宇宙航空環境医学 Vol. 43, No. 4, 2006

一般演題

5. 超長期荷重力環境下で継代育成したマウスにおける自律神経の形態的適応

大坪 聖1,岩崎 賢一1,青木 健1,小川 洋二郎1,斉藤 崇史1,西村 直子1,近見 仁1
成田 有佑2,中川 雅行2,桜井 智野風3,伊藤 雅夫2

1日本大学医学部社会医学講座衛生学/宇宙医学部門
2東京農業大学生物産業学部動物バイテク研究室
3東京農業大学生物産業学部健康科学研究室

Morphometric chenges in Vagal Nerves of mice during long-term breeding under hyper gravity

Akira Otsubo1, Ken-ichi Iwasaki1, Ken Aoki1, Yojiro Ogawa1, Takashi Saitoh1, Naoko Nishimura1, Hitoshi Chikami1, Yusuke Narita2, Masayuki Nakagawa2, Tomonobu Sakurai3, Masao Ito2

1Department of Hygiene/Space Medicine, Nihon University School of Medicine
2Laboratory of Biotechnology, Faculty of Bioindustry, Tokyo University of Agriculture
3Laboratory of Health Science, Faculty of Bioindustry, Tokyo University of Agriculture

【背景】 宇宙では重力の影響がなくなるため,地球上で下肢方向に引かれていた血液は頭部に移動し,循環動態が変化することが知られている。これまで微小重力環境をはじめとした重力の変化による心臓や圧受容器を支配する自律神経への影響に関して,様々な研究がなされてきた。なかでも,我々はこの重力の変化が及ぼす自律神経の適応に着目してきた。これまで,過重力環境下における自律神経の機能的変化についての報告はあるものの,形態的変化に関する報告はなかった。そこで以前,我々は2Gの過重力環境下で4世代まで継代育成したマウスにおいて迷走神経の有髄神経数を観察し,その結果,コントロール群に比べて2G群マウスの有髄神経数は有意に増加し,自律神経には過重力に対する形態的変化が見られることを報告した。
 【目的】 今回我々は,さらにマウスを20世代まで超長期に過重力環境下で継代育成し,遺伝的にある程度選抜されたマウスでは,心臓の調節に重要な役割を果たす迷走神経において,有髄神経線維数のみでなく,無髄神経線維を含めた全神経数が増えているという仮説を立て,その検証を目的として研究を行った。
 【方法】 実験には1G環境下で育成された0世代(n=7)と,2Gの過重力を与えることができる遠心器の中で20世代まで継代育成したICRマウスのうち,14(n=7),17(n=5),20世代(n=5)の12週齢雄を用いた。自律神経の形態的変化について検討するため,マイクロサージェリーによって,心臓に分布する神経線維を含んでいる頚部左側迷走神経を外科的に摘出後,組織の固定,包埋,染色を行った。電子顕微鏡にて迷走神経の断面を1000倍の倍率で写真撮影し,その横断面像の再構成をした後,写真上で有髄神経と無髄神経とに分類して神経線維数を計測し,得られたデータにおいて世代間での比較を行った。すべての結果は平均±標準誤差であらわし,統計には一元配置分散分析を用い,検定の有意水準は0.05とした。
 【結果】 有髄神経数は0世代(627±27本)に対して,17世代(786±33本),20世代(834±73本)で有意に増加する一方,無髄神経数には世代間での変化は認められなかった。また,有髄神経数と無髄神経数の合計である全神経数にも世代間での変化はなかった。しかしながら,全神経に対する有髄神経の割合は,世代が進むに連れて徐々に増加し,0世代(6.82±0.40%)に対して20世代(9.25±0.76%)で有意に増加していた。
 【考察】 本研究より,0世代から20世代への過重力環境下で超長期継代育成したマウスでは,遺伝的にある程度選抜が進むに連れ,仮説どおりに有髄神経数が増加していることが明らかになった。一方仮説とは異なり,無髄神経数や全神経数には変化が認められず,全神経数に対する有髄神経数の割合が増加していた。つまり超長期に及ぶ過重力環境曝露による自律神経の形態的適応として,全神経数が増えているのではなく,無髄神経の有髄化の割合が増加している可能性が考えられた。
 【結論】 20世代まで過重力環境下で育成したマウスで,迷走神経の神経線維数を計測した結果,全神経数に対する有髄神経数の割合が増加していることが明らかになった。