宇宙航空環境医学 Vol. 43, No. 4, 2006

一般演題

16. ヒラメの眼球運動から考える視覚と前庭の関係

岩田 香織1,高林 彰2

1藤田保健衛生大学大学院医学研究科
2藤田保健衛生大学衛生学部

Relationship between visual and vestibular estimated by the analysis of eye movement of flatfish

Kaori Iwata1, Akira Takabayashi2

1Graduate School of Medicine, Fujita Health University
2School of Health Sciences, Fujita Health University

宇宙の微小重力環境では,耳石器への入力が消失することにより種々の機能的変調が生じる。重力入力の消失によって傾斜刺激が意味をなさないが直線加速度刺激は有効な刺激として働き,地上とは異なった感覚を生じ,これが姿勢調節や眼球運動の変調を誘発する可能性が示唆されている。これに関してotolith tilt-translation reinterpretation(OTTR)説が考えられている。金魚の宇宙実験では,ローリングやルーピングの異常行動が観察されている。我々はこれまで,金魚を用いた加速度や傾斜による実験や片側耳石摘出による順応性について検討を行なってきた。ヒラメやカレイでは,ふ化後眼球が片側へ移動を始め,40日間かけ成魚では前庭系と視覚系が通常の魚に比べて90度偏倚した関係になる。また,その間前庭系と視覚系の順応が行なわれている。そのため,ヒラメやカレイが微小重力環境に暴露されると,かなりの感覚混乱の生じることが予想される。今回,ヒラメを用いて体傾斜刺激による重力変化に対する眼球運動を調べた。
 実験には生後8ヶ月のヒラメと生後20ヶ月のヒラメを用いた。ヒラメが実験中暴れないように,ヒラメの口に管を銜えさてヒラメを上下から挟み込んだ。ヒラメの頭上にはLEDを固定し,刺激が加えられると点滅する仕組みとし,ビデオ画像上に刺激のタイミングを映し込んだ。ヒラメの眼球運動を記録するため,両眼前にビデオカメラを取り付け,LEDが眼球運動と同時に記録できるカメラアングルとした。ヒラメの体位を水平,右下,左下の3通りについて実験した。傾斜刺激方向を体軸0度時Head-Down,Head-Upの2種類に区別した。体軸90度では体軸0度のHead Downは右傾斜,Head-Upは左傾斜となる。傾斜角度は,30,60,90,120,180度の5通り行った。ビデオカメラで記録した画像をコンピュータにより回旋眼球運動解析を行った。解析方法は,最初に基準となる直線を決めて,眼球角度にあわせた2点を結ぶ直線との角度を求めた。反時計方向の回転を+,時計方向の回転を-と表記した。傾斜刺激パターンの各刺激直前の基準時の眼球運動角度と刺激時の回旋眼球運動角度の差を求め回旋眼球運動の大きさとした。
 ヒラメの回旋眼球運動は,Head-Up,Head-Down傾斜刺激で大きく,左右傾斜では小さかった。この傾向は,左に90度,あるいは右に90度傾斜させた体位でも同様であった。水平の体位では,右眼の回旋眼球運動は体軸75度で,左眼の回旋眼球運動は105度で消失した。これは,通常の魚である,金魚とは異なった特性である。ヒラメでは眼球と前庭器が90度偏倚しているにもかかわらず,地上の重力環境に順応した回旋眼球運動を示した。これらの結果から,ヒラメが微小重力環境に暴露されると,通常の魚より大きな感覚混乱が生じる可能性が示唆された。