宇宙航空環境医学 Vol. 43, No. 1
研究会報告
わが国における加齢航空機乗組員の現況
三浦 靖彦
財団法人 航空医学研究センター研究・指導部 部長
Present Status and Problems of “Age 60 Rule” in Japan
Yasuhiro Miura
Japan Aeromedical Research Center・Director; Department of Research and Education
加齢乗員制度に関する経緯 (1)
わが国においては,先の高橋課長からの紹介にもあったように,昭和63年から航空機乗組員の年齢要件についての検討を開始し,医学適性面の検討及び技能面の検討を行った結果,平成3年5月「空乗第91号及び101号」により,無償運航に従事する操縦士及び無償・有償運航に従事する航空機関士について,一定の条件の下に「63歳未満」までの延長が行われた。
空航第391号,空乗第91号 平成3年5月14日
定期航空運送事業,不定期航空運送事業等の航空機乗員に関する基準
1 耐空証明において最小乗組員数が2名以上の場合
(1) 国際・国内有償運航に乗務する操縦士は60歳未満であること。
(2) 国際・国内無償運航の操縦士および国際・国内有償・無償運航の航空機関士については63歳未満とする。
2 耐空証明において最小乗組員数が1名
(1) 国際有償運航に乗務する操縦士は60歳未満
(2) 国内有償運航又は国際・国内無償運航に乗務する操縦士は63歳未満
ただし,他に当該運航に適した資格を有する操縦士が乗務すること。
3 60歳以上の航空機乗組員: 航空身体検査付加検査に合格していること。
航空身体検査付加検査項目
(1) 満60歳時の検査
肺機能検査
運動負荷心電図
脳波検査
頭部CT検査
色覚検査
(2) 60歳以後6か月毎の検査
血清脂質検査
安静時心電図
中距離視力
夜間視力
(3) 60歳以後1年毎の検査
心エコー検査
(財)航空医学研究センターで受検
加齢乗員制度に関する経緯 (2)
平成3年からの5年間の経験を踏まえ,平成8年には,操縦士についても有償運航に拡大,また,加齢乗員の枠を外国人にまで拡大するとの結論が得られ,平成8年9月24日「空乗186号,空航661号」によって具体化された。
Aviat Space Environ Med 73, 2002に平成12年までの集計が掲載されているので,ぜひ参照していただきたい。
ただしこの論文の中では,中途退職者の情報については検討されていない。
加齢乗員制度に関する経緯 (3)
平成12年には,その実績を背景に航空身体検査付加検査の内容及び受検資格,身体条件の見直しがなされ,平成14年「国空乗1650号」により,検査内容の見直し及び,従来受検資格がなかった航空身体検査証明を大臣判定により条件付で得ていた乗員についても受験が可能となった。
航空身体検査付加検査項目
( )は平成14年の変更
(1) 満60歳時の検査
肺機能検査
トレッドミル負荷心電図
脳波検査
頭部X線CT検査
色覚検査
(2) 60歳以後6か月毎の検査
血清脂質検査
安静時心電図
(中距離視力)
航空身体検査に取り込み
(3) 60歳以後1年毎の検査
(財) 航空医学研究センターで受検
2004年10月末までに合計467名が加齢乗員としてエントリーした。
総飛行時間(−2004.11.08) 合計363,538時間,
一人平均959±545時間,
この間,加齢乗員の医学適正が問題となった航空機事故は起きていない。
付加検査不合格理由についての集計
初回検査不合格 16
負荷心電図,Tlシンチグラム陽性 4
完全右脚ブロック 2
脳波異常 2
頭部CTで脳梗塞疑,MRIで否定できず 6
呼吸機能 1 (肺腫瘍術後)
心エコー 1 (AR/MR━II度)
経過中不合格 5
負荷心電図,Tlシンチグラム陽性 1
心室性期外収縮の多発 3
心房細動 1
(いわゆる突発性機能喪失になり得る不整脈)
医学センターで把握できない事項に関しても調査が必要との判断から,以下の検討が行われた。
1: 加齢乗員制度にエントリーしたが,63歳を迎える以前に退職したパイロット37名(未了群)に対して退職理由等につき郵送法でアンケート調査を行なった。
回答率: 81.8%
医学的理由13名 (48%)
不整脈2 心筋梗塞1 完全右脚ブロック1
心電図異常1(再検査で異常なし)
癌2 眼底出血1 めまい1 耳鳴り1
睡眠時無呼吸症候群の疑1 腰痛1
運動で負傷1
その他の退職理由14名 (52%)
会社都合4 処遇に不満2
モチベーションが衰えた2
管理職で仕事過多1 交通事故1 その他4
2: 前述の未了群に加え,加齢乗員制度にエントリーし,2002年12月末日までに63歳を迎え,任期満了となった106名(満了群)に対しても,郵送法でアンケート調査を行なった。
回答率: 満了群88.5% 未了群81.8%
アンケート結果より,加齢制度の年齢上限として65歳以上でも可能と回答した者が過半数であった。
満了群64%: 未了群51%
満了群; 国際線乗務者42%: 国内線乗務者84%
国内線乗務者は年齢上限を高く回答する傾向が見られた。
飛行に関するパフォーマンスの低下を訴えたのは20% 以下であった。ただし,個別に回答を精査してみると,パフォーマンスの低下を自覚していた人においては,年齢の上限も低く回答していた。
自由記述欄では,加齢による能力低下には個人差が大きいこと及び能力低下の防止には飛行業務に対するモチベーションの維持が重要であるという意見が多かった。
平成14年より更に年齢制限の延長の可否についての委員会が開催された。
平成16年8月25日 国空航第483号,国空乗第185号 65歳まで延長
(1) 満60歳時,63歳時の検査
肺機能検査
心エコー検査
トレッドミル負荷心電図
ホルター心電図検査(新設)
頭部X線MRI検査 CT検査から変更
(脳波検査) 廃止
(色覚検査) 廃止
(2) 60歳以後6か月毎の検査
問診(63歳時のみ医学センターで受検)
安静時心電図
(3) 60歳以後1年毎の検査
血清脂質検査
上記検査に加え,日常の健康管理状況を把握するための問診表及び健康管理医からの医療情報提供書の提出も追加された。
同時開催の技術委員会からも提言がなされた。
まとめ
1. わが国の加齢乗員制度は,航空会社健康管理部門による厳格な管理を基盤とし,航空身体検査付加検査の厳格な実施及び乗員の自覚等により,健全に機能しているものと思われる。
2. 制度は,過去の実績を踏まえつつ,改正されてきている。
3. 63歳以上の乗員が飛行を開始するため,従来以上に厳格なモニターが必要と考えられる。