宇宙航空環境医学 Vol. 43, No. 1

研究会報告

自家用操縦士の飛行と加齢

池羽 啓次

社団法人 日本航空機操縦士協会 専務理事

Aging Related Problems with Private Pilots

Hiroshi Ikeda

Executive Director B777 Captain Japan Aircraft Pilot Association


社団法人日本航空機操縦士協会とは
 日本航空機操縦士協会は昭和41年(1966年)に設立された,公益法人として国土交通大臣の認可を受けた日本で唯一のパイロットの団体です。
 会員数は2004年10月末の時点で5,877名を数え,定期航空,航空機使用事業,公官庁,自衛隊,自家用パイロットなどの正会員をはじめ,協会の活動趣旨にご賛同頂いた個人や法人の賛助会員等により構成されています。
 操縦士協会はプロフェッショナル・パイロットの団体として発足し,活動して参りましたが,1998年より「空を共有する仲間」として自家用操縦士の皆さんも傘下迎え今日に至っています。現在全国で約560名の自家用パイロットが協会に加入しています。
  
国内の小型航空機の運航状況について

  昨今国内では小型航空機の事故が多発しています。2001年には17件,2002年には26件,2003年には13件,2004年は10月で既に15件の事故が発生しています。そして,事故の主たる原因が操縦士にあるケースが8割に近い値となっています。
  こうした状況を踏まえ,航空局は2003年3月に「自家用操縦士の飛行の安全確保について」という通達を出し,自家用操縦士の技量維持方策に係わる指針を示しました。そして自家用操縦士は,自ら積極的に安全講習会の受講や,最近の飛行経験を確保することが望ましいとしています。
  
航空安全講習会
  操縦士協会は,会員の自家用操縦士の方々を支援する目的で,従来から安全講習会を定期的に開催しておりましたが,全国には今回の通達の対象となる約2,400名の自家用操縦士の方々が居ることが分かり,2003年から日本飛行連盟,日本滑空協会,AOPA‐JAPAN,全国自家用ヘリコプター協議会のご協力を頂き,全国各地で指針に沿った内容の航空安全講習会を実施しております。
 そして2003年は全国26箇所で開催し,699名の方が講習会を受講されました。2004年は10月までに11回の講習会を開催し,444名の方の参加がありました。こうした活動により,少しでも小型航空機の事故を減らすことが出来れば,私たちの本望とするところです。
 
アンケート調査の実施

 今回「加齢とパイロット」をテーマとしたシンポジウムに参加させて頂くに当たり,どこに焦点を置くか検討して参りましたが,エアラインの加齢乗員に対するアンケート調査は既に航空医学研究センターから立派な報告書が出されておりますので,航空安全講習会の実施に伴い最近実情が分かってきた自家用操縦士の世界に焦点を当てることと致しました。 そして,自家用シニアパイロットの皆様に焦点を当てたアンケート調査を実施して,シニアパイロットの皆様は 飛行と加齢」についてどの様な認識を持っているのか, どの様なことに注意しながら飛行しているのか, どの様な支援が欲しいと感じているのか,などを質問させて頂きました。 アンケートの対象者は, 60歳以上の自家用パイロットで操縦士協会の会員の方と, 航空安全講習会を受講した60歳以上の自家用パイロットの方,としたところちょうど100名の対象者となりました。そして,57名の方からお返事を頂きました。皆様大変熱心に回答を記述して下さいました。 アンケート結果の解析については,航空医学研究センターの三浦靖彦先生ならびに原田主任研究員に多大なご援助を頂きました。この場をお借りしてお礼申し上げます。
 
回答者の飛行経験等の紹介
 それでは回答者の飛行経験等のデータからご紹介して参りましょう。
  (年齢構成)
 回答者57名の年齢構成は,この表の様になっていました。

60〜64歳 65〜69歳 70〜74歳 75〜79歳 80歳以上
9名 23名 13名 8名 4名

正直な話,80歳を越えてバリバリ,フライトをしている方がいらっしゃるとは思っておりませんでした。回答者の中央値,つまり年齢順に皆さんに並んで頂いてちょうど真ん中の人,つまり28番目の人は69歳でした。

  (航空従事者歴)
  48名の方が回答されています。従事者歴10年未満の方は7名でした。

10〜19年
4名
20〜29年
7名
30〜39年
19名
40〜49年
5名
50〜59年
2名
60年以上
4名

飛行機100年の歴史の中で,50年以上の航空歴を持つ方が,6人もいらっしゃいました。これはすごいことだと思います。回答者の中央値は,32年でした。

  (総飛行時間)
  外国に比べると自家用パイロットの方の飛行環境は良いとはいえない状況を反映してか,一番多いのが500時間未満(12名),2番目が500〜1,000時間未満(10名),3番目が1,500〜2,000時間未満(8名)で,中央値は1,050時間でした。
  お一人ですが,2万時間を越えている方もいらっしゃいました。
  
  (出身別の構成)
  純粋に自家用操縦士という方が52名,91% でした。
  使用事業出身が2名,4%。定期航空をリタイヤしてフライトをしている方もいらっしゃると思いますが,今回のアンケートには含まれておりませんでした。その他3名,5% の中には,海軍予科練出身という方もいらっしゃいました。
 
  (経験した航空機の種類)
  飛行機が33名,59%,飛行機と滑空機が14名,25%,飛行機と滑空機とヘリコプターが3名,5% で,飛行機とヘリコプターが1名,2% でした。
  飛行機を経験された方が全体の91% になります。滑空機・ヘリコプター一筋という方は少数派と言えそうです。
 
  (所持する航空身体検査証明書)
  第1種をお持ちの方が5名,9%,第2種をお持ちの方が43名,75%,なしと回答された方,或いはこの質問に回答されなかった方が合わせて9名,16% でした。

  (一般自家用操縦士の年間飛行時間)
 次のグラフは,「自家用操縦士一般の年間飛行時間」を示したもので,今回のアンケートのものではありません。
2000年に航空身体検査を受検した自家用操縦士の方々が申告された前1年間の飛行時間を示しています。総数2,787名の方のデータです。


この資料から次のことが言えると思います。
年間の飛行時間がゼロあるいは10時間未満の方が自家用パイロットの49%,約半分を占める。
67% つまり約7割の人の年間飛行時間は20時間未満である。
年間100時間以上飛行している人は自家用操縦士の約3% である。
 ちなみにこのグラフに関して,日本の自家用操縦士の,年間飛行時間の中央値は約16時間となります。

 (シニアパイロットの年間飛行時間)
 こちらは,今回回答して下さったシニアパイロットの年間飛行時間に関するデータです。

年間飛行時間が10時間未満の方は全体の33%,丁度1/3です。
20時間未満の方は47%,約半分です。
7% の方が年間100時間以上飛行しています。

つまり,自家用操縦士一般に比べて,今回回答して下さったシニアパイロット集団の方が,飛行時間が多いことが分かります。
シニアパイロットの方の,飛行時間が多い理由は何でしょうか。次のデータを見てみましょう。
 
 (飛行クラブへの加入状況)
 回答者の75% に当たる43名の方が飛行クラブに所属していると回答されています。これは大変高い割合だと思います。
 
 (オーナーパイロット)
 オーナーパイロットですか,という質問に対しては,57名中35名の方がオーナーパイロットであると答えています。これは全体の61% にあたります。
 オーナーパイロットであり,飛行クラブに所属されている方が多いことが,この集団の飛行時間が一般の自家用操縦士の平均に比べて高い理由と考えて良いのではないかと思います。
 
 (飛行の目的)
 この設問については,複数回答を可としておりますが,レジャーと回答された方が最も多く,続いて後輩の教育,業務,その他となっています。

レジャー
観光
後輩の教育
業務
その他
46名
5名
10名
7名
11名


 (単独飛行)
 単独飛行をすることがありますか,という質問に対しては,いつも単独で飛ぶと答えた方が21名,37%,時々行うと答えた方が24名,42% でした。
両者あわせて79%,約8割の方が単独飛行を行っているということになります。
 
 (IFRによる飛行)
 計器飛行方式で飛行することがありますか,という質問に対しては,これは計器飛行証明の免許が必要となりますが,「する」と答えた方が6名,11%,いらっしゃいました。「ActualのIFRはシンドイ」とコメントをつけられた方もいらっしゃいます。
 
 以上で飛行経験および,最近の飛行状況に関するデータの紹介を終わります。
 
飛行に対し意欲を持ち続ける秘訣
 さて,ここから本論です。「シニアパイロットの皆様が,飛行に対する意欲を持ち続ける秘訣は何でしょうか。この質問が一番重要な質問ですので,是非お答え下さい。」という記述式の質問に対して,56名の方から詳細は回答を頂きました。
   
 分析の結果,表の枠内に示した10のカテゴリーに分類できました。そして,これらのデータから2つの大きな動機が浮かび上がりました。
 


 それは, 飛行に対する情熱,と 教育への使命感です。「飛行に対する情熱」と答えた方は41名で,回答の64% を占め,「教育への使命感」と答えた方は8名で,15% を占めております。両者で動機の79% になります。
 
 幾つかの回答例を紹介します。

フライトが好きだから,去年より今年の方がまだ進歩している所があるから(81歳)
いつまでも飛び続けたいと思う情熱を持つこと(78歳)
家族を始めとし,職場,友人間などで飛行への理解を得ること。周囲の人々に飛行の楽しみ,飛行を通じて得られるもの,つまり周到な準備,果断な実行,機体だけでなく身体や人間関係に至るまで不具合の早期発見とそれの早期修復などのコンセプトを伝えたり,自ら「継続は力」なりと言い聞かせたり,これに恥じることが無い様に努めている。(78歳)
グライダーの魅力にとりつかれて50年余り,可能な限りこのグライダースポーツをより多くの若い人たちに伝え,かつ発展させることに使命を注ぎたい。(76歳)
特攻で死んでいった先輩,同僚,後輩,教え子たちに生き残って申し訳ないと思っています。それで新しい良いパイロットを育てることで許してもらうようにと思い,訓練に打ち込んでいます。(82歳)


身体機能や判断力・技量の衰え等

 身体機能や判断力・技量の衰え等を感じたことはありますか。もし,感じていることがある場合,詳しくご教示下さい」という質問には,56名の方にご回答頂きました。
 
 衰えを感じたことがあると答えた方は,33名58% で,平均年齢は70.06歳でした。 一方,衰えは無いと答えた方は,23名40% であり,平均年齢は68.85歳でした。
 
 衰えを感じたことがあると回答された方の,その内容は,全体で21項目ありました。その上位3項目は, 視力の低下10名,23%, 体力の低下7名,16%, 判断力の低下6名,14% でした。 上記以外に報告された項目は,次の通りです。記銘力,聴力,気力,見張り能力,気圧の変化への耐性,技量,集中力,平衡感覚,総合力,他
 

 
 ここでお断りさせて頂きたいのは,あくまでこれは自家用操縦士の相当高齢な方たちからの回答であるということです。こうした項目がパイロット全般,例えはエアラインパイロット等についても同じことが言える,とは限らない点にご注意頂きたいと存じます。
 
航空身体検査の受検は負担か
 航空身体検査は負担に感じると答えられた方が18名,負担に感じないと答えられた方が38名でした。シニアパイロットの方々の66% が身体検査は負担ではないと答えています。
 この質問に関連して,航空身体検査に関する改善要望が回答者の39名,71%,の方から寄せられました。
上位の3項目は, 検査料金が高い, 航空身体検査指定機関が少ない, 基準の緩和を求むでした。このほかには,第2種航空身体検査証の有効期間の延長に関する要望や,第3種航空身体検査証の復活を希望するなどの要望がありました。
 
日常の健康管理について

 続いて,「健康管理で特に注意していること,実施している対策等はありますか」という質問に対しては, 注意していることがあるとして具体的な内容を回答して下さった方は,全体の45名,79% でした。 特に注意していないと答えられた方は11名,19% でした。
 そして,「健康管理で特に注意していること,実施している対策がある」と回答した45名が実践する上位3項目は 適度な運動, 適切な食事, 充分な睡眠でした。
何ーんだ,そんなことかと思いますが,当たり前のことを,当たり前に実践することが大切であるということだと思います。
 

 

安全飛行を維持するための心がけ
 「日本の空の安全は,パイロットの自己責任・自己管理に対する高い意識によって支えられている面が大きいと思います。安全飛行を維持するために日頃からどの様なことを心がけていますか。後輩のために是非ご教示下さい。」という質問には54名の方から回答があり,その内容は20のカテゴリーに分類されました。
 

 
 そして「日頃から心がけていること」の上位3項目は, 無理をしない, 基本に忠実に, 技能証明を持った人(Safety Pilot)と同乗する,でした。
当たり前のことを当たり前に行う,これが大変重要だということです。“安全のABC”,つまり「あたりまえのことを,ぼんやりしないで,ちゃんとやれ」という大原則はここにも生きていると思います。
 

 
望まれる飛行支援
 現在の飛行環境において,シニアパイロットが安全に飛行を続けるために,改善あるいは新設が必要と思われる飛行支援は何かありますか」という質問に対して, 必要と感じている38名67%, 特に感じていない12名21%, 未回答7名12% でした。
そしてその内容は, 航空管制への要望, 飛行場の運用・施設の改善, 飛行情報の入手, 関係者の交流の促進等に分類されました。
 
まとめ
 今までアンケートの結果をご紹介してまいりましたが,まとめとして次のようなことが言えると思います。
 

 
 特に,シニアパイロットの皆様は上手に危機管理を実践なさっているということを感じました。つまり,全て自分ひとりで行うというのではなく,仲間同士の交流を大切にし,情報交換の重要性をよく認識し,客観的な判断を大切にしておられると言う点を強く感じました。
まさにこれがエアマンシップというものではないかと思います。
 操縦士協会は,今回皆様から頂いた改善要望等を「GA機の運航環境の改善」の取り組みに反映させて頂くとともに,今後ともシニアパイロットの方々とコミュニケーションを良くして,共に「安全で誰からも信頼され,愛される航空を実現する」という協会のビジョンを達成するために力を合わせてゆきたいと願っております。

以上