宇宙航空環境医学 Vol. 43, No. 1, 37-40, 2006

研究会報告

海外における加齢航空機乗組員の現況

福島 功二

防衛庁航空幕僚監部首席衛生官付衛生官(航空衛生)1等空佐

An Overview of the Limitations of Aged Pilots in Foreign Countries

Koji Fukushima

Technical Official of Ministry of Land, Infrastructure and Transportation
Surgeon General (Aeromedical affairs), Air Staff Office, Defense Agency


Assistant

 本邦における航空身体検査の加齢乗員制度を定めていく上で,国際線の乗務につくような第1種の航空身体検査証明については,海外における加齢航空機乗組員の航空身体検査の状況を充分に考慮する必要がある。今回の加齢乗員制度の改訂に先立ち,主要な欧米諸国における事業用定期運送パイロットの年齢制限について調査したので,その結果について概略を述べることとした。
なお,今回の調査目的が定期操縦者の加齢乗員制度の改正を考慮したものであったこと,また,各国とも調査の時点で加齢自家用操縦士の実態が詳細に調べられているわけではなかったことなどから,自家用操縦士については,割愛させていただく。 まず,国際的な民間航空団体において,乗員の年齢制限の制度はどのようになっているかを概観したい。ICAOにおいては,国際線に乗務するパイロットの機長について,明確な年齢制限を定め,60歳未満と規定している。
 その他の国際的な民間航空組織においては,ヨーロッパで38カ国が加盟するJAAで,65歳未満と定めている。一方,米国のFAAはICAOと同様,60歳未満と規定している。これらの2つの大きな組織を除いては,各国がさまざまな規定を定めているのが現状である。
ICAOの規定と異なる制度を定めている締約国は,ICAOに対し,相違通報を送付することになっている。乗員の年齢制限について,この相違通報を行っている国をまとめたのが表1である。この中には,オーストラリア,ブラジル,ドイツ,ニュージーランドのように,年齢制限を定めていない国がある。また,デンマーク,フィンランド,スウェーデン,イギリス等のJAAに加盟している欧州の国々以外でも,様々な国で,65歳未満としているところがある。その他の年齢制限を課している国々は,少数である。
実際に,60歳以上の加齢乗員が国際線の乗務につく場合には,乗り入れ国の承認が必要である。相手国の加齢乗員の乗り入れについて,これを認めるか否かについては,各国により対応が異なっている(表2)。条件なしで加齢機長を認める国,一定の条件を付して加齢機長を認める国,加齢機長を認めない国など様々である。
 今回加齢乗員の年齢制限の見直しに先立ち,当局担当者からの意見聴取を含む調査を行った。対象となった国々等は,65歳未満という年齢制限を付しているJAA,その加盟国であるオランダ,イギリス,フランスと,JAAやFAAの影響を受けていない国で,年齢制限を設けていないオーストラリア,ニュージーランドである。次にその概要を述べる。 ヨーロッパで38カ国が加盟するJAA (Joint Aviation Agency)においては,複数の操縦士が乗組む場合,そのうち操縦士の1名が60歳から64歳であることを認めている。
60歳以上の操縦士対し,わが国が行っているような付加的な身体検査等は,特に定められていない。ただし,身体検査上問題があるとみなされれば,指定航空身体検査医が必要に応じて検査を追加し,また,航空身体検査証明期間を短縮して,検査の頻度を増すこともできるとしている。
 一方で,JAAの特徴となるのは,ウエーバー制度を認めていないため,規則の一部に適合しないものを救済する手段がないという厳しい制度を採っている点である。これまでのところ,加齢乗員に関して,特にインキャパシテーションが報告されたことはなく,規則に定めた以外の医学的検査は必要ないという立場をとっている。
JAAに加盟するオランダでは,JAAの規定どおり65歳未満としており,加齢乗員に対して,特に付加検査は課していないが,必要に応じて航空身体検査証明の有効期間を制限し,検査の頻度を上げるという方法をとっている。実態としては,ほとんどのパイロットが60歳までに退職してしまうので,現在60歳より高齢のパイロットはいないようである。
同じくJAAに加盟するイギリスでも,65歳未満という制限であるが,実態としては,航空会社の定年制度により,60歳以上のパイロットはいないようである。
 フランスも,JAAに加盟しているが,オランダ,イギリスとは異なり,1990年代にそれまでなかった年齢制限を,60歳未満に引き下げている。その理由として,1992年に行われた国際フォーラムにおいて,アメリカ,フランスで行った調査により,パイロット1,000人あたり,病気で医学的に不適合になる率を求めた結果,図に示すような結果になり,60歳が限界であるという立場をとった。また,1993年の調査で,国民全体の癌と心臓病の死亡率が55歳以上で上昇すること,パイロットの医学的不適合のうち,循環器疾患が占める割合がフランスで35%,アメリカで50% であったことから循環器疾患のリスクが高まることを理由のひとつとしてあげている。
一方,JAAやFAAに加盟していないオーストラリアでは,年齢制限を設けていない。カンタス航空では,60歳の定年制度が判例により撤廃されたことにより,十数名の60歳以上のパイロットが活躍しているとの事であった。しかし,国際運航については相手国の了承を摂るのが困難なため,それほど積極的に活用されていないのが現状であるという。60歳以上のパイロットの航空身体検査では,それまで5年ごとに実施していた心血管系リスク評価を毎年行っている。
同様に,南半球のニュージーランドでも,年齢制限は設けておらず,12名の加齢乗員が活躍している。国際線ではmulti crewという制限がついているが,国内線ではこの制限は設けられていない。航空身体検査においても,60歳以上に義務付けられた付加検査等は定められていない。
 このように,操縦士の年齢については,明確に規定し制限する考えの国がある一方で,判例による年齢制限の撤廃といった形で,操縦士の年齢で区別しないという考え方を取り入れている国とがある。普遍的な事象である加齢という問題を,一般論として年齢で区切るのか,個人差を認めて個々に評価するのかという問題には,現在のところ明確な結論が得られていない。個人差という問題については,フランスなどでも健康な70歳もいることは認める発言があったのも事実である。一方で,65歳あるいは制限なしとしながら,60歳以上の操縦士が実際に働いているかという点については,退職年齢やパイロット養成数等の社会的な側面から,実状としては加齢乗員は少数である(JAA加盟国,オーストラリア,ニュージーランド)。言い換えると,医学的な問題と社会的な実情による制限が補完しあった形になっているといって良いかも知れない。
 これらの調査の過程で,各国の当局担当者から加齢に関する医学的問題として,指摘されたものとしては,循環器疾患,癌,心理的・知的変化,パフォーマンスの変化等であった。加齢に伴うパフォーマンスの低下については,シミュレーターが有効であるとの考えがあり,心理的・知的変化などを含めて,高次脳機能低下に対する関心は高かったが,頭部CT検査は,課さないという考え方が多数であった。ただし,負荷検査そのものについては,規則化しないまでも,何らかの評価が重要であることについては,おおむね考え方は一致していたようである。
 ICAOは,2003年12月に,各締約国に対し質問票を送付し,現在施行されている年齢制限などについて,調査を実施した。その中に,ICAOは,60歳未満としている現在の年齢制限を修正することを考慮していると,はっきりと記載されている。また,2003年12月開催のFlight Crew Licensing and Training Panelにおいても,60歳以上の操縦士に対する特権の制限に関する基準の見直しを検討課題に追加したという。
 上述したように,今後高齢化が進み,社会的に人を年齢で差別するということが問題視されるようになれば,おのずと加齢乗員の年齢制限の見直しは行われることになる。今回の調査によれば,60歳以上の加齢乗員に対し,付加的な検査を実施するという考え方は,現時点では一般的ではない。しかし,加齢乗員の就業を認めるのであれば,その際,何をもって航空安全を確保するかということについては,身体検査上,もしくは技能上,何らかの条件を付して選別するという形になることも十分考えられる。その意味で,高齢化の進む日本での取り組みは,国際的にも意義を持つものと考えられる。

表1. ICAO加盟国の相違通報
国名
年齢(上限)
乗務に際しての条件
アルゼンチン
なし
アルゼンチン国内のみ。
オーストラリア  
ベラルーシ  
ブラジル  
ドイツ ドイツ航空当局は航空会社に対し60歳以上の乗員を雇用しないように推奨。
ニュージーランド  
ロシア  
連邦 ウクライナ  
コロンビア
65歳未満
小型事業用機のみ。
デンマーク 複数の操縦士が乗務すること。
60歳以上の乗組員は1名に限る。
フィンランド
アイスランド
イスラエル
マルタ
ペルー 30席以上,および積載量3400kgを超える航空機を除く。
南アフリカ共和国 複数の操縦士が乗務すること。60歳以上の乗組員は1名に限る。
インキャパシテーション訓練を受けていること。
スーダン  
スウェーデン 複数の操縦士が乗務すること。
60歳以上の乗組員は1名に限る
イギリス
イラン
61歳未満
60歳から4カ月毎の健康診断。同乗の他の操縦士は60歳未満であること。
パナマ
62歳未満
 
スペイン
60歳未満
副操縦士も60歳に制限。
タイ
61歳未満
 

表2. 加齢航空機乗組員の受け入れ状況
加齢機長を認める国
条件なし
英国,スイス,オランダ,ベルギー,スウェーデン,スロバキア,ルクセンブルグ,ポーランド,リトアニア,韓国,台湾,インドネシア,ベトナム,マレーシア,タイ,ミクロネシア,チェコ
条件あり
貨物便のみ
フィリピン
個人毎の承認
ドイツ,オーストリア,デンマーク
加齢機長を認めない国
米国,香港,シンガポール,中国,フランス,イタリア
未回答
ロシア,エストニア,ラトビア,ベラルーシ,フィンランド,ブルネイ,ラオス,カンボジア,オーストラリア,パプアニューギニア


図. Air Franceにおける年齢別の医学的不適合数(1,000人当たりの発生数)