宇宙航空環境医学 Vol. 43, No. 3, 115-122, 2006

原著

宇宙飛行士の健康管理を目的としたHDTV映像の評価

宮本 晃1,2,山田 寛3,松崎 一葉2,4,Mikhail Tyurin5, Sergei Treschev5

1日本大学大学院総合社会情報研究科
2宇宙航空研究開発機構
3日本大学文理学部心理学科
4筑波大学社会医学系人間総合科学研究科
5Rosaviakosmos, Russia

Evaluation of High Definition TV Images in Health Care of Astronauts

Akira Miyamoto1,2, Hiroshi Yamada3, Ichiyou Matsuzaki2,4, Mikhail Tyurin5, Sergei Treschev5

1Graduate School of Social and Cultural Studies, Nihon University
2Japan Aerospace Exploration Agency
3College of Humanities and Sciences, Nihon University
4Institute of Community Medicine, University of Tsukuba
5Rosaviakosmos, Russia

ABSTRACT
  Japan Aerospace Exploration Agency (JAXA) has a plan to install a High Definition Television (HDTV) system which will be applied to the crew’s healthcare as telemedicine in Japanese Experiment Module (JEM). Prior to the start of JEM operation, JAXA made a contract for experiments of filming on board using a HDTV camera with Russian Space Agency (RSA). The purpose of this feasibility study was to see how we use the HDTV system in space and what kind of medical information we can obtain through HDTV images.
  Four Russian cosmonauts were assigned to two subjects and two cameramen during the expeditions of #3 and #5 in International Space Station (ISS). They stayed in space for four and six months respectively. Each filming was instructed by a scenario written on the onboard document, and the filmed body portions were frontal face, lateral face, eyes, mouth, teeth, tongue, pharynx, hand and arm. The recorded tapes were delivered to Japan and HDTV images were evaluated by physicians on a Cathode Ray Tube (CRT) monitor.
  Regarding the quality of HDTV images, 92.7% of images in the expedition #3 and 97.7% of images in the expedition #5 were evaluated well in positioning of target. More than 95% of images in both expeditions were usable in the evaluation about brightness, including slight dark images.  In the evaluation about focus, 79.9% of images in the expedition #3 and 95.8% of images in the expedition #5 were good. In the medical evaluation, 82.4% of images in the expedition #3 and 89.4% in the expedition #5 were judged usable to make a diagnosis. The reason why 3.3% of images were judged unusable for diagnosis was that they were out of focus or with insufficient brightness.
  Therefore, the HDTV images can be one of the very useful tools in the crew’s healthcare, if these technical problems are solved by enough crew training or supports from the medical staff on the ground.

  (Received: 18 August, 2006 Accepted: 8 September, 2006)

  Key words: Astronaut, Health care, Telemedicine, HDTV, ISS

はじめに
  無重量状態という宇宙の特殊環境に曝される宇宙飛行士は,生理学的な変化8)を克服しながら,新しい環境に適応してゆく。さらに,閉鎖,隔離,異文化などの物理的・社会的なストレスの多い環境であり,長期滞在する宇宙飛行士への支援として,精神・心理的なサポートも必要となる。日本人宇宙飛行士がこれから長期滞在を予定している国際宇宙ステーション(International Space Station, ISS)では,医師が常駐するとは限らない。このため,軌道上における宇宙飛行士の健康管理は,地上における医師や専門家のサポートにより,遠隔医療として行う必要がある1,3,12)。医師と専門家が健康管理と精神・心理的サポートを実施する際には,宇宙飛行士に対する診察や面接をし,会話に加え非言語的な視覚情報からも,飛行士の状態を判断することになる。このため視覚情報として映像から得られる情報量が多ければ多いほど,より精度の高い判断が可能となる。現在,映像としてNational Television Standards Committee(NTSC)方式が一般的に利用されているが,最近ではNTSCよりも5倍以上の情報量を有する高精細度テレビジョン(High Definition Television, HDTV)カメラが小型化され,普及してきている。
  宇宙航空研究開発機構(旧宇宙開発事業団,Japan Aerospace Exploration Agency, JAXA)は,きぼう(Japanese Experiment Module)にHDTV映像システムの搭載を予定しており,運用開始に先立つ宇宙実験の機会として,ロシアサービスモジュール(Service Module, SM)利用に係わるロシア航空宇宙庁との協議により,HDTVカメラによる映像取得実験に合意した。これによりJAXAは,軌道上での使用を目的として改良したHDTVカメラをSMに搭載し,ISSに長期滞在するロシア人宇宙飛行士及びHDTVカメラの軌道上長期利用機会を得た。研究テーマとしては,HDTV映像の健康管理及び精神・心理的サポートへの応用を目指して, 遠隔医療における視診手法の検証, 情動に関わる顔面動作に重力の低下が及ぼす影響の評価, 半構造化面接による生理的・心理的な適応過程の評価の3テーマを設定した。本報告では3テーマのうち,遠隔医療における視診手法の検証を目的として,ISSに滞在する宇宙飛行士の顔などを撮影し,HDTV映像の診断としての利用価値を検討した。なお,研究内容については,平成11年度に実施したロシアでの長期閉鎖環境滞在実験プロジェクト(Simulation of Flight of International Crew on Space Station-99, SFINCSS-99)の実験結果及び問題点等を反映している4,5,6)


I. 対象と方法
  A. 被験者と撮影方法

  ロシアとの契約で医学実験に確保できたクルータイムは,1年間で全撮影時間が440分であった。ロシア人飛行士の中から被験者として2名,撮影する飛行士2名の合計4名をロシア側に依頼した。対象となったエクスペディションは,#3(2001年)と #5(2002年)のミッションであり,どちらの飛行士が被験者または撮影者になるかは,クルー同士の話し合いで決定した。飛行前のHDTV映像データ取得の際に,カメラの操作と被験者としての訓練を実施した。訓練と基礎データの取得はモスクワ市内にある,エネルギア社内のAVルームで実施したが,訓練の時間が十分に確保できなかったため,オンボード・ドキュメントに運用の詳細を記載するように努めた。飛行後の映像データ取得は,エクスペディション#3は約2.5ヶ月後にモスクワで,エクスペディション#5では帰還直後にNASAケネディー・スペースセンターとジョンソン・スペースセンターで実施した。
  軌道上ではHDTVカメラによる撮影と録画を原則としたが,地上との回線が確保できた時には,モスクワにダウンリンクを行った。しかしながら,ロシアの回線には十分な通信容量が無いために,軌道上でHDTV映像をHDTV方式からSECAM(sequeutial couleur a memoire)方式に変換した後,地上へダウンリンクした。このため解像度が低い映像しか得られなかったため,今回の映像評価では軌道上で録画した映像のみを用いた。
  無重量状態下の被験者は,SMの床に装備された運動用トレッドミル上に立ち,身体をコードにて固定した。HDTVカメラは,SM内の壁に特殊なアームで固定して使用した。カメラと被験者の距離は 2.5 Mに設定し,レンズは望遠レンズを使用した。このレンズを使用した理由は,被験者の膝から頭までの全体を撮影するショットがあり,さらに目や口腔内を撮影する際にズームアップする必要があったためである。カメラの設定としてアイリスを自動にしたが,オートフォーカスは使用していない。
  HDTV映像の撮影には十分な室内照度が必要なため,300 Lux 以上の照度をロシア側に依頼した結果,SM内の天井照明だけでは照度不足のため,携帯用の補助ライトを使用した。
  B. シナリオと撮影部位
  医学実験に使用できる時間は毎回最長10分間のため,この間に撮影可能で,また視診として十分に利用可能な内容のシナリオを作成した。本シナリオは,1999年から2000年にかけてロシア生物医学問題研究所で実施されたSFINCSS-99実験の成果に基づいている。
  シナリオ作成の要求事項は, 飛行士の健康状態を簡単に把握できること, 特別な器具を使用しないこと, 診察時の視診として利用できること, 診断が可能な身体部位を撮影する,などである。選択した撮影部位は,顔全体,耳,頸部,目,口,舌,咽頭,手,上肢であり,筋肉に対する無重量状態の影響も考えられるので,頸部の動きや手の動作も撮影した。撮影した部位と医学的な注目点,および観察のポイントをTable 1に示す。

Table 1. Observing points, Signs and Symptoms
  Observing points Signs and Symptoms
Face facial color
facial expression
facial edema
facial muscle
skin
flush, pale
fatigue, exhaustion, malaise, drowsiness, excitement
grade of facial edema and its time course
movement of facial muscle
dryness, cold sweat
Head ears
behind the ear
head skin
deformation, injury
swelling of lymph node
dryness, hair growing
Neck jugular vein
thyroid
over swelling
swelling
Eye conjunctiva
pupils
eye movement
anemia, jaundice, sty
size, light reflex, convergence, anisocoria
horizontal and vertical movements, nystagmus
Mouth and Oral cavity lips
gums
tongue
oral cavity
pharynx
cyanosis, dryness, angular stomatitis
color
color, coating, movement and slant
uvula, aphthous stomatitis
redness, swollen tonsils
Upper extremities nail bed
palm, dorsum of hand
forearm
color, recover after compression
dryness, cold sweat, skin disease
result after scratch test
Joint wrist, fingers movement and mobility of joints

Table 2. Duration of flight and times of filming
Mission
Duration
Pre-flight
On board
Post-flight
Expedition #3
4 months
1
8
1
Expedition #5
6 months
1
16
2

C. 宇宙滞在期間と撮影回数
  ミッションごとに,実際に撮影した回数をTable 2に示す。なおエクスペディション#3では,飛行士の搭乗後にカメラがSMに到着したため,無重量環境暴露直後の映像は撮影できなかった。一方,エクスペディション#5では飛行士搭乗直後からの撮影ができ,無重量環境暴露直後における循環系の変化(顔面浮腫など)の経緯を観察できた。また,エクスペディション#5では,飛行士が地上に帰還した翌日と9日目の映像を取得した(Table 3)。

Table 3. Days (Mission Elapsed Time) of filming
Mission Pre-flight On board (day) Post-flight
Expedition #3 3 months 16, 17, 34, 49, 62, 74, 98, 117 2.5 months
Expedition #5 1 year 3, 5, 9, 11, 15, 19, 26, 33, 49, 62, 76, 90, 104, 120, 134, 152 1, 9 day

D.評価方法
  録画したテープはロシア経由で日本へ輸送し,筑波宇宙センターにてテープを再生しながらモニター上で解析を行った。最初に評価表を作成し,  映像そのものの評価, 異常所見の有無,  視診として利用可能か, 診断として利用可能か,  HDTV映像と低解像度に変換した差について評価した。評価は皮膚科医,眼科医とフライトサージャンの3名で実施した。評価の具体的な方法は,録画されたHDTVテープをモニター上で1セッション毎に再生し,3名が別個に評価表へ記入した。

1) 映像自体の評価は,適(good),可(fair),不可(no good)の3段階評価とした。
2) 診断の評価は,各医師が専門家の立場から評価し,評価方法は3段階,  十分可能(fully usable),  可能(partially usable),  不可(no good)とした。十分可能とは,実際に遠隔地においてもこの映像で診察(視診)が可能であり,もし異常所見がある際には,この映像を診断の根拠として利用するに足る,必要十分な情報の提供が可能である事を言う。????? 可能とはこの映像を診断の根拠として利用するには不十分だが,撮影条件が整えば診断の根拠として利用できる可能性があるものを言う。また,診断として利用が不可能な理由および可能にするための条件,方法などのコメントを記載した。
3) 経時的変化については映像で比較するのが難しいために,各セッション,シーン毎に静止画を切り出し,静止画像にて比較した。
4) HDTV映像とNTSC方式との映像比較は,HDTV方式から電気的にNTSC方式に変換した映像を,元のHDTV映像と比較した。


II. 結果
  エクスペディション#3と#5において,当初の計画通り医学的に評価可能な映像を取得できた。実際には飛行プランの変更がたびたびあり,その都度スケジュールの調整を必要とした。しかしカメラ等の機器の故障は無く,被験者の固定も安定していて,撮影は順調に推移した。撮影上のトラブルとしては,当初アームによるカメラの固定が悪く固定機材を変更したこと,補助照明の点灯を忘れたためと考えられる暗い映像があったこと,その他には焦点深度が浅いレンズを使用したので,一部焦点の甘い映像が存在したことである。しかしながら地上との交信の機会を捉えて飛行士へ注意事項を伝えることにより,映像の質を向上できた。特にエクスペディション#5のカメラマンはカメラ操作に長けており,明瞭な映像を取得できた。宇宙放射線によるCCD(Charge Coupled Devices)カメラの白傷は時間経過とともに増加したが,映像の評価に関して問題は無かった。飛行士(#5)の飛行中15日目に撮影した映像例をFig. 1に示す。

Fig. 1. HDTV images (#5) on day 15 (Mission Elapsed Time)

A. 映像の評価
  映像の評価として,Fig. 2にエクスペディション#3,Fig. 3にエクスペディション#5における撮影部位,明るさ,コントラスト,焦点の評価結果を示す。撮影した部位の評価は#3で92.7%,#5では97.7% が適切であった。映像の明るさは,#3で83.5%,#5では92.3% が適切と評価され,少し暗い映像も含めると両者とも95%以上が使用可能であった。コントラストも同様に,適切と可を合わせると映像の95%以上が使用可能であった。焦点に関する評価は,#3が79.9%,#5で95.8%が適切であった。

Fig. 2. Evaluation of HDTV images (#3)
Fig. 3. Evaluation of HDTV images (#5)

B. 映像診断の評価
  HDTV映像を診断として利用可能かの評価結果をFig. 4に示す。#3では82.4% が診断として利用が十分に可能であり,14.3% が部分的に可能と評価された。一方#5では89.4% の映像が十分に利用可能と評価され,部分的可能は10%,不可は0.7% であった。

Fig. 4. Applicability of HDTV image to diagnosis

C. NTSC映像とHDTV映像の比較
  エクスペディション#5にて撮影したHDTV映像を電気的にNTSC方式に変換し,モニター上で両映像の差を比較した結果をFig. 5に示す。両画像の違いは明白であり,映像の98.7% にて格差を認めた。また,軌道上で撮影した眼球結膜の血管画像を,低解像度に変化した例をFig. 6に示す。元の画像を100% として,50%,25%,16% に変換してあり,16% では眼球結膜の血管が判別不可能であった。なお,HDTV映像を20% の解像度に落とした映像が,NTSC方式にほぼ相当する。

Fig. 5. Comparison of images between HDTV and NTSC
Fig. 5. Comparison of images between HDTV and NTSC


III. 考察
  宇宙ステーションの運用やスペース・シャトルの飛行中には,飛行スケジュールや滞在期間の変更がしばしば発生する。例えばスペース・シャトルの打ち上げが悪天候の為に遅れるケースや,予定した船外活動の日程が変わることがある。本研究においてもスケジュールの再調整をロシア側から求められることはあったが,最終的には予定していた軌道上での撮影回数を全てこなすことができた7)
  被験者の訓練と飛行前の基礎データ取得は,飛行士のスケジュールが非常にタイトなため,訓練と撮影を1日で完了せざるを得なかった。このために,軌道上で参照する詳細なオンボード・ドキュメントを作成した。最初に英語版のシナリオを作成し,絵による説明も加えて,最終的にロシア語に翻訳した。遠隔医療の場合,地上との連携と支援によって撮影を行うのが一般的である。本研究において,医療関係者ではない飛行士が地上との連携なしに撮影したにもかかわらず,満足できる映像を取得できたことは,飛行士の高い技術力を示している。将来軌道上の健康管理として本HDTVシステムを使用する際には,地上との太い交信回線を確保し,医療関係者がダウンリンクされた映像を地上で直接見ながら,診察と診断をすることになるだろう。
  健康管理としてHDTV映像を利用する場合,HDTV映像の画質が重要となる。画質を評価する要素として, 撮影部位の適正, 映像の明るさ, 映像のコントラスト, 焦点があり,これらの条件が全て満たされないと利用価値は半減する。撮影部位について本研究で得られた結果は,両被験者の映像とも90% 以上が適切と評価された。これはカメラマンが撮影の目的を十分に理解していたからだろう。映像の明るさに関しては,エクスペディション#3の場合に補助照明の使用を忘れたと考えられる暗い映像があるため83.5% と低く評価されたが,#5では92.3% と高く,補助照明を加えることにより十分な照度が得られていた。同様にコントラストの評価でもエクスペディション#3はやや評価が低かったが,#5においては適切が93.4% と高かった。
  映像を診断として利用する為に最も重要な要素は,映像のブレおよび焦点合わせの善し悪しである。今回の撮影では,エクスペディション#3は適切が79.9%,#5では95.8% の映像が適切と評価された。無重量状態下で撮影する際には被験者の動きを止める必要があり,また,カメラの固定も重要である。今回は被験者を床に格納されたトレッドミルの用具にて固定し,カメラを器具で壁に固定して満足な結果が得られた。焦点合わせに関しては,エクスペディション#3では適切が79.9%,#5では95.8% と差が出た。今回使用したレンズは焦点深度が浅いため,顔の表面を撮影する場合と口腔内を撮影する場合には,焦点を再度調整する必要がある。焦点合わせに関しては,#3と#5の撮影時期が約1年ずれたので,#3の映像を解析した結果を踏まえて,#5においては撮影する度に焦点を調整するよう指示したことが良かったと考えている。さらに#5のカメラマンは,カメラ操作に以前から長けていたことが幸いしていた。撮影訓練の時間が不足する際には,飛行前にカメラを飛行士に渡して,訓練時以外にも自由に使い慣れて貰うことが必要だろう。
  HDTV映像を診断として利用する場合,専門領域により視診の重要度は異なるだろう。例えば皮膚科疾患の場合,視診の所見は診断の重要な要素となる。実際にHDTV映像を解析した際にも,評価を担当した皮膚科の医師は,映像からだけでも診断名を挙げることが可能であった。これに対して内臓疾患を疑う場合には,視診よりも生化学的な検査や画像診断の重要性が増してくる。しかしながら,顔の映像,眼球結膜や眼瞼結膜の映像などから,貧血,黄疸等の所見を得ることも可能である。さらに,医師が患者を診察する場合,患者の表情や動作から得られる視覚情報は非常に多い。特に宇宙長期滞在になると,精神・心理的なストレスは増してくるので,顔の表情からも疲労感等の所見が得られるだろう。本研究において診断としての利用性を評価した結果では,エクスペディション#3は82.4%,#5では 89.4% がHDTV映像を診断として十分に利用可能と判断された。さらに部分的利用可能な映像も使えると判断すれば,両者とも不可とされたのは,3.3% 以下であった。この不可の理由としては,上記の照度不足や焦点のボケがあり,これら技術的な問題を解決することより,診断の精度はさらに向上するだろう。
  最後に各国における遠隔医療の取り組みについて触れると,NASAは1980年代から災害時における遠隔医療を積極的に推進している。なかでも,ロシアとのSpace Bridge Projectは有名であり,その後名称をSpace Bridge to Russiaに替え,衛星回線そしてインターネットを介した取り組みを続け,成果を上げている2,9)。しかしながらHDTV映像を利用した遠隔医療はまだ実施されておらず,この点では,HDTVの技術開発が進む日本が一歩リードしている。1990年代後半には,HDTV映像や画像を用いた病理組織診断や,放射線科や眼科領域での利用が始まり,既に実用化されている10,11)。このようにHDTV映像の医療応用技術は地上において既に確立されているので,宇宙環境への応用は地上との太い回線を確保し,HDTVカメラの小型化が進めば十分に可能となる。情報量が多いHDTV映像を活用することは,宇宙における飛行士の健康管理技術を発展させ,長期滞在の安全性を向上できるだろう。


IV. まとめ
  国際宇宙ステーションにおける実験機会を得たことから,エクスペディション#3と#5において,HDTVカメラによる映像取得実験を実施した。遠隔医療における視診手法の検証を目的とし,飛行士の顔全体,耳,頸部,目,口,舌,咽頭,手,上肢などを撮影録画し,テープを地上に回収後,HDTV映像を複数の医師により評価した。その結果,HDTV映像はエクスペディション#3では82.4%,#5では89.4% が診断として十分に利用可能と判断された。利用不可とされた映像は3.3%以下であり,不可の理由としては照度不足や焦点のボケが原因であった。これら技術的な問題は,飛行士の訓練や地上との連携により解決できるため,HDTV映像は宇宙飛行士の健康管理手段の一つとして,利用価値が高いと考える。

文 献
1) Billica, R.D., Pool, S.M. and Nicogossian, A.E.: Crew Health-Care Programs. In: Space Physiology and Medicine, 3rd edition. Edited by Nicogossian, A.E., Huntoon C.L. and Pool, S.M., Malvern, Pennsylvania, Lea & Febiger, pp. 402-423, 1994.
2) Garshnek V. and Burkle F.M. Jr.: Application of Telemedicine and Telecommunication to Disaster Medicine. J Am Med Inform Assoc, 6, 26-37, 1999.
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5) 宮本 晃,松崎一葉,山田 寛: 高品位映像システム(High Definition Television)の健康管理への適応に関する検証,ロシア長期閉鎖実験に関する成果報告書,大島博編,宇宙開発事業団,東京,pp. 175-178, 2002.
6) 宮本晃,関口千春: HDTV映像を用いた視診の検討,ロシア長期閉鎖実験に関する成果報告書,大島博編,宇宙開発事業団,東京,pp. 219-227, 2002.
7) 宮本 晃,松崎一葉,山田 寛,Mikhail Tyurin, Sergei Treschev: 遠隔医療における視診手法の検証,HDTV映像を用いた軌道上健康管理技術の研究,医学実験報告書,宇宙航空研究開発機構,東京,pp. 21-61, 2005.
8) Nicogossian A.E., Sawin C.F. and Huntoon C.L.: Overall physiologic response to space flight. In: Space Physiology and Medicine, 3rd edition. Edited by Nicogossian, A.E., Huntoon C.L. and Pool, S.M. Malvern, Pennsylvania, Lea & Febiger, pp. 213-227, 1994.
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10) Takahashi T.: The present and future of telemedicine in Japan. Int J Med Inf, 61, 131-137, 2001.
11) Takeda H., Minato K. and Takahashi T.: High quality image oriented telemedicine with multimedia technology. Int J Med Inf, 55, 23-31, 1999.
12) Wilke D., Padeken D., Weber T.H. and Gerzer R.: Telemedicine for the International Space Station. Acta Astronautica, 44, 579-581, 1999.


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