宇宙航空環境医学 Vol. 43, No. 4, 2006

一般演題

1. 深深度飽和潜水による長期閉鎖環境居住がもたらす精神的影響

小沢 浩二,鷹合 喜孝,岩川 孝史,景山 望

海上自衛隊 潜水医学実験隊

Effects on psychological states of long-term confinement produced by simulated deep sea saturation diving

K. Ozawa, Y. Takaai, T. Iwakawa and T. Kageyama

Undersea Medical Center, MSDF

【目的】 飽和潜水は,大陸棚以深の海底において各種作業を可能ならしめる唯一の潜水方法である。しかしながら,深度が400 mをこえるような飽和潜水においては,総潜水期間(加圧期,保圧期および減圧期)は1ヶ月を超え,潜水員は狭隘な居住区で長期にわたり集団生活を余儀なくされることになる。それ故,潜水員の健康管理においては,加減圧に伴う環境ストレスとともに閉鎖環境居住の継続による変化についても把握する必要がある。そこで,本研究においては,全飽和潜水期間を通じて潜水員の精神的変化を一定間隔で測定し,加減圧のみならず時間経過による影響についても検討した。
 【方法】 潜水医学実験隊の深海潜水シミュレータを用いて実施された2回の400 m飽和潜水(31日間と34日間)を研究の対象とした。被験者は12名(各6名)の志願した成人男子職業潜水員であり(平均年齢,34歳),彼らの閉鎖環境での居住経験は,1週間程度から約1ヶ月まで,様々であった。精神的変化として,精神作業能力(注意配分検査,集団式反応時間検査により測定)と精神状態(POMSにより測定)の2側面について検討した。これらの測定は,POMSの規定に準じ,全飽和潜水期間を通じて概ね1週間の間隔で実施した。また,飽和潜水の開始前1週間前に事前測定を,そして飽和潜水終了から1週間後に事後測定を実施した。
 【結果と考察】 注意配分検査の結果,保圧初期に所要時間が有意に延長し,持続的注意力に一過性の低下が起こることが示された。ただし,この所要時間の延長の程度は経験的な適性値の範囲内にとどまっており,実作業への影響はないものと推測された。一方,反応時間検査の結果からは,一時的集中力および判断力には飽和潜水期間を通じて有意な変化は認められなかった。一般に,深深度への加圧によって脳波徐波活動に増強が起こるとされており,この持続的注意力の低下は脳波の変化に対応した加圧による特異的なものであると考えられる。一方,時間経過に伴う低下は認められず,長期の閉鎖環境居住自体は精神作業能に悪影響を及ぼさなかったことが示された。
 POMSの分析の結果,全飽和潜水期間を通じて「緊張−不安」,「抑うつ−落ち込み」,「怒り−敵意」,「疲労」,「精神的混乱」の因子には有意な変化は認められず,「活気」の因子にのみ時間の経過にともなう低下の傾向が認められた。このような結果から,加減圧は精神状態には変化は起こさず,長期の閉鎖環境居住自体も留意すべき精神状態の変化をもたらさなかったと考えられる。すなわち,400 m飽和潜水中には,船内神経症あるいは第3四半期現象のような閉鎖環境での居住継続による精神的悪化は起こらなかったと言えよう。ただし,「活気」の低下の原因,その影響等については,今後,検討する必要があろう。
 以上のように,約1ヶ月の閉鎖環境居住においても比較的に安定した精神状態が保たれていた理由として,飽和潜水の実施状況の特殊性が考えられる。すなわち,飽和潜水は隔離された状態で行われるものの精神的孤立はないこと,さらに人選(動機づけの高い志願者,閉鎖環境居住の経験者)に特徴のあることが精神的安定に寄与したものと推測される。