宇宙航空環境医学 Vol. 43, No. 2, 65-74, 2006

原著

長期臥床における腰痛の実態

大島 博1,水野 康1,川島 紫乃1,渡辺友紀子2

1宇宙航空研究開発機構 有人宇宙技術部 宇宙医学グループ
2株式会社 エイ・イー・エス

Low Back Pain During Long Duration Bed Rest

Hiroshi Ohshima1, Koh Mizuno1, Shino Kawashima1, Yukiko Watanabe2

1Space Medicine Group, Human Space Technology and Astronauts Department, Japan Aerospace Exploration Agency (JAXA)
2Advanced Engineering Services, Co. Ltd.

ABSTRACT
 Low back pain is one of the most frequent medical problems observed during space flight and long-duration bed rest. We investigated low back pain in 25 subjects who participated in a 90-day head-down tilt bed rest. Twenty-five subjects were randomly assigned to three group: control group (nine subjects), Fly-Wheel exercise group (nine subjects), and bisphosphonate group (intravenous bisphosphonate was administered to prevent bone loss; seven subjects). The subjects in bisphophonate group performed trunk movement in flexion and extension motion in the sagittal plane and right and left side bending motion in the frontal plane for 4 minutes every 2 hours. The Fly-Wheel exercise group performed four sets of seven squats and four sets of fourteen heel raise exercises every third day. In the control group, 78% of the subjects complained of low back pain, and backache was most severe on the second day of bed rest. The incidence and intensity of low back pain decreased after two weeks of bed rest. Low back pain increased with immobilization and daily activity in the prone position and decreased with postural change and fetal position. In the Fly-Wheel exercise group, low back pain continued until the end of the bed rest study. Subjects complained of both dull pain and irritable pain, such as numbness, burning and sharp pain. Fly-Wheel exercise was reported to be a factor that increased low back pain. In bisphosphonate group, the incidence and intensity of backache were similar to those in the control group. However, trunk movements diminished irritable pain and reduced the duration of low back pain. These results indicate that back pain during bed rest is frequently observed in the first week of bed rest, and daily trunk movements of the spine might be recommended as a simple physical countermeasure to diminish irritable pain.

(Received: 20 March, 2006 Accepted: 22 May, 2006)

Key words: Low back pain, bed rest, trunk movement

1. はじめに
 宇宙飛行の初期に腰痛を経験する宇宙飛行士は多い。アメリカの宇宙飛行士の医学記録を検討した報告によれば,68% の宇宙飛行士が飛行中に腰痛を経験し,中等度から重度の腰痛が28% であったとされている19)。また,宇宙飛行中の腰痛に対する鎮痛剤使用も報告されており11),腰痛は宇宙飛行士のWell-beingに関係する医学的課題の1つである。
 地上の腰痛はありふれた疾患で,生涯のうちに腰痛を経験する人の割合は50〜80% と高く,座位労働者の35%,重労働者の45% が腰痛で医療機関を受診したとの報告がある4)。一般に腰痛と腰椎への荷重負荷との関係が論じられている。一方,病気や怪我で長期間臥床を強いられた際にも,腰痛を自覚する人は意外に多いが,その実態は明らかでない。ベッドレスト研究における腰痛の研究は少なく,数か月間の長期ベッドレストにおける腰痛を検討した報告はこれまでにない。
 今回,宇宙航空研究開発機構(JAXA)は,欧州宇宙機関(ESA),および仏国立宇宙研究センター(CNES)とともに,国際宇宙ステーションにおける長期宇宙滞在の地上模擬実験として90日間のベッドレスト研究を国際共同で実施した。この実験では,安静臥床を継続する対照群の他,微小重力下でも実施可能なFly-Wheel(以下FW)運動を実施する運動群,およびベッドレストによる骨量減少対策として骨吸収抑制剤(ビスフォスフォネート)を投与された薬剤投与群の3群,計25名の被験者が90日のベッドレストを完遂した。
 本研究は,これら被験者を対象とし,臨床的な長期臥床時やベッドレスト実験時に問題となる腰痛の特性・実態を調査することを目的とし,宇宙滞在時における腰痛との関連についても考察した。
 
2. 対象と方法
2.1 実験デザイン

 実験は,ベッドレスト研究の豊富な経験を有する,フランス宇宙医学・生理学研究所(MEDES: CNES関連機関,フランス,Toulouse市)にて実施した。ベッドレストの条件は,食事,洗面,排泄,入浴その他すべての日常生活を6度ヘッドダウンさせたベッド上で行う完全ベッドレストである。このベッドレスト研究では,JAXAが提案する予防的薬剤投与(ベッドレスト開始2週間前にパミドロネート60 mgを1回静注する)による骨量減少対策10,17) と,ESAが提案するFW機器3) を用いた抵抗トレーニング(ベッドレスト5日目から3日毎に,スクワットを7回×4セット,カーフレイズを14回×4セット行う)による筋機能低下対策の2つがメインテーマである。さらに,この2つのメイン研究テーマに支障のない範囲で日・欧の研究者から複数の研究が提案された。これら提案の一つとして,薬剤投与群の被験者では,腰痛予防を企図した体操2) を臥床中毎日行うこととされ,体幹をゆっくりと大きく前屈,後屈,左側屈,および右側屈する運動(合計約4分間)が日中2時間毎に実施された。このように,薬剤投与群には,薬剤投与と体幹運動という2つの要因が負荷され腰痛研究のデザインとして理想的なものではない。しかし,薬剤投与によりもたらされた腰椎骨密度の変化はベッドレスト90日目の2〜3% 増に至る直線的な増加であり17),この変化が腰痛の発生に影響を及ぼすとは考えられない。したがって,薬剤投与群では,毎日の体幹運動が腰痛の悪化・軽減に影響する主要因として作用したものとして検討した。
 
2.2 対象被験者
被験者は,新聞広告とインターネットによってヨーロッパで募集され,宇宙飛行士候補者選抜に準じて設定された測定項目により,最終的に26〜45歳のコーカシアン男性25名が選抜された。25名の被験者は身体特性(身長,体重,体脂肪率,除脂肪体重)が同等になるように,対照群9名,薬剤投与群7名,運動群9名の3群に割付した。慢性腰痛の既往がある人は,被験者選抜の過程で除外された。  
 
2.3 調査方法
 25例の被験者を対象として,Table 1に示す腰痛質問紙(宇宙飛行の腰痛調査に用いたWingらの方法19) を一部修正)を用いて腰痛を調査した。ベッドレスト開始前に調査の目的と記入法を説明し,ベッドレスト開始9日前(以下ベースライン),ベッドレスト1,2,3,5,8,14,30,61,および88日目の18: 00に被験者が腰痛質問紙に痛みを記録し,MEDESの看護師が回収し,JAXAに送付した後に集計した。

Table 1. Low back pain questionnaire


2.4 調査項目 (表1)
  腰痛の調査項目は
  1. 腰痛の出現頻度
  2. 腰痛の部位
  3. 腰痛の性質(麻痺したような(Anesthesia),灼熱感(Burning pain),重だるい痛み(Dull pain),動作時の瞬間的な痛み(Momen?tary pain),しびれ(Numbness),異常感覚(Paresthesia),するどい痛み(Sharp pain),つっぱり感(Tightness)から選択)
  4. 腰痛の強さ(以下の腰痛スコアから選択)
    0 No pain
    1 Very low pain
    2 Pain can be ignored
    3 Painful, can continue work
    4 Severe, makes concentration difficult
    5 Intense, incapacitating
    5. 腰痛を誘発・軽減する動作
    6. 最も疼痛の強い日
    7. 腰痛の継続日数
  からなる。
 
2.5 統計処理
 統計学的検定は,腰痛の強さ(腰痛スコア)について行い,実験群(対照群,薬剤投与群,運動群の3群)および測定時期の2要因からなる反復測定分散分析を実施した。各要因に有意な主効果の認められた場合には,post-hocテストをBonferroniにより行い,各測定時期における群間の差,および各群におけるベースライン値に対する各測定時期の値の差を検定した。危険率5% をもって有意水準とした。
 
3. 結果
3.1 腰痛の出現頻度
 Fig. 1に,各測定時期における腰痛を訴えた被験者数の割合(%)を各群毎に示す。対照群では,ベッドレスト開始1日目に腰痛は33% の被験者で出現し,2日目は78% と最も多く,以後ベッドレスト3,5,8,14,30,61,88日目にはそれぞれ67%,33%,11%,22%,0%,11%,0% としだいに減少し低値となった。薬剤投与群もベッドレスト開始1日目は43% で,2日目,および3日目が86% と最も多く,以後ベッドレスト5,8,14,30,61,88日目には,57%,43%,14%,14%,0%,0% と対照群と同様に軽減した。一方,運動群では,臥床前のベースラインに約11% の割合で腰痛は存在し,ベッドレスト開始1日目に22%,2日目には最大78% まで増加し,3日目では一度44% に低下した。しかし,FW運動を開始したベッドレスト5日目には再び89% まで増加し,以後,ベッドレスト8,14,30,61,88日目には,それぞれ67%,67%,33%,56%,44% と90日間の臥床期間にわたって腰痛は持続した。以上,長期臥床では臥床開始2日目に約80% の割合で腰痛が発生し,以後減少し2週以後では22% 未満になること,体幹運動を実施した薬剤運動群でも腰痛の出現頻度は対照群と変わらないこと,FW運動群では臥床終了時まで33〜67% の割合で腰痛は持続することが確認された。

Fig. 1. Incidence of low back pain in control (CON) group (n =9), Pamidronate (PMD) group (n =7), and excercise (EX) group (n =9) during baseline control and days 1-88 of bed rest period.


3.2 腰痛の強さ

 腰痛の強さ(腰痛スコア: 0から5までの数値選択)の平均値と標準誤差をFig. 2に示す。対照群の腰痛の強さは,ベッドレスト開始1日目で0.7,2日目では1.5と最も強く,ベッドレスト3,5,8日目にはそれぞれ1.2,0.4,0.1と減少し,以後も低い値で維持された。薬剤投与群の腰痛の強さは,ベッドレスト開始1日目で1.0,2日目では2.4と最も強く,以後ベッドレスト3,5,8,14日目にはそれぞれ1.4?,0.6,0.6,0.3と対照群と同様に軽減した。運動群では,ベースラインの痛み0.2に対して,ベッドレスト開始1日目は0.5,2日目には最大の痛みとして2.0まで増加するが,3日目には1.1に減少する。しかし,FW運動を再開したベッドレスト5日目には再び2.0まで増加し,その後は0.8から1.4の範囲の強さの腰痛が持続した。以上,対照群と薬剤投与群では2日目に痛みが最も強くその後しだいに腰痛は減少するが,運動群ではFW運動を開始したベッドレスト5日目に,2日目と同等な強さの痛みが再び出現し,その後も痛みがベッドレスト期間中持続した。群間比較では,対照群と薬剤投与群の統計学的差異はないが,運動群ではベッドレスト開始5日目以後の腰痛の出現頻度は多く,ベッドレスト開始5,8,14,61,および88日目に対照群と比べて統計学的に有意な差を認めた。なお鎮痛剤は,薬剤投与群の2人の被験者(ベッドレスト開始2日目に腰痛スコア3,および3日目に腰痛スコア2)から要望があった際に担当医からParacetamol 2 gが処方され,それ以外では使用されなかった。

Fig. 2. Intensity of low back pain in control (CON) group (n =9), Pamidronate (PMD) group (n =7), and excercise (EX) group (n =9) during baseline control and days 1-88 of bed rest period. Intensity is expressed on a five-point scale: 0=no pain; 1=very low pain; and 3=painful, can continue work. Values are means±SD. *and #: p <0.05 compared with baseline value and respective control, respectively.


3.3 腰痛の部位

 疼痛の部位を腰部(腰椎部から臀部),背部(肩甲骨高位から第12胸椎部まで),頚部(肩甲骨高位より頚椎部)に分け,各調査日の痛みの部位の累計をFig. 3に示す。対照群では,ベッドレスト期間中の疼痛の部位のうち,腰部の割合が74% と最も高く,ベッドレスト2,3,5日目には背部の疼痛,ベッドレスト8,14,61日目には頚部の疼痛も存在した。薬剤投与群では腰部の疼痛が全体の70% で最も多く,ベッドレスト2日から14日目にわたり背部の疼痛,ベッドレスト3日目に頚部の疼痛があった。運動群では,腰部の疼痛が74% と最も多く,ベースラインからベッドレスト88日目まで背部痛も存在した。

Fig. 3. Location of back pain in control (CON) group (n =9), Pamidronate (PMD) group (n =7), and excercise (EX) group (n =9) during baseline control and days 1-88 of bed rest period. The sum of pain location incidence in neck, back, and low back is shown.


3.4 腰痛の性質
 臥床期の痛みの性質の割合を,Fig. 4に示す。対照群では,重だるい痛み(D: dull pain)が54% と半数以上を占め,動作時の瞬間的な痛み(M: momentary pain)と焼けるような痛み(B: burning pain)がそれぞれ17%,しびれ感(N: numbness)9%,するどい痛み(S: sharp pain)3% であった。体幹運動を行う薬剤投与群では,重だるい痛み(D: dull pain)71% と動作時の瞬間的な痛み(M: momentary pain)29% の2種類のみであった。FW運動群では,しびれ感(N: numbness)が26% と最も多く,動作時の瞬間的な痛み(M: momentary pain)23%,つっぱり感(T: Tightness)21%,重だるい痛み(D: dull pain)19% であり,さらに焼けるような痛み(B: Burning pain)5%,異常感覚(P: Paresthesia)とするどい痛み(S: sharp pain)が各2% であった。FW運動群では,しびれ感・つっぱり感・焼けるような痛み・異常感覚・するどい痛みなどのirritableな痛みが50% 以上に増えるが,体幹運動を行う薬剤投与群では重だるい痛みと動作時の瞬間的な痛みのみであった。

3.5 腰痛を誘発
 軽減する動作? 腰痛を誘発・軽減する動作と回答した被験者数をTable 2に示す。被験者によっては,複数の動作を回答したので,表の総数と被験者数は一致していない。対照群では,腰痛を誘発する動作として,不動や安静5人,腹臥位作業(食事・TVなど)5人で,軽減する動作としては体位変換4人,胎児姿勢(胎児のように股・膝関節を屈曲し,膝を抱え体幹を前屈させる姿勢)2人,マッサージ1人であった。薬剤投与群では,腰痛を誘発する動作として,不動・安静5人,腹臥位作業1人であり,軽減する動作としては,体位変換4人,胎児姿勢1人,マッサージ1人であった。運動群では,腰痛を誘発する動作として,FW運動6人,腹臥位作業6人,不動・安静3人があり,軽減する動作としては体位変換5人,マッサージ2人,胎児姿勢1人であった。以上,長期間のベッドレストでは,不動・安静,および腹臥位作業が腰痛を誘発する動作となるが,体幹運動を毎日行う薬剤投与群では腹臥位による腰部伸展時の作業時の痛みは少なくなり,運動群では腰痛を誘発する動作としてFW運動を挙げた人が,被験者9人中6人存在した。

Fig. 4. Quality of low back pain in control (CON) group (n =9), Pamidronate (PMD) group (n =7), and excercise (EX) group (n =9) during baseline control and days 1-88 of bed rest period. Pain quality is described using the follwing symbols: D=dull pain; M=momentary pain; N=numbness; T=tightness; B=burning pain; P=paresthesia; and S=sharp pain.


Table 2. Activities to increase and/or to decrease low back pain and number of respondents in control, Pamidronate, and excercise group.
  Control Group (n =9) Pamidronate Group (n =7) Excercise Group (n =9)
Activities to increase
low back pain
rest/immobilization: 5
prone activities: 5
rest/immobilization: 5
prone activities: 1
Fly-Wheel excercise: 6
prone activities: 6
rest/immobilization: 3
Activities to decrease
low back pain
posture change: 4
fetal position: 2
massage: 1

posture change: 4
fetal position: 1
massage: 1
posture change: 5
massage: 2
fetal position: 1


3.6 最も腰痛の強い日
 最も腰痛の強い日をTable 3に示す。腰痛は全例に発生したのではないので,被験者数と表の総数は一致していない。対照群ではベッドレスト開始2日目が4人,3日目が3人,薬剤投与群では2日目が4人,1日目と3日目が各1人であり,ベッドレスト開始2日目が最も腰痛は強い。一方,運動群では,ベッドレスト5日目(FW運動開始日)が4人と最も多く,2日目が3人,1日目が1人であった。以上,対照群及び薬剤投与群では,約半数の被験者が臥床開始2日目が最も痛いと回答し,FW運動群の約半数の被験者はFW運動を開始した5日目が最も痛いと回答した。

Table 3. he day with most severe low back pain and number of respondents in control, Pamidronate, and excercise group.
  Control Group (n =9) Pamidronate Group (n =7) Excercise Group (n =9)
The day with most
severe low back pain
2nd bed rest day: 4
3rd bed rest day: 3
1st bed rest day: 1
2nd bed rest day: 4
3rd bed rest day: 1
1st bed rest day: 1
2nd bed rest day: 3
5th bed rest day: 4


3.7 腰痛の継続日数
 最も腰痛が強い日の腰痛の継続日数をFig. 5に示す。対照群では,0〜1日間が14%,2〜3日間が29%,4〜6日間が43%,および7日間以上が14% であった。薬剤投与群では,0〜1日間が14%,2〜3日間が43%,4〜6日間が29%,7日間以上が14%,および運動群では,0〜1日間が0%,2〜3日間が33%,4〜6?日間が56%,7日間以上が11% であった。腰痛の継続日数が4日間以上と長くなる割合は,3日毎に運動を行うFW運動群が67% で最も多く,対照群が56% で,体幹運動を行う薬剤投与群が42% と最も少なかった。

Fig. 5. Duration of the worst low back pain in control (CON) group (n =9), Pamidronate (PMD) group (n =7), and excercise (EX) group (n =9) during baseline control and days 1-88 of bed rest period.


4. 考察
 宇宙飛行で体験する体の痛みとして,腰痛が最も知られている。Wingら19) は腰痛の実態を調査するため,宇宙飛行した搭乗科学技術者(ペイロードスペシャリスト)22人に対して飛行後に腰痛質問表を送付し,19人から回答を得て腰痛を解析した。その報告よれば,腰痛のある人は14人(74%),腰痛のない人は5人で,痛みの特徴は腰部,背部や頚部の重だるい痛みや動作時の瞬間的な痛みが大半であった。疼痛の強さは,日常活動に支障のない軽度の痛みが半数以上であるが,中等度から重度の腰痛が25% であった。最も腰痛の強い日は飛行開始1日目から6日目にあり,その後しだいに軽快した。2日間以上疼痛が持続した飛行士もいた。8人は安静や睡眠時に腰痛が最も痛く,その半数は腰部に限定した痛みであった。痛みを軽減する動作は,胎児姿勢,体幹運動,トレッドミル運動や腰への負荷であったと報告されている。
 一方,地上で宇宙を模擬する方法の1つとして長期のベッドレスト研究があるが,これまで臥床中の腰痛の調査報告は多くない。Hutchinsonら6) は,8人の男性被験者に対して,16日間の6度ヘッドダウンチルトの際の腰痛を検討した。63% の被験者に腰痛を認め,腰痛の強さは臥床1日目から3日目に最も強く,4日目以後に痛みは軽減し,10日目以後および回復期では痛みを訴えるものは2人のみであった。痛みの性質は重だるい痛みが多く,動作時の瞬間的な痛みもあった。不動により腰痛は増悪し,体位変換や胎児姿勢で軽減したと報告している。
 本ベッドレスト研究では90日間の臥床を続けた際の腰痛の実態を調査した。臥床中運動を全く行うことなく安静を継続した対照群では,臥床開始2日目に78% の人に腰痛が出現し,腰痛の強さも2日目が最も強く,3日目以後に腰痛の頻度と強さはしだいに軽減した。痛みの部位は腰部が70% 以上を占め,重だるい痛みが54% であり,臥床期の腰痛を誘発する動作としては不動・安静が最も多く,軽減する動作として体位変換や胎児姿勢などが挙げられた。これらの結果は,腰痛の経過,強さ,部位,誘発・軽減動作の点で,Hutchinsonらの16日間のベッドレスト研究の報告とほぼ同様の結果であるといえる。我々のベッドレスト研究では,ベッドレスト開始から3か月間の腰痛を追跡したが,1か月以上の長期臥床では腰痛の出現頻度と強さは次第に軽減し,臨床的に問題となることは少なかった。
 宇宙飛行の際と比較して長期ベッドレストでの腰痛は,出現頻度・経過・痛みの性質や痛みを誘発および軽減する動作などの点で,ほぼ同様であった。しかし,腰痛の強さは,宇宙飛行では中等度から重度の腰痛が約25% の飛行士に発生するのに対して,ベッドレストの腰痛は無視しえる軽度の腰痛(腰痛スコア2以下)がほとんどであった。この要因の1つとして,宇宙飛行と長期ベッドレストにおける身長増加の差異が考えられる。地上の数日間のベッドレスト実験での身長の伸びはこれまで2-3 cm程度と報告されているが,SkylabやIML-1の宇宙飛行時の身体計測によれば,微小重力の宇宙では身長の増加は4-7 cmとベッドレストの際の身長の伸びの約2倍と報告されている6,12,15,16)
 微小重力による身長の増加は,胸椎後彎の減少によるものが約60%,腰椎の椎間板間隙の拡大によるものが約40% として生じるとされている18,19)。荷重負荷の減少により椎間板間隙が拡大すると,腰椎は伸展され,傍脊柱筋,椎間関節包や脊柱の靭帯も伸張される。腰痛の原因が脊柱の伸張に関連することを裏付ける根拠として, 1) 脊柱の伸張に伴い腰痛は強くなり,数日後に身長が一定になると腰痛は軽減すること, 2) ペンギンスーツを数時間着用し脊柱への負荷を加えたロシアの宇宙飛行士は,アメリカの宇宙飛行士と比べて腰痛が少ないとの報告があること12,19), 3) 水平臥床群と下肢牽引を併用したヘッドダウン群を比較すると,下肢牽引併用ヘッドダウン群の方が,水平臥床群より腰椎の伸張が大きく,腰痛も強くなり,宇宙飛行の腰痛により類似しているとの報告などがある13)。微小重力下の腰椎では,椎間板を主体とした脊柱の伸張に呼応して,傍脊柱筋,椎間関節包や脊柱の靭帯,さらに馬尾神経の伸張が生じることが想定されるが,痛みのメカニズムは未だ正確に解明されてない。この点に関して,腰部の神経根緊張による腰痛の可能性を調べるために,腰椎椎間板ヘルニアの身体検査として有用な下肢伸展挙上テストを臥床中に検討した研究があるが,下肢伸展挙上により腰下肢痛は誘発されなかったとされている13)
 運動群では,長期臥床による下肢の筋萎縮の進行を予防するために,3日毎に約30分間FW運動器具を用いた下肢の抵抗運動が行なわれた。臥床中にFW運動を3日毎に行うことにより,臥床終了期まで33〜67% の割合で軽度の腰痛は持続した。腰痛の強さは軽度の痛み(腰痛スコア2以下)であるが,腰痛の性質は重だるい痛みや動作時の瞬間的な痛みに加え,しびれ,突っ張り感,灼熱間や鋭い痛みなどの多彩な痛みが半数以上に存在し,さらに腰痛の持続期間は長期化した。さらに,FW運動自体が腰痛を誘発する動作であるとの回答が被験者9例中6例からあった。
 宇宙飛行では,腰部背筋や下肢筋(大腿四頭筋,ハムストリング,下腿三頭筋)の筋萎縮が著しい8)。多忙なスケジュールをこなす宇宙飛行士には,なるべく頻度は少なく,短時間で効果的に筋萎縮を予防する運動療法が必要とされる。今回用いられたFW運動機器は,軌道上での使用を想定した下肢の運動で制御するエルゴメータの一種で,弾み車の慣性力により発生した牽引力を,ワイヤーを介して肩部のハーネスで受ける仕組みである。股関節と膝関節を伸ばしてロープを牽引する際に大腿四頭筋と下腿三頭筋は短縮性収縮し,ロープを戻す際には伸張性収縮が生じ,膝関節伸展筋群と足関節底屈筋群の抵抗運動を短時間で効果的に行うことが可能となる。同時に,脊柱への体軸方向への圧縮負荷と体幹筋の等尺性運動も生じさせる。
 脊柱の支持性と運動性を担う椎間板は,体軸方向への圧縮荷重と前後左右への屈曲,および左右回旋などの運動負荷を受ける。二足歩行する人の腰椎へのストレスは,日中は立位・歩行により約16時間圧縮荷重を受け,夜間は睡眠臥床により約8時間負荷が解除される日内変動パターンをとる。このため,朝と夜に身長を計測すると,約1% 身長の日内変動が生じると言われている5,18)。椎間板は髄核と線維輪からなる軟骨組織で,生体力学的に荷重負荷を受けて数時間単位の時間経過を経て椎間板の高さは変位する(クリープ特性)粘弾性特性を有する9)。Thorntonら15,16) は,宇宙飛行における身長変化を計測し,宇宙飛行開始から数時間をかけて身長が伸び,半日から1日程度で一定の値となるクリープ特性を報告している。日常生活では,物を持ったり,しゃがんだり,横を向くなどの動作により,脊柱の前後屈,左右側屈,および左右回旋運動が生じ,椎間板への荷重負荷や,腰部の筋肉・靭帯・椎間関節包への負荷が加わる事が多い。今回のFW運動による約30分程度の脊柱への繰り返しの軸圧と,体幹筋の等尺性運動は,日常での脊柱への生理学的負荷とは異なる運動負荷であるといえる。
 一般に,筋の収縮には等尺性収縮,短縮性収縮,伸張性収縮の3型があり,最も筋肉痛に関係するのは伸張性収縮とされているが,持続的な等尺性収縮も筋肉痛に関与する。Baumら1) は,約10分間の下腿三頭筋の等尺性収縮と受動的伸展を比較し,受動的伸展と比較して等尺性収縮では痛みの訴えが強く,その理由として,筋肉内に乳酸など化学物質が蓄積されて神経終末を刺激するのではないかと報告している。実際,FW運動器を使用した,ロシアの閉鎖実験や今回のベッドレスト実験の被験者からは,FW運動による背部痛の訴えをよく聞いた。FW運動器を用いた抵抗運動は,筋の萎縮防止には有効かもしれないが,被験者の腰痛を悪化させる可能性があることを注意すべきである。本ベッドレスト研究では,臥床中の腰部傍脊柱筋の横断面積も検討しており,約3か月間の臥床により腰部の傍脊柱筋も筋横断面積は約10% 低下していた。数か月間の宇宙飛行や臥床では,特に坑重力筋である大腿四頭筋や下腿三頭筋,および腰部の傍脊柱筋の筋萎縮は進行するので,これらを予防する有効な運動プログラムが必要であるが,運動を継続させるためには,萎縮筋の疼痛を悪化させない,被験者に愛用される改良が必要である。
 宇宙飛行でも16日間の臥床でも,体幹を前屈することにより痛みは軽減し,同じ姿勢を持続すると腰痛はひどくなる。Baumら2) は,腰痛の原因として,脊柱の伸張に加えて,脊柱の可動域の減少と不動をあげている。彼らは,8人の被験者に対して1週間のベッドレスト研究を行い,じっと安静臥床を続ける被験者に比べて,毎日体幹を最大限に前後屈することにより,腰痛は減弱することを報告した。
本ベッドレスト研究の薬剤投与群に対しては,このBaumら2) の提案により臥床中の不動と安静による腰痛を防ぐ目的で,毎日日中2時間毎に前後屈および左右側屈などの体幹運動が行われた。ベッドレスト中に体幹運動を行うことにより,臥床2日目の腰痛の出現頻度と強さはコントロール群と変わりないが,しびれ・つっぱり・灼熱感や鋭い痛みなどのirritableな痛みはなくなること,腹臥位の作業時の腰痛が少なくなること,および腰痛の持続期間が短くなることなどの効果があることがわかった。
 前後屈や左右側屈などの体幹運動やストレッチには,一般に筋・腱・靭帯などの緊張を和らげ関節の可動域を大きくすること,筋の収縮・弛緩を繰り返し筋のポンプ作用により血液循環がよくなること,筋・知覚神経・中枢神経の緊張を和らげこれらのストレスを除くことなどの効果があるといわれている7)。今回のベッドレスト中の不動状態に対しても,これらの体幹運動を実施することにより,椎間関節包や靭帯の緊張が一時的にゆるみ,体幹筋の拘縮を予防し,筋血流が増大し,さらに腰椎の椎間板への負荷が加わったことが推定される。しかし,何故しびれや灼熱感などの耐えがたい痛みが少なくなり,腰痛の期間が短縮したかに関するメカニズムは不明であり,今後基礎的な研究の進展が期待される。
 一般に痛みの自覚には,感覚と心因という2つの側面がある。前者は体を構成する組織への侵害刺激(Noxious stimuli)により,知覚終末であるAδ線維やC線維が興奮し,後根神経節を経て脊髄後角に痛みを伝えている。腰痛臨床の現場では,知覚神経への侵害受容性疼痛(nociceptive pain)に,さらに心因性の要素が加わることが知られている。このため,腰痛に対する手術を選択する前には,心因に影響を与える患者背景(例えば,交通事故や保険金の係争などがないこと)を理解することが必要とされている。一般に,自由な活動が制限される長期臥床ではDepression scoreが高まる14)。長期臥床における不動という拘束状態のストレスに対して,定期的な体幹運動がいくらか心因的に有利に働いた側面もないとはいえない。今後,腰痛調査を計画する場合,心因に関連する性格検査やQOL評価の併用も検討したい。
 
5. まとめ
 1. 90日間の長期ベッドレスト研究における臥床中の腰痛について検討した。腰痛は臥床2日目に最も頻度は多く(78%),最も強く発生し,その後しだいに頻度も強度も軽減した。腰痛の性質は,腰部の重だるい痛みがほとんどで,腰痛を誘発する動作として不動や腹臥位動作(TVや食事)が多く,軽減する動作としては体位変換や胎児姿勢などがある。臥床2週を過ぎると腰痛はしだいに軽減する傾向にあり臨床的に問題となることは少なかった。
 2. 臥床中にFW運動を3日毎に行うことにより,軽度の腰痛は臥床終了期まで持続した。腰痛の性質は,重だるい痛み・動作時の瞬間的な痛みに加えて,しびれ,突っ張り感,灼熱間や鋭い痛みなどの多彩な痛みとなり,FW運動が腰痛の誘因となり,腰痛は長期化した。長期臥床や宇宙飛行では,筋萎縮予防に対する効果的な運動が必要となるが,運動を継続させるためには萎縮筋の痛みを誘発させないよう改良が必要である。
 3. 臥床中に前後屈や左右側屈などの体幹運動を行うと,腰痛の頻度と強さは対照群と変わりはないが,しびれ,突っ張り感,灼熱間や鋭い痛みなどの訴えや,腹臥位動作時の痛みは少なくなり,腰痛の持続期間は短くなった。
 4. 宇宙飛行やベッドレストの腰痛対策として,しびれ,灼熱感や鋭どい痛みを抑え,腰痛持続期間の短縮のために,前後屈,左右側屈などの体幹運動は簡便で有用であることが示唆された。
 
謝辞
 JAXAは,「日本人宇宙飛行士の骨量減少・尿路結石対策」の地上検証を主目的として,欧州宇宙機関(ESA)と仏国立宇宙研究センター(CNES)とともに,フランス宇宙医学・生理学研究所(MEDES,Toulouse市)で,90日間のベッドレスト研究を実施した。一人として脱落することなく90日間の臥床を完遂した25人の被験者,および本研究にご尽力ご支援いただいたJAXA,ESA,CNES,およびMEDESの関係者の皆様に深謝いたします。


文 献
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