G試験: 足先方向に1G (10分間),1.2G (5分間), ,2G(5分間)の重力を印加した。ただし,急激な心拍・血圧低下時および被験者希望時には重力負荷を中止した。実験に対する同意を得た12名の若年男性を被験者として,上述の段階的重力負荷を行った。A 検査項目: 遠心器を利用した耐G試験前・後において,日本めまい平衡医学会の基準に準拠して重心動揺検査を行った。それぞれ立位姿勢を安定させるために1分間直立し,その直後より開眼および閉眼にて各々1分間連続して測定した。被験者を重心動揺計の基準点に足底の中心が一致するように,閉足にて直立(Romberg姿勢)させて,被験者の重心を地面へ射影した点を,20 Hzにて記録した。尚,開眼検査においては目の高さで2 m前方の位置に直径約2 cmの凝視点を設け,その指標を注視させた。B 検査事項: 動揺図の総軌跡長,外周面積などの既存の指標に加えて,前庭小脳系を薬理学的に抑制した被験者から得られた動揺図を検知することに成功している疎密度や,立直り反射を表現する図形(鎖)に関する指標を入れた。また,耐G試験前・後においてそれぞれの指標のロンベルグ率も算出した。C 統計処理: 動揺図の指標ごとに,視覚情報の有無(開眼/閉眼)と段階的重力負荷の有無(耐G試験前・後)を因子として,繰り返し数12の2元配置分散分析を行った。更に,開眼と閉眼に分けて,段階的重力負荷の有無についての比較をWilcoxonの符号順位和によって行い,有意水準を0.05とした。ロンベルグ率についても同様に比較した。
 【検査成績】 動揺図所見として開眼時と比較して閉眼時の足圧中心(COP)は広く分布するが,段階的重力負荷によってCOPの広がりの著しい変化を読み取ることはできなかった(開眼時)。二元配置分散分析の結果もこれを支持する内容であった(p<0.01)。開眼時では,総軌跡長および鎖に関する指標の値が有意に増大したが,閉眼時においては変化を認めなかった。
 【考察】 段階的重力負荷によってロンベルグ率が上昇する動揺図の指標も存在したが,統計学的な傾向は認められなかった(p<0.1)。重力負荷に対してRomberg徴候(−)と考えられ,この負荷は体性感覚にはそれほど影響しない可能性が示唆されたが,視覚-前庭系の感覚不一致は考慮されるべき課題として残った。