宇宙航空環境医学 Vol. 43, No. 1, 29-31, 2006

研究会報告

加齢航空機乗組員制度について

高橋 和弘

国土交通省航空局技術部乗員課 課長

Age 60 Rule in Japan

Kazuhiro Takahashi

Ministry of Land, Infrastructure and Transport Civil Aviation Burean, Engineering Department Director of Personal Licensing Division


はじめに

 本日は「加齢航空機乗組員制度について」以下の5つの枠組みから概説する。
・国際標準
・これまでの我が国の要件・実績
・諸外国の要件・実績
・年齢要件の改正(65歳未満に拡大)
・その他


1. 国際標準について
 国際民間航空条約(シカゴ条約)第1附属書(航空従事者の免許)によると,航空運送事業の用に供する航空機に乗務するパイロットについては60歳未満と規定されている (機長: 標準,副操縦士: 勧告)。 わが国においても,これを準拠してきたが,昭和60年ごろより,加齢航空機乗組員の活用について本格的に議論が始まった。これは,
・航空需要の増加
・パイロットの安定的確保の必要性
・医学の進歩
・平均余命の増加 を大きな理由とするものであった。
そこで,60歳以上の航空機乗組員(加齢航空機乗組員)の適切な活用ができないか? について,本格的に議論する運びとなった。


2. これまでの我が国の要件・実績

 航空機乗組員の加齢と医学適性に関する研究 

   加齢航空機乗組員の乗務の可否について医学的検討を実施(昭和63〜平成元年度,航空医学研究センター)。
結論: 航空身体検査基準・マニュアルに適合し,かつ付加検査による補填がなされるならば,医学的見地からは60歳を超えて3カ年位まで乗務することが可能と思われる。
  更に,加齢と技能の観点についても検討を実施
(平成2年度,航空振興財団)
以上の委員会の結果を受けて,加齢航空機乗組員を乗務させる場合の医学的基準が設定された。
  付加検査に適合することを条件に63歳未満まで無償運航における乗務を許容(平成3年度)


空航第391号,空乗第91号 平成3年5月14日

 定期航空運送事業,不定期航空運送事業等の航空機乗員に関する基準

1. 耐空証明において最小乗組員数が2名以上の場合
  (1) 国際・国内有償運航に乗務する操縦士は60歳未満であること 国際・国内無償運航の操縦士および国際・国内有償・無償運航の航空機関士 63歳未満
2. 耐空証明において最小乗組員数が1名
  (1) 国際有償運航に乗務する操縦士 60歳未満
  (2) 国内有償運航又は国際・国内無償運航に乗務する操縦士 63歳未満 ただし,他に当該運航に適した資格を有する操縦士
3. 60歳以上の航空機乗組員: 航空身体検査付加検査を(財) 航空医学研究センターで受検することを条件とする。


航空身体検査付加検査項目
(1) 満60歳時の検査 肺機能検査 トレッドミル負荷心電図 脳波検査 頭部X線CT検査 色覚検査
(2) 60歳以後6か月毎の検査 血清脂質検査 安静時心電図 中距離視力 夜間視力
(3) 60歳以後1年毎の検査 心エコー検査
 平成8年度には,乗務の範囲を有償運航にも拡大した。
我が国加齢航空機乗組員の現状
・平成3年以降,加齢航空機乗組員として乗務した者: 累計 約430名(平成15年12月現在)
・加齢航空機乗組員として現在乗務している者: 約109名(平成15年12月末時点)
 
3. 諸外国における要件・現状
 諸外国における航空機乗組員の年齢要件と実績を表1に示す。

表1. 諸外国における航空機乗組員の年齢要件と現状
国名 要件 実績
米国
英国
仏国
オランダ
オーストラリア
ニュージーランド

60歳未満
65歳未満
60歳未満
65歳未満
年齢制限なし
年齢制限なし


ほとんどなし

ほとんどなし
10数名
12名
(注) 各国ともわが国の付加検査のような追加の医学的条件はない。
加齢航空機乗組員の医学適性に関する調査」報告書(平成16年3月)より


4. 加齢航空機乗組員の年齢要件の改正について
 今後の乗員需要の増加および機長の大量退職を控え,航空機乗組員の更なる有効活用が必要となった。(表2) 操縦士の供給予測: 2007年度以降,団塊世代の大量退職と航空需要の増大と併せて400〜500人/年の操縦士確保が必要となるものと予測される。(表3)

表2. 操縦士及び訓練生の年齢構成(主要航空会社15社)

表3. 需要予測に基づく操縦士数と,要補充操縦士数
 
※ 需要予測に基づく要補充操縦士: 今後の需要増大に対応しなければならない操縦士。
※ 操縦士の退職者見込: 主要15社の年齢別操縦士数を基に,今後の退職者数を予測。
※ 本表はあくまでも年齢構成等に基づく試算ベース(イメージ)。
※ 操縦士: 機長+副操縦士+機関士 (訓練生は含まない)。
 
年齢要件の見直しの検討

65歳未満までの延長の可否に関して
   医学適性の確認方法についての検討 (平成14〜15年,航空医学研究センター)
   年齢が技能面に及ぼす影響についての検討
(平成15年〜16年,航空輸送技術研究センター)
結論: 適切な付加検査,訓練等の実施により65歳未満までの延長可能との結論が得られた。

 
改正の概要
   年齢制限を63歳から65歳未満に延長
   付加検査について,60歳時の検査に加え63歳時にも詳細な検査を実施(表4)
  63歳以上の航空機乗組員に対して,定期訓練時に付加的な訓練を実施
最新の医学的知見等を基に付加検査の実施項目を改正(心疾患,循環器疾患,器質性脳疾患及び脳機能障害などの検査の充実)
 
表4. 改正後の航空身体付加検査項目
付加検査項目 実施時期
医師問診
呼吸機能検査
血清脂質検査
安静時心電図
ホルター心電図
トレッドミル負荷心電図
心エコー検査
頭部MRI検査

60歳時,63歳時,6ケ月毎
60歳時
60歳時,63歳時,1年毎
60歳時,63歳時,6ケ月毎
60歳時,63歳時
60歳時,63歳時
60歳時
60歳時,63歳時,6ケ月毎


5. その他
    シカゴ条約第1附属書の年齢上限要件の見直し(ICAOでも60歳の年齢制限の見直しを検討中) 
  世界の最先端を行く我が国の加齢航空機乗組員の運航実績は世界的にも注目されている。
  付加検査結果の常時モニター,データの継続的・一元的管理の必要性がある。
  その結果を,今後の医学適性面の検証,検査内容の改善のための基礎とすべきである。