宇宙航空環境医学 Vol. 43, No. 4, 2006

一般演題

11. 模擬微小重力環境下における腰椎椎体高および椎間板高の変化とその回復過程について

安岡 宏樹1,朝妻 孝仁1,中西 邦昭2,岡林 俊貴1,富谷 真人3,根本 孝一1

1防衛医科大学校 整形外科学講座
2防衛医科大学校 臨床検査医学講座
3富谷整形外科医院

Effect of Simulated Microgravity and Reloading on Lumbar Intervertebral Disc Height of Rats

Hiroki Yasuoka1, Takashi Asazuma1, Kuniaki Nakanishi2, Toshitaka Okabayashi1, Masato Tomiya3, Koichi Nemoto1

1Department of Orthopaedic Surgery, National Defense Medical College, Saitama, Japan
2Department of Pathology and Laboratory Medicine, National Defense Medical College, Saitama, Japan
3Tomiya Orthopaedic Clinic, Tokyo, Japan

【目的】 地球上において腰椎は圧負荷を中心とした力学的負荷に常に暴露されているが,無重力空間のような恒常的に力学的負荷の減少した環境(減負荷)の影響についての知見は少ない。宇宙飛行士の約半数が宇宙滞在中や地上帰還後に腰痛を経験することが知られており,その一因として腰椎の長さの変化が考えられているが詳細については不明である。今回我々は,腰椎を構成する椎体と椎間板の高さが模擬微小重力環境下およびその回復過程において,どのような変化を示すかについて尾部懸垂ラットモデルを用いて検討した。また張力負荷のかかる尾椎の結果と比較し検討を行った。
 【方法】 9週齢F344/N雄性ラット30匹をControl群(通常飼育3, 6週間),TS群(尾部懸垂3, 6週間),TS+RL群(尾部懸垂3週間+通常飼育3週間)の3群に分け実験を行った(各群N=6)。尾部懸垂はMoreyらの方法を一部改良して実施し,各群屠殺後すぐに腰椎(L1-L6)および尾椎(c6-c7)側面X線像をdigital mobile imaging system (GE OEC 9800 system, GE OEC Salt Lake City, UT)を用いて撮影した。画像はScion Image software (Scion Corp., Freederick, MD)を用いて解析した。各レベルにおける椎体高,椎間板高をLu DS et al (Spine, 1997)の方法を一部改良して測定し,椎体高 (VBH; Vertebral Body Height)と椎間板高を椎体高で除した指標(DHI; Disc Height Index)について検討した。統計学的検討はANOVA法,Fisher's PLSDを用いて検討し,P<0.05を有意差ありと判定した。
 【結果】 各群とも腰椎の明らかな前弯変形などのアライメントの著明な変化は認めなかった。腰,尾椎のVBHは,3, 6週間いずれも各群間に差を認めなかった。腰椎DHIはControl群と比較し,TS群で平均14.9%(3週),23.4% (6週)減少し,各々4椎間で有意差を認めた。一方,TS群の尾椎DHIは逆に42.3% (3週),35.5% (6週)と有意に増大した。同期間の再負荷にて,TS+RL群の腰椎DHIの回復率は平均37.0% にとどまったが,尾椎DHIは92.8% とほぼ完全に回復を認めた。
 【考察・結語】 椎体高の変化はいずれの群間においても有意な差は認めず,微小重力環境下における椎骨組織の長軸方向への変化は非常に少ないことが示唆された。一方,腰椎DHIはTS群で有意に減少し,尾椎DHIは逆に有意な増大を認め,尾部懸垂モデルの腰椎においては引っ張り張力とは異なる力学的負荷が及ぼされていることがあらためて確認された。一般に力学的減負荷環境において,成人の腰椎椎間板高は伸長するという報告があるが,今回の結果とは異なる。しかしながら,起立歩行できない小児麻痺の患者の腰椎では,椎体高に変化はないが椎間板高が減少しているという報告があり,今回の結果と酷似していた。ラットの椎間板は成人に比較して非常に変性の少ない状態であり,今回の結果は若年者の腰椎の変化に近い可能性が示唆された。また,減少した腰椎椎間板高の回復は乏しく,宇宙空間のような微小重力環境下では腰椎椎間板組織は萎縮し,その回復は短期間では困難であることが示唆された。