宇宙航空環境医学 Vol. 43, No. 2, 55-63, 2006

原著

90日間の6度ヘッドダウンベッドレストにおける睡眠・覚醒および直腸温リズム

水野 康1,2,大島 博1

1宇宙航空研究開発機構 有人宇宙技術部 宇宙医学グループ
2東北福祉大学 感性福祉研究所

Sleep-Wake and Rectal Temperature Rhythm During 90 Days 6 Degrees Head-Down Bed Rest

Koh Mizuno1,2, Hiroshi Ohshima1

1Space Medicine Group, Human Space Technology and Astronauts Department, Japan Aerospace Exploration Agency (JAXA)
2Kansei Fukushi Research Center, Tohoku Fukushi University

ABSTRACT
   In a large bed rest study simulating long duration space flight, sleep/wake rhythm was evaluated in combination with rectal temperature rhythm. The subjects were sixteen healthy males (age: 32.7±4.0 yrs; height: 175±5 cm; weight: 70.8±6.8 kg; mean±SD) who completed 90 days 6 degrees head-down bed rest. Seven subjects spent bed rest period without physical training. The other nine subjects performed exercise countermeasure conducting leg resistive exercise every third day. Rectal temperature rhythm was assessed by 72 hours of continuous measurements performed once before and four times during bed rest (days 9-11, 35-37, 65-67, and 85-88). In the continuous recordings of wrist actigraphy performed from one week before through the end of bed rest, weekly average values of total sleep time in nocturnal sleep and daytime napping, and timing of sleep onset and termination were calculated when rectal temperature was recorded. No significant effect of exercise was found in any measurements suggesting that amount of exercise (about 30 minutes for one day × 2.5 day a week) was insufficient to induce significant changes in sleep and circadian rhythm parameters. Weekly average values of nocturnal sleep time ranged between 370 and 450 minutes during bed rest, and were higher than those before bed rest. Scheduled daytime activities to prevent boredom during bed rest might lead to relatively less amount of daytime napping (weekly average values ranged between 30 and 80 minutes), which might have little unfavorable effect on nocturnal sleep. Although amplitude of rectal temperature rhythm showed no significant change, delayed phase ranged from 20 to 40 minutes was consistently observed during bed rest. As delayed phase was also induced in nocturnal sleep onset and termination, the most remarkable phase delay around 1 hour was found in sleep termination in the morning despite constant time to turn on the room light throughout the experimental period. These results suggested that, in addition to physiological phase delay in circadian rhythm, difficulty waking up or longer sleep inertia in the morning might occur under the bed rest condition.

(Received: 20 April, 2006 Accepted: 6 June, 2006)

Key words: 6 degrees head-down bed rest, sleep-wake rhythm, rectal temperature rhythm, actigraphy, exercise countermeasure

I. はじめに
 宇宙滞在がヒトの生理・心理機能に与える影響の一つとして,睡眠障害が知られている22)。今日までの報告では,宇宙滞在中に引き起こされる睡眠障害として,主観的な睡眠感の悪化とともに,総睡眠時間の減少9,10,11,18),中途覚醒の増加9),および徐波睡眠の減少18) が報告されている。このような宇宙ミッション中における睡眠障害の原因は,微小重力,閉鎖隔離,低照度,騒音等の環境要因と,多忙な作業内容やミッション上の1日が24時間未満で計画されること等のスケジュール上の要因が複合的に作用するものと考えられている。これらの報告は,スペースシャトルによる約2週間未満の短期宇宙滞在時のものであるが,ロシアのMir宇宙ステーションにおける長期宇宙滞在時の結果からも総睡眠時間の短縮が報告されている11)。またGundelらは,短期滞在時10) にも長期滞在時11) にも体温の概日リズムを測定し,いずれもリズム位相が後退したことを認めている。このことは,宇宙では睡眠―覚醒リズムと体温リズムの同調関係が崩れ,そのために夜間睡眠と日中の覚醒状態の両者が障害される危険性を示唆している。このように,宇宙ミッション中の睡眠は短期・長期滞在ともに障害されることが確認されているが,近年の睡眠研究により,不十分な夜間睡眠は種々の悪影響を及ぼすことが明らかにされている。夜間睡眠の質・量の低下は,日中に眠気の混入を招いて機器操作や運転のエラー発生率を上げるだけでなく,感情のコントロール機能27) や,内分泌機能7),免疫機能13),代謝機能23) など健康を支える種々の機能全般に悪影響を及ぼす可能性が示唆されている。
 微小重力曝露の地上シミュレーションモデルとしてよく用いられるのが,頭部を水平から6度下げたベッドレストである。ベッドレスト実験における睡眠について評価した先行研究では,日中の過剰な仮眠に伴う夜間睡眠の質・量の低下5,21) や直腸温リズム位相の後退および主観的な睡眠感の悪化19) 等が報告されている。これらの報告は,1〜2週間以内の短いベッドレスト実験によるものであり,より長期のベッドレスト実験で睡眠を客観的指標から検討した報告は見当たらない。
 現行の国際宇宙ステーションでは,筋・骨の萎縮と循環系のdeconditioningへの対策法として,週5〜6回の運動トレーニングが実施されている。一般に習慣的な運動は夜間睡眠に良好な影響を与えるものとされており,このことは,疫学研究結果14) や運動習慣を有する対象の睡眠ポリグラフィの結果25) から認められている。これらから,実際の宇宙滞在やベッドレスト実験で認められる睡眠障害の対策法としても運動トレーニングが有効に作用する可能性が考えられるが,この点については十分に検討されていない。また運動は,実施時刻によって生体の概日リズム位相をシフトさせることが報告されているが1,3,4,16),宇宙滞在やベッドレスト実験中において運動実施時刻とリズム位相の関係を検討した報告はない。
 今回,欧州宇宙機関,フランス国立宇宙研究センター,および宇宙航空研究開発機構は,長期宇宙滞在の地上模擬実験として,90日間の6度ヘッドダウンベッドレストを共同で実施した。実験の主目的は国際宇宙ステーションにおける長期宇宙滞在時に対する地上対照データの取得と,骨量減少の抑制を企図した抵抗運動および薬剤投与の有効性の検証であり,合計25名の被験者中,9名の被験者はベッドレスト中に抵抗運動を行った。本研究は,当実験における睡眠―覚醒リズムと体温の概日リズムの状態,およびベッドレスト中の運動の影響について検討することを目的とし,アクチグラフィ(手首の活動量から睡眠/覚醒を判定する手法6))および直腸温リズムの測定からこれらを評価したものである。
 
II. 方法
 A. 対象および実験デザイン

 本研究は,宇宙航空研究開発機構の有人研究倫理委員会,および実験実施現地であるフランス,Toulouse市のRangueil病院の倫理委員会により承認を得て実施された。
 被験者には事前に実験内容およびリスク等が十分説明され,書面による同意を得た。
被験者は健常な白人男性であり,ベッドレスト中に抵抗運動(内容は後述)を実施した運動群9名と抵抗運動を行わなかった非運動群7名(年齢33.4±3.4歳,身長175.1±4.8 cm,体重71.0±8.6 kg,各平均±標準偏差)とした。また運動群は,ベッドレスト期間の前半で午後(15時〜17時の間),後半で午前(10時〜12時の間)に運動を行った4名(運動群1: 年齢35.0±5.2歳,身長173.0±5.7 cm,体重69.5±3.7 kg,各平均±標準偏差)とベッドレスト期間の前半で午前,後半で午後に運動を行った5名(運動群2: 年齢29.8±2.9歳,身長177.4±2.6 cm,体重71.4±6.9 kg,各平均±標準偏差)の2群に分けて解析した。
 実験はフランス,Toulouse市のRangueil病院に併設されたフランス宇宙医学・生理学研究所(MEDES)にて行われた。被験者はベッドレスト開始2週間前にMEDESに集合し,ベッドレスト前における種々のデータ取得の後に90日間の6度ヘッドダウンベッドレストを実施した。ベッドレスト中は,食事や排泄等も全てベッド上で行われ,ビデオモニターにより座位や立位の姿勢をとっていないことが確認された。
 実験期間中は,午前6時30分〜7時頃に点灯,午後23時〜23時15分頃に消灯され,室内の照度は,ベッドの位置で最大500ルックスに調整された。測定の無い余暇時間には,コンピューターの使用,TV視聴,読書などの他,仮眠も許可された。
 運動群が実施した抵抗運動は,はずみ車の慣性力を利用した特別な機器2) を用いて6度ヘッドダウンした仰臥位姿勢のままで行われ,ベッドレスト中,3日に1度の頻度で行われた。1回の運動では,スクワット(7回×4セット)およびカーフレイズ(14回×4セット)を最大努力で行い,所要時間は約30分であった。
  B. 測定項目
 測定項目は直腸温の72時間連続測定およびアクチグラフィ6)であり,前者についてはベッドレスト前(ベッドレスト開始3日前〜1日前)とベッドレスト中4回(9〜11日,34〜36日,65〜67日,85〜87日),後者についてはベッドレスト開始2週間前からベッドレスト終了時まで連続して実施し,その中からベッドレスト開始前の1週間とベッドレスト中に直腸温を測定した週(第2,5,10,13週)のデータを抽出した。
 直腸温の測定にはInovra社(La Tronche, France)製TBODYLOGを用い,測定間隔1分で連続測定した。測定プローブは被験者の肛門から直腸内に10 cm挿入し,72時間の測定中,排便時および運動群の抵抗運動実施時を除いて挿入を継続した。得られたデータからプローブが直腸外に出された期間のデータを除外し,解析ソフト(ヒューリンクス社製カレイダグラフ3.5)を用いて最小二乗法によるcosinor fittingを行った。求められた近似リズム曲線から,振幅(中央値から最高値までの差),および頂点位相(最高値が現れる時刻)を算出した。
 アクチグラフィは,AMI社製アクチグラフを用い,非利き手手首の活動量モニターを行った。得られた結果はAMI社製のソフトウェア,“Action W” によりCole-Kripkeのアルゴリズム6) に従って1分毎の睡眠覚醒の判定,および夜間睡眠期間の判定を行った。この結果から,夜間睡眠期間中および日中における総睡眠時間,および夜間睡眠の入眠時刻と翌朝の最終覚醒時刻を求め,ベッドレスト前1週間の平均値およびベッドレスト中の直腸温測定日を含む1週間の平均値を算出した。
 C. 統計処理
 平均値の差の検定には,実験群(非運動群,運動群1,および運動群2)および測定時期(ベッドレスト前およびベッドレスト中の計5回)の2要因からなる反復測定分散分析を用いた。なお直腸温リズムの測定では,運動群2の1名でベッドレスト前の測定値が得られなかったため,解析から除外した。またアクチグラフィでは,非運動群の1名でベッドレスト前の測定値が得られなかったため解析から除外し,さらに,ベッドレスト85〜87日にあたる週(第13週)の測定で機器の不具合によるデータ欠損が運動群の4名で生じたため,ベッドレスト65〜67日の週(第10週)までで統計処理を行った。
 直腸温リズムの頂点位相,およびアクチグラフィより求めた夜間睡眠の入眠時刻と朝の最終覚醒時刻については,ベッドレスト前値に対するベッドレスト中の変化量を算出し,これら3者の位相変化の程度を比較した。この比較には,これら3者に上述した反復測定分散分析で実験群の有意な影響が認められなかったため,ベッドレスト第10週までの全てのデータの得られた被験者(合計14名)について,生体リズム位相指標(直腸温リズムの頂点位相,夜間睡眠の入眠時刻,および朝の最終覚醒時刻)と測定時期(ベッドレスト前からベッドレスト第10週までの計4回)の2要因からなる反復測定分散分析を行った。
 反復測定分散分析で要因の有意な影響が認められた場合にはScheffeによる多重比較検定を行い,各測定時期における群間の差,および各群におけるベッドレスト前値に対する各測定時期の値の差を検定した。
 統計解析ソフトにはSAS Institute社製StatView V. 5.0を用い,有意水準は5% とした。
 
III. 結果
 A. 直腸温リズム

 Fig. 1に直腸温リズムの振幅および頂点位相の結果を示す。振幅では,実験群と測定時期のいずれにも有意な影響は認められず,概ね0.25〜0.4°Cの範囲にあった。頂点位相では,測定時期のみについて有意な影響が認められ(F (2,4)=3.197, p <0.05),ベッドレスト前値の15 : 40〜16 : 30からベッドレスト中には,最大で平均約30〜60分の位相後退が引き起こされた。また多重比較検定では,運動群1においてベッドレスト前値とベッドレスト34〜36日の値の間に有意差が認められた(p <0.05)。

Fig. 1. Acrophase and amplitude of rectal temperature rhythm (means±SEM) before and during 90 days 6 degrees head-down bed rest No exercise group: the subjects conducted no specific physical exercise during bed rest; Exercise group 1 and 2: Leg resistive exercise was conducted every third day during bed rest. The timing of exercise was alternated in the former and latter half of bed rest. In exercise group 1, exercise was conducted in the afternoon in the former half, then in the morning in the latter half. In exercise group 2, vice versa. Significant effect of time (p <0.05) on acrophase was found by repeated measure ANOVA. : significantly different from the value before bed rest by Scheffe’s post-hoc analysis.

B. アクチグラフィ
 Fig. 2に直腸温測定を実施した週における夜間および日中の総睡眠時間の平均値を示した。夜間の総睡眠時間では,実験群((2,3) = 4.219, p <0.05)と測定時期(F (2,3) = 5.316, p <0.05)の両者から有意な影響が検出された。ベッドレスト前の夜間総睡眠時間は各群で平均337〜384分であったがベッドレスト中には約20〜60分延長し,多重比較検定では,非運動群でベッドレスト第5週,運動群1および2ではベッドレスト第10週にベッドレスト前値との間に有意差が認められた(p <0.05)。3群の比較では運動群2(ベッドレスト前半で午前,後半で午後に運動)が一貫して最高値を示し,多重比較検定によりベッドレスト第10週において非運動群との間に有意差が認められた(p <0.05)。日中の総睡眠時間では,測定時期のみ有意な影響が認められ(F (2,3)=3.435, p <0.05),ベッドレスト前の平均約20〜60分からベッドレスト中には最大約30分増大したが,多重比較検定による有意差は認められなかった。

Fig. 2. Weekly average values of total sleep time in nocturnal sleep and daytime napping (means±SEM) before and during 90 days 6 degrees head-down bed rest. Significant effects of time and group (p <0.05) on nocturnal sleep time was found, and significant effect of time (p <0.05) on daytime sleep time was found by repeated measure ANOVA performed on the data until 10th week of bed rest period. : significantly different from the value before bed rest by Scheffe’s post-hoc analysis; : significantly different from the value of no exercise group by Scheffe’s post-hoc analysis.

Fig. 3には夜間睡眠の入眠時刻と朝の最終覚醒時刻の平均値を示した。ベッドレスト前には運動群2の入眠時刻と最終覚醒時刻が早い傾向にあったが,反復測定分散分析の結果からは実験群の有意な影響や交互作用は検出されなかった。一方,測定時期の影響は入眠時刻(F (2,3)=15.227, p <0.0001)および最終覚醒時刻(F (2,3)=27.870, p <0.0001)の両者から有意性が認められ,ベッドレスト前に比してベッドレスト中は入眠・覚醒時刻とも最大で平均約30〜90分遅延していた。多重比較検定では,非運動群におけるベッドレスト第2と5週および運動群1におけるベッドレスト第10週の入眠時刻を除き,検定を行った全ての入眠・覚醒時刻でベッドレスト前値に対する有意差が認められた(p <0.05)。

Fig. 3. Weekly average values of timing of nocturnal sleep onset and termination (means±SEM) before and during 90 days 6 degrees head-down bed rest. Significant effect of time (p <0.0001) on time of nocturnal sleep onset and termination was found by repeated measure ANOVA performed on the data until 10th week of bed rest period. : significantly different from the value before bed rest by Scheffe’s post-hoc analysis.

C. 直腸温リズムの頂点位相,夜間睡眠の入眠時刻,および朝の最終覚醒時刻の変化の比較
 Fig. 4は直腸温リズムの頂点位相,夜間睡眠の入眠時刻,および朝の最終覚醒時刻について,全被験者の平均値をベッドレスト前値に対する変化量として示したものである。位相指標の影響はわずかに有意水準に達しなかったが(F (2,3)=3.123, p =0.057),測定時期(F (2,3)=33.105, p <0.0001),および測定時期と位相指標の交互作用(F (2,3)=2.826, p <0.05)に有意性が検出された。ベッドレスト中における位相後退は,朝の最終覚醒時刻(平均51〜66分),夜間睡眠の入眠時刻(平均38〜47分),直腸温リズムの頂点位相(平均19〜42分)の順に顕著であり,前2者ではベッドレスト第2,5,10週の全てからベッドレスト前値との間に有意差(p <0.05)が認められたのに対し,直腸温リズムの頂点位相ではベッドレスト第5週のみベッドレスト前値との有意差(p <0.05)が認められた。各測定時期における位相指標間の多重比較検定では,ベッドレスト第2および10週で朝の最終覚醒時刻と直腸温リズムの頂点位相との間に有意差が認められた(p <0.05)。

Fig. 4. Comparison of phase delay during bed rest among acrophase of rectal temperature rhythm, nocturnal sleep onset and termination (means±SEM). Significant effect of time (p <0.0001) and interaction of parameter × time (p <0.05) was found by repeated measure ANOVA performed on the data until 10th week of bed rest period. : significantly different from the value before bed rest by Scheffe’s post-hoc analysis; : significantly different from the value of acrophase of rectal temperature rhythm by Scheffe’s post-hoc analysis.


IV. 考察
  本研究は長期宇宙滞在の地上模擬実験として行われた大規模実験の一部であり,健常成人が90日間もの6度ヘッドダウンベッドレストを経験した際の睡眠および生体リズムを評価した報告である。これまで,宇宙滞在や地上模擬実験としてのベッドレスト中に睡眠や生体リズムを評価した先行研究では,宇宙滞在103日目までのデータ取得例1名11) を除いて,いずれも曝露期間は30日以下である。これら先行研究からは,相反する知見はあるものの,宇宙滞在中およびベッドレスト中における直腸温リズム位相の後退10,11,19),宇宙滞在中における睡眠の質・量の低下9,10,11,18),およびベッドレスト中における主観的睡眠感の悪化や日中仮眠時間の増大5,8,19,21) などが報告されている。本研究から認められた第一の知見は,先行研究結果とも一致する生体リズム位相の後退である。この位相後退は,アクチグラフィから求められた夜間睡眠の入眠時刻と朝の最終覚醒時刻,および直腸温リズムの頂点位相の全てにおいて認められ,ベッドレスト開始9〜11日目からベッドレスト85〜87日に至るまで,変動はあるもののベッドレスト前値より常に後退した状態にあった。同様の傾向は宇宙滞在時にも報告されており11),ミール宇宙ステーションでの長期滞在中,直腸温リズムの位相後退は宇宙滞在開始3日目から確認され,以後,滞在期間の延長に伴う変化や,リズムの周期が24時間から乖離するフリーランは認められていない。直腸温リズム位相に最も大きく影響する要因は光環境であるが,本実験では日中でも最大500ルックスと宇宙船内とほぼ同様の低照度環境に調整された。一方,日中の活動内容も直腸温リズム位相に影響する可能性を有するが,こちらはベッドレストと宇宙滞在では大きく異なる。したがって,曝露初期に位相後退し,以後,維持されるという直腸温リズムの応答は,宇宙滞在とベッドレストでは異なる機序でもたらされる可能性も否定できない。しかし,両環境に共通する日中の低照度,および姿勢維持や体重支持が無い,ないしは極めて減弱した状態によってこのような直腸温リズム応答がもたらされる可能性もあり,今後,この点に焦点を絞った検討が必要と思われる。
 本研究では,直腸温リズムの頂点位相,夜間睡眠の入眠時刻,および朝の最終覚醒時刻という三つの指標から生体リズム位相を評価したが,ベッドレスト中の位相後退は,朝の最終覚醒時刻,夜間睡眠の入眠時刻,直腸温リズムの頂点位相の順に顕著なものとなった。直腸温リズムは生物時計の状態を反映する最も一般的な指標の一つであり,ベッドレスト中における頂点位相の後退は,生物時計の位相が夜型にシフトしたことを意味する。また通常,夜間睡眠の開始(入眠)と終了(朝の最終覚醒)は,直腸温リズムと同調関係にあり,直腸温の下降期に入眠,最低点を越えた上昇期に朝の最終覚醒が引き起こされる。今回の結果は,ベッドレスト中にこの同調関係がシフトし,生物時計(直腸温リズム)の位相後退よりも入眠や特に朝の最終覚醒の位相後退がより顕著に引き起こされたことを示している。
 入眠および朝の最終覚醒は室内灯の消灯と点灯に強く依存するものと思われるが,この調節はMEDES担当者により管理され,ベッドレスト前から期間中を通して6時半〜7時頃に点灯されて被験者の健康状態の確認および何らかの予定されたデータ取得が開始されている。一方,アクチグラフィから判定された朝の最終覚醒時刻はそれよりも若干遅い7時〜7時半であったが,直腸温が測定された週以外ではさらに遅い7時半〜8時に達することもあった。したがって,被験者は室内灯が点灯され,何らかの測定が開始されても覚醒しなかったか,いったん覚醒した後に再入眠したものと思われる。このことは,ベッドレスト状態だと朝の点灯後に覚醒困難の生じる可能性を示唆しており,さらには覚醒後の睡眠慣性(睡眠終了直後の所謂 “ねぼけた” 状態であり,気分,注意力,および作業能力の低下や,行動や感情の混乱等に特徴付けられる24))も増大する可能性が考えられる。この原因の一つとして,ベッドレストによる行動抑制が考えられる。すなわち,ベッドレスト実験では覚醒しても行動がベッド上のみに制限されるため身体活動や外光などの覚醒刺激が乏しく,そのために覚醒水準の亢進が遅延する可能性がある。実際の宇宙滞在の場合,微小重力環境ではあるが起床後には種々の活動が開始されるため,このような覚醒困難の引き起こされる可能性は低いかもしれない。しかし,6度ヘッドダウンベッドレストによって引き起こされる急性の体液シフトが精神作業能力の日内変動の中で朝の成績を特異的に低下させるとの報告もあり17),同様の体液シフトがもたらされる宇宙滞在初期に起床後の覚醒水準低下や睡眠慣性亢進の引き起こされる可能性も考えられる。これらの知見は,ベッドレスト時や宇宙ミッション時における朝の覚醒困難を解消する手段(高照度光照射やカフェイン摂取など)の必要性や,覚醒直後〜午前の作業負荷を低くするなどスケジュールを工夫することの重要性を示唆するものである。
 アクチグラフィから求められた夜間および日中の総睡眠時間では,両者ともベッドレスト前に比してベッドレスト中には有意な増大が認められた。ベッドレスト中の睡眠に関する先行研究では,読書,テレビやラジオ視聴などが禁じられた完全臥床実験の場合,日中の昼寝時間が2時間〜4時間半にも及び,その結果,夜間主睡眠が分断化することが報告されている5,21)。また本研究のような宇宙滞在の地上模擬実験として実施された実験では,睡眠ポリグラフィによる評価指標の変化は僅かだが主観的な睡眠感が悪化すること19),および,ベッドレスト中に高強度・高頻度の運動(5週間のベッドレスト中,1日に2回,1回30分,最大の90% 強度までのペダリング運動を週6日)を実施した群で,おそらく過労のために主観的な睡眠感が悪化したこと8) などが報告されている。本研究では,ベッドレスト開始前1週間における夜間の総睡眠時間が平均約5時間半〜6時間と比較的短く,新しい寝室環境やベッドレスト前の緊張等により,夜間睡眠がやや障害されていた可能性が考えられる。一方,ベッドレスト中には平均約30〜80分の日中の睡眠時間が確認されたが夜間睡眠時間は増加し,むしろ正常に近い状態にあったとも考えられる。また,夜間の総睡眠時間には実験群の有意な影響が認められたが,群間の睡眠時間の差はベッドレスト第10週を除いてほぼ同様に認められている。このことから,ベッドレスト中の運動の有無の影響ではなく,各群における睡眠時間の個人差が群間の差として現れた可能性が考えられる。
 ベッドレスト実験は,特に長期にわたると,社会隔離や行動抑制,および不安感や被験者間および実験担当者とのもめごと等,ベッドレスト特有の心理ストレスが発生し,睡眠にも悪影響を及ぼす可能性が考えられる。このベッドレスト特有の心理ストレスは,被験者の実験離脱にも関わる重要な問題だが,本研究では,実験運用を担当したMEDESが特にこの点について配慮していた。心理学の専門家による被験者の選抜,訓練,ベッドレスト中の対策および支援が体系的に計画・実施され,これらのことが被験者の心理ストレスを軽減し,ベッドレスト中における睡眠問題を抑制した可能性が考えられる。またベッドレスト中の過剰な昼寝は夜間睡眠に悪影響を及ぼすが5,21),これを予防する日々のスケジュールとして,マッサージやストレッチ,足首の運動,腹式呼吸,日記の記述等が組み込まれていた。またその他にも,週数回の頻度で開かれる英会話教室や,被験者個人毎に準備されたテレビやラップトップ・コンピューターなど,被験者が退屈しないような工夫が図られていた。本研究では睡眠ポリグラフィによる睡眠段階を評価していないため,夜間睡眠の質的な変化については明らかではない。しかし,このような心理ストレスの軽減や日中の活動の工夫により,少なくともアクチグラフィによる評価ではベッドレストが長期にわたっても夜間睡眠に大きな問題の生じないことが確認された。一方,宇宙滞在時には責任の重い作業や生命の危機に対する不安など,ベッドレスト実験時とは明らかに異なる心理ストレスが加わる。また日中の作業も多忙を極めるため,ベッドレスト実験時のような退屈に起因する昼寝が生じることも無いものと思われる。これらの点は,精神心理的な状態・機能やそれらが関連する睡眠などを評価する上で,宇宙滞在とベッドレストでは相反する要因であり,ベッドレスト実験の条件統制から宇宙滞在を完全に模擬することは不可能と思われる。したがって,本研究で認められた長期ベッドレストにおける心理ストレスの軽減や日中の覚醒状態の管理の重要性は,宇宙滞在時に適用できるものではなく,地上での臨床的な寝たきり状態やベッドレスト実験時における被験者の管理において意味を持つものと考えられる。
 一般に,身体運動は夜間睡眠に良好な影響を及ぼすことが知られており15,20),睡眠障害の発生が報告されているベッドレストや宇宙滞在中には,身体運動がこの対策案として有用である可能性が考えられる。また運動は,実施時刻によって生体リズム位相を変化させることが報告されており1,3,4,16),生体リズム位相の調整手段としても有用である可能性が考えられる。これらから,本研究では非運動群および異なる時刻で運動する2つの運動群を設けて群間の差異を検討したが,明らかな影響は認められなかった。この原因として,用いられた運動の時間,頻度,および種類が睡眠および生体リズムに影響するには十分でなかったことが考えられる。運動が睡眠の質を上げる主たる機序として運動による深部体温上昇が指摘されており12),このため,深部体温を上昇させる30〜60分程度の中強度の有酸素性運動を夕刻に実施することが有効とされている15)。また運動が生体リズム位相の変化をもたらしたとする先行研究でも,低〜中強度であれば3時間1,3),高強度でも1時間4) の運動が行われている。これらに対し,本研究で行われた運動は,運動間の休息を含めて約30分で終了する抵抗運動であり,1回/3日と頻度が低かったこととも併せ,睡眠や生体リズムに影響を与える刺激として不十分であったものと考えられる。本実験は国際宇宙ステーションにおける長期宇宙滞在に対する地上対照データの取得として実施されたが,国際宇宙ステーションの長期滞在クルーでは,宇宙滞在中の運動頻度は6〜7日/週であり,1日に有酸素性運動と抵抗運動がそれぞれ約30分実施されている。国際宇宙ステーション長期滞在時における夜間睡眠の実態は未だ公表されていないが,この程度の運動内容であれば,夜間睡眠や生体リズムに何らかの影響を与えている可能性も十分考えられる。夜間睡眠に問題が生じると日中の注意力低下や感情・気分の悪化,さらには免疫機能や代謝機能の低下など,宇宙ミッションの成功や飛行士本人の心身の健康にも悪影響を及ぼす可能性がある。長期の有人宇宙活動を計画する際には,軌道上の運動処方(種類・頻度・強度,時間)が骨や運動機能に及ぼす効果のみならず,夜間睡眠や日中の覚醒状態の向上,さらには生体リズムに及ぼす影響についても検討することが重要と思われる
 
V. まとめ
 90日間の6度ヘッドダウンベッドレスト実験において,アクチグラフィおよび直腸温リズムの測定を行った。ベッドレスト中における夜間の総睡眠時間は,第2,5,10および13週で平均約370〜450分の範囲にあり,これらはベッドレスト開始前1週間の事前データ取得期間よりも増加した。ベッドレスト中における日中の総睡眠時間は平均約30〜80分の範囲にあり,被験者の退屈を解消するために準備された種々の活動および心理的対策により,夜間睡眠に悪影響を及ぼすような長時間の日中の睡眠は認められなかった。直腸温リズムでは,振幅は変化しなかったが頂点位相が後退し,ベッドレスト中に最大で平均約30〜60分の位相後退が引き起こされた。これらアクチグラフィおよび直腸温リズムの結果からは,ベッドレスト中に実施した抵抗運動の影響は認められず,この原因として運動時間(下肢のみについて実施し,1回約30分以下)および頻度の少ないこと(1回3日)が考えられた。直腸温リズムの頂点位相,アクチグラフィから求めた夜間睡眠の入眠時刻,および朝の最終覚醒時刻についてベッドレスト中における位相後退の程度を比較すると,朝の最終覚醒時刻の位相後退が最も大きく(平均約1時間),次いで夜間睡眠の入眠時刻(平均約40分)となり,直腸温リズムの頂点位相の後退(平均約20〜40分)が最も少なかった。このことから,ベッドレスト状態では生物時計の位相後退よりも行動的な朝の覚醒時刻の方が大きく位相後退し,朝の覚醒困難や強い睡眠慣性の引き起こされる可能性が示唆された。

謝辞
 本実験は,JAXAによる「日本人宇宙飛行士の骨量減少・尿路結石対策」の地上検証を主目的に,欧州宇宙機関(ESA)および仏国立宇宙研究センター(CNES)と共同でフランス宇宙医学・生理学研究所(MEDES,Toulouse市)で行われたものである。90日間のベッドレストを完遂した被験者をはじめとし,本研究にご尽力ご支援いただいたJAXA,ESA,CNES,およびMEDESの関係者の皆様に深謝いたします。

文 献
1) Baehr, E.K., Eastman, C.I., Revelle, W., Olson, S.H., Wolfe, L.F. and Zee, P.C.: Circadian phase-shifting effects of nocturnal exercise in older compared with young adults. Am. J. Physiol. Regul. Integr. Comp. Physiol., 284, R1542-R1550, 2003.
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