宇宙航空環境医学 Vol. 43, No. 1

原著

水中歩行時の酸素摂取量から予測した1単位: 80 kcalに相当する運動時間

小野くみ子1,西村 一樹1,小野寺 昇2

1川崎医療福祉大学大学院医療技術学研究科健康科学専攻
2川崎医療福祉大学医療技術学部健康体育学科

Exercise Timeduring Walkingin Water Equivalent to One-Unit Energy(80 kcal) Expenditure from Oxygen Uptake

Kumiko Ono1, Kazuki Nishimura1, Sho Onodera2

1Graduate School of Health Science , Kawasaki University of Medical Welfare
2Department of Health and Sports Sciences, Kawasaki University of Medical Welfare

ABSTRACT
 The Japanese Ministry of Health, Labor and Welfare has reported that approximately 7.4 million Japanese ar ediabetic(2002). The number of diabetic patients is increasing in Japan. Moreover, diabetes could be one of the most serious health issues for Japanese society, if the health care cost in diabetesincreases. Epidemiological studies strongly support the efficacy of endurance exercise training for health improvement of those with diabetes. Especially, underwater exercise, which reduces the load on variousjoints and maintains the renal blood flow, may be effective as a countermeasure for diabetic patients. The purpose of this study was to create an one-unit(80 kcal) exercise chart called as “kumisheet”, which can set up quantities of exercise easily, and to develop an optimal exercise prescription for walking in water, either with or with out using treadmill by using this chart. The duration of exercise, which one-unit energy was expended, during treadmill walking in water with the depth at approximately Trochanter major level was measured. The mean duration was 41'39" and 39'44", 33'39" and 31'56", and 33'22" and 24'56" in young a dult and elderly subjects, respectively, when the work intensity was 1,2, and 3km/h. The tim erequired to expend one-unit energy during free walking in the pool at 1, 2, and 3km/h was 32'14", 18'58" , and 8'33" in young subjects, respectively, suggesting that the physiological work intensity during the free pool walking was greater than that during treadmill walking at a given speed. Further, it was indicated that the physiological work intensity at a given speed was greater in elderly than young subjects, may be due to the lowered adjustment of blood vessel to pressure and/or temperature of water. Further, the importance of free walking in water was suggested, since the rate of increase in oxygen consumption was greater than during treadmill walking with unknown reason. It is expected that continuous underwater exercise training could be beneficial for prevention and improvement of diabetes.
 
(Received: 9 February, 2006 Accepted : 20 April, 2006)
 
Key words :Treadmill, Walking Water, Pool Walking, Diabetes Mellitus, One-Unit(80 kcal)

I. はじめに
 
平成14年11月実施の厚生労働省糖尿病実態調査14) は,日本人の約740万人が糖尿病に罹患している可能性を報告した。わが国の糖尿病罹患者数は,前回平成9年調査では690万人,推計によると平成22年には1080万人に増加するとされ,それに伴う医療費の増大14) を視野に入れると糖尿病罹患者のための運動処方策定は社会的に注目すべき大きな課題である。
  糖尿病治療の3本柱は,食事療法,薬物療法,運動療法である12,19) 。糖尿病患者は,肥満を伴っていることが多い14) 。運動を行う際に負荷体重が軽減する水中運動は,糖尿病患者にとって,変形性関節症および過用による下肢の疼痛などの2次障害の予防となる。陸上運動中の腎血流量は,運動強度が高くなるに従って減少するが,水中運動においては腎血流量が保たれることが報告されている13,28,29,30) 。水中運動は,運動強度を高めた場合に生じる腎症などの合併症を予防するものと考えられる。水中運動療法は,糖尿病改善に効果的である事実が多数報告されている4,8,10,11) 。このことから,糖尿病の運動療法として汎用性を持った水中運動の運動処方を確立していくことは,社会的に大きく寄与するものと考える。
 食事療法で用いられている食品交換表18) は80 kcalを1単位として表し,食品とエネルギーの交換を簡単に行うことができるようになっている。ごはん茶碗半杯(55 g),1個の卵(50 g),白身魚1切れ(80 g)など,常に使用する目安量を平均すると80 kcalになることから,80 kcalの熱量を含む食品の重量を1単位と定めている33) 。糖尿病罹患者の食事は,80 kcal: 1単位を目安にするよう食品交換表に示されている。この単位換算を運動療法に適応させ,食品交換表と互換性を持った運動量を設定することができるならば,対象者は運動量の指標として活用できるものと考える。
 今回は,食事療法で用いられている80 kcalを1単位とした単位換算18) を運動療法に適応させ,簡単に運動量を設定することができる「1単位運動早見表: 組シート」を作成するために3つの実験を行った。実験1においては,水中歩行における基礎的データを得ることを目的に,若年成人男性を対象として水中トレッドミル歩行時の1単位のエネルギー消費相当の運動時間を算出した。実験2においては,若年者と比較して糖尿病の有病率の高い中高年者のデータを得ることを目的に,中高年女性を対象として同様に水中トレッドミル歩行時の1単位のエネルギー消費相当の運動時間を算出した。実験3においては,一度に多くの対象者が利用できるスイミングプールにおける水中歩行のデータを得ることを目的に,スイミングプール歩行時の1単位のエネルギー消費相当の運動時間を算出した。
 
II. 方法
A. 実験1
1. 被験者

 被験者は,成人男性10名であった。被験者は,年齢22.6±1.1歳,身長171.6±5.4 cm,体重67.7±8.4 kg,体脂肪率19.2±4.7% であった。全ての被験者には本研究の目的,危険性,得られる成果を十分に説明し,実験に参加することの同意を得た。
 
2. プロトコール
 被験者は,水着を着用し,陸上にて立位安静を5分間とった。その後,水中トレッドミル(アクアトレーナー,YAMAHA)に移動し,水中にて立位安静を5分間とった。続いて,水中トレッドミル歩行を15分間行った。時速は1, 2, 3, 4, 5 km/hを設定した。水位は大転子に設定した。静止水とした。
 
3. 測定項目
 測定項目は心拍数(以下HRと略す),酸素摂取量(以下O2 と略す)とした。HRは,水中用心電計(AU-1010,FUKUDA電子)を用いて経時的に表示し,1分毎に記録した。採気は,ダグラスバッグ法を用いた。陸上安静時5分間,水中安静時5分間,水中トレッドミル歩行時3分〜5分,8分〜10分,13分〜15分のそれぞれ2分間,計5回呼気ガスを採気した。その後,質量分析装置(WSMR-1400,ウエストロン)にて採気ガスの酸素と二酸化炭素の濃度を測定した。ガス量とガス温は,乾式ガスメーター(DC-5,SHINAGAWASEIKI)にて測定した。これらの資料から,O2 を算出した。1単位相当のエネルギー消費の所要時間を算出した。酸素1 l 当たりに消費されるエネルギーは約5 kcalである32,35) ことから,以下の式を用いた。
y=(80÷5)/x
 x: 各歩速における酸素摂取量(l/min)
 y : 1単位相当エネルギー消費時間(min)
 測定時の室温は26.8±0.4℃,湿度は76.7±1.1%,水温は30.3±0.2℃であった。
 
B. 実験2
1. 被験者

 被験者は,成人女性8名(年齢61.8±4.3歳,身長152.4±3.9 cm,体重60.0±4.9 kg,体脂肪率34.1±2.8%)であった。全ての被験者に本研究の目的,危険性,得られる成果を十分に説明し,実験に参加することの同意を得た。
 
2. プロトコール
 被験者は,水着を着用し,陸上にて立位安静を5分間とった。その後,水中トレッドミル(アクアトレーナー,YAMAHA)に移動し,水中にて立位安静を5分間とった。続いて,水中トレッドミル歩行を1 km/hにて7分間,2 km/hにて7分間,3 km/hにて7分間(計21分間)の漸増負荷を設定した。水位は大転子に設定した。静止水とした。
 
3. 測定項目
 測定項目はHR,O2 とした。HRは水中用心電計を用いて経時的に表示し,1分毎に記録した。採気はダグラスバッグ法を用いた。陸上安静時5分間,水中安静時5分間,水中トレッドミル歩行時5分〜7分,12分〜14分,19分〜21分のそれぞれ2分間,計5回呼気ガスを採気した。得られた値から酸素摂取量および1単位(= 80 kcal)のエネルギー消費に相当する運動時間を実験1と同様にして算出した。 測定時の室温は27.5±1.0℃,湿度は76.0±1.5%,水温は30.4±0.1℃であった。
 
C. 実験3
1. 被験者

  被験者は,成人男性6名であった。被験者は,年齢22.7±0.7歳,身長170.3±5.4 cm,体重71.2±7.9 kg,体脂肪率26.3±3.7% であった。全ての被験者には本研究の目的,危険性,得られる成果を十分に説明し,実験に参加することの同意を得た。
 
2. プロトコール
 被験者は,水着を着用し,陸上にて立位安静を5分間とった。その後,スイミングプールに移動し,水中にて立位安静を5分間とった。続いて,水中歩行を10分間行った。歩行速度は1, 2, 3 km/hを設定した。水位は腰部に設定した。歩行は,1 km/hのとき25 bpm,2 km/hのとき50 bpm,3 km/hのとき75 bpmのメトロノームの音にあわせ,2/3 mごとにひいたテープの上を踏みながら行った。
 
3. 測定項目
 測定項目はHR,O2 とした。HRは水中用心電計を用いて経時的に表示し,1分毎に記録した。採気はダグラスバッグ法を用いた。陸上安静時5分間,水中安静時5分間,水中歩行時1分〜2分,3分〜4分,5分〜6分,7分〜8分,9分〜10分のそれぞれ1分間,計7回呼気ガスを採気した。得られた値から酸素摂取量および1単位(=80 kcal)のエネルギー消費に相当する運動時間を実験1と同様にして算出した。
 測定時の室温は25.3±1.4℃,湿度は71.6±4.8%,水温は29.7±0.7℃であった。
 
D. 統計処理
 測定結果は,すべて平均値±標準偏差で示した。各群間の差に対し,対応ありの 検定を用いて検定を行った。各群間の経時的変化に対し,反復測定分散分析法を用いて検定を行い,有意差の認められたものについてはPosthocテストFisherのPLSDを行った。いずれも有意水準は5% 未満とした。
 
III. 結果 A.
実験1
1. 心拍数(Fig. 1:in the left)

 HRは,すべての速度において陸上安静時(72.17±8.64 bpm)と比較し,水中安静時(64.33±8.18 bpm)において有意に低値を示した(p <0.01)。採気時平均HRは1 km/hのとき63.25±7.06 bpm,2 km/hのとき67.08±7.99 bpm,3 km/hのとき 76.93±8.57 bpmであった。1 km/hと2 km/hの運動時HRの経時的変化に有意差は認められなかった。3 km/hの運動時HRは,1 km/hと比較して有意に高値を示した(p <0.01)。3 km/hの運動時HRは,2 km/hと比較して有意に高値を示した(p <0.05)。
 
2. 酸素摂取量(Fig. 1: in the middle and right)
 O2 は,陸上安静時(0.27±0.03 l/min)および水中安静時(0.27±0.02 l/min)において有意差は認められなかった。それぞれの速度におけるO2 は,1 km/hのとき0.39±0.04 l/min,2 km/hのとき?0.49?±0.07 l/min,3 km/hのとき0.67±0.12 l/minであった。速度が増加するに従い,O2 は有意に増加した(すべてp <0.01)。
 
3. 1単位(=80 kcal)エネルギー消費相当運動時間(Table 1:in the top)
  得られたO2 から1単位(= 80 kcal)エネルギー消費に相当する運動時間を算出した。1 km/hのとき41.66±4.57分(41分39秒),2 km/hのとき33.37±4.59分(33分22秒),3 km/hのとき24.86±5.23分(24分51秒)であった。
Fig. 1. Change of heart rate and oxygen uptake in young people during treadmill walking in water(All values are Mean±S.D.) ○: 1 km/h ●: 2 km/h □: 3 km/h * :p <0.05, **:p <0.01
Fig. 2.
Change of heart rate and oxygen uptake in elderly people during treadmill walking in water(All values are Mean±S.D.) ○: 1 km/h ●: 2 km/h □: 3 km/h ** :p <0.01


B. 実験2
1. 心拍数(Fig. 2: in the left)

 HRは,すべての速度において陸上安静時(81.15±10.38 bpm)と比較し,水中安静時(76.17±9.32 bpm)において有意に低値を示した(p <0.01)。採気時平均HRは,1 km/hのとき83.79±13.52 bpm,2 km/hのとき87.50±12.29 bpm,3 km/hのとき96.67±12.63 bpmであった。運動中は速度が増加するに従い,HRも有意に上昇した(すべてp <0.01)。
 
2. 酸素摂取量(Fig. 2 : in the middle and right)
 O2 は,陸上安静時(0.23±0.03 l/min)および水中安静時(0.22±0.04 l/min)において有意差は認められなかった。それぞれ速度におけるO2 は,1 km/hのとき0.42±0.07 l/min,2 km/hのとき0.51±0.07 l/min,3 km/hのとき0.66±0.11 l/minであった。速度が増加するに従い,O2 も有意に増加した(すべてp <0.01)。
 
3. 1単位(=80 kcal)エネルギー消費相当運動時間(Table1 : in the middle)
 得られたO2 から1単位(= 80 kcal)のエネルギー消費に相当する運動時間を算出した。1 km/hのとき39.73±6.54分(39分44秒),2 km/hのとき31.94±4.49分(31分56秒),3 km/hのとき24.93±4.18分(24分56秒)であった。
 
C. 実験3
1. 心拍数(Fig. 3 : intheleft)

 HRは,すべての速度において陸上安静時(75.99±11.96 bpm)と比較し,水中安静時(63.51±11.34 bpm)において有意に低値を示した。採気時平均HRは,1 km/hのとき72.63±9.49 bpm,2 km/hのとき83.48±11.49 bpm,3 km/hのとき127.72±15.64 bpmであった。1 km/hと2 km/hの運動時HRの経時的変化に有意差は認められなかった。3 km/hの運動時HRは,1 km/hおよび2 km/hと比較して有意に高値を示した(それぞれp <0.01)。
 
2. 酸素摂取量(Fig. 2 : inthemiddleandright)
  O2 は,陸上安静時(0.27±0.05 l/min)および水中安静時(0.29±0.03 l/min)において,有意な差は認められなかった。それぞれの速度におけるO2 は,1 km/hのとき0.51±0.08 l/min,2 km/hのとき0.85±0.05 l/min,3 km/hのとき1.90±0.14 l/minであった。速度が増加するに従い,O2 も有意に増加した(すべてp <0.01)。
 
3. 1単位(=80 kcal)エネルギー消費相当運動時間(Table 1 : inthebottom)
 得られたO2 から1単位(=80 kcal)のエネルギー消費に相当する運動時間を算出した。1 km/hのとき32.24±3.82分(32分14秒),2 km/hのとき18.96±0.92分(18分58秒),3 km/hのとき,8.55±0.57分(8分33秒)であった。
 
D. 実験1と実験2の比較
 陸上安静時および水中安静時の平均HRは若年成人と比較して有意に中高年者が高値を示した(それぞれp <0.01)。水中トレッドミル歩行時の採気時平均HRは,1, 2, 3 km/hすべてにおいて若年成人と比較して中高年者が有意に高値を示した(すべてp <0.01)。O2 は,絶対値で検討した結果,同速度において年齢層の違いにおける有意差は認められなかった。このことから,絶対値O2 から算出している1単位(= 80 kcal)のエネルギー消費に相当する運動時間における年齢層の違いによる大差はなく,同速度における運動時間は同程度を設定する結果となった。一方,体重で除した相対値O2 で検討した結果(Fig 2: intheright),歩速1 km/hおよび2 km/hのとき,若年成人は中高年者と比較し有意に低値を示した(それぞれp <0.05,p <0.01)。歩速3 km/hのとき,年齢層の違いに有意な差は認められなかった。体重は若年成人(67.69±8.40 kg)と比較し,中高年者(59.97±6.07 kg)が有意に軽かった(p <0.05)。
 
E. 実験1と実験3の比較
 O2 は,同速度において,水中トレッドミルと比較し,プール歩行が高値を示した。このことから,1単位(= 80 kcal)のエネルギー消費に相当する運動時間において,水中トレッドミル歩行と比較し,プール歩行が短時間であることが示された。
 
IV. 考察
A. 実験1

 水中安静時の心拍数は,陸上安静時と比較して有意に低値を示した。浸水に伴い,水圧の影響から静脈還流が促進1,21,31) し,心臓に流入する静脈血量が増加すると1回拍出量も増加する20,31) ことが明らかになっている。静脈還流が促進し,水中安静時の心拍数が低下したものと考えられる。
 運動時の心拍数および酸素摂取量は,陸上トレッドミル歩行時5) と同様に,歩行速度が増加するに従い有意に増加した。歩行速度に依存してエネルギー代謝が増加することから,今回設定した歩行速度を用いることで水中トレッドミル歩行においても,陸上歩行と同様に,運動強度を設定できるものと考えられる。また,水位大転子のとき4 km/hの水中トレッドミル歩行において歩行したときのエネルギー消費量は同速度の陸上トレッドミル歩行と同程度のエネルギー消費量を示す24) 。このことから,陸上運動との比較ができ,水中における特性を生かした水中トレッドミルにおける運動処方を行うことが可能となると考えられる。
 得られた酸素摂取量から,様々な歩行速度における1単位(=80 kcal)エネルギーを消費する時間が簡便に把握できるものと考えられる。糖尿病患者が運動を行う際の目安として活用できるものと考える。
 水位を大転子に設定することによって水中における負荷体重を陸上体重の約50% に軽減23) することが可能である。糖尿病患者は,約60% が肥満症を伴っている14) 。このことを考慮すると,陸上と比較して関節への負荷体重を多段階に調節できる水中運動23) は,糖尿病患者に対する運動処方として適切であると考える。
 
B. 実験2
 心拍数は,実験1と同様に陸上安静時に比較して水中安静時が有意に低値を示した。このことから,中高年者においても大転子水位の環境下で下肢が水圧の影響を受け,静脈還流が促進した1,21,31) 可能性が示唆された。
 運動時の心拍数および酸素摂取量は,陸上トレッドミル歩行時16,17) と同様に,運動速度が増加するに従い有意に増加した。このことは,中高年者においても今回設定した歩行速度を用いることで水中トレッドミル歩行においても,陸上歩行と同様に,運動強度を設定できることを示唆する。
 3km/hのときの1単位消費時間約25分のエネルギー代謝量は0.66 l/minであった。この運動強度は,被験者の推定HRmaxから換算して,O2 maxの約60% と予測される2) 。アメリカスポーツ医学会(以下ACSMと略す)では,糖尿病の運動処方として,運動強度は軽度〜中等度,持続時間は20〜60分間の運動を推奨している9) 。このことは,今回得られた指標を用いて簡単に運動量の目安とすることができるだけでなく,ACSMで推奨されている運動強度に対応した運動時間として,組シートが使用しやすい指標であることを示唆するものと考える。

Table 1
Velocity (km/h)
1
2
3
youngonthetreadmill
in water(min)
41.6±4.6
33.4±4.6
24.9±5.2
elderlyonthetreadmill
in water(min)
39.7±6.5
31.9±4.5
24.9±4.2
younginthepool(min)
32.2±3.8
19.0±0.9
8.6±0.6
Fig. 3. Change of heart rate and oxygen uptake in young people during walking in pool(All values are Mean±S.D.) ○: 1 km/h : 2 km/h □: 3 km/h ** :p <0.01


C. 実験3
 心拍数および酸素摂取量は,歩速の増加ともに指数関数的な増加を示した。これらのことは,静止水の中を移動するプール歩行が,体表面積に依存した抵抗が負荷される27) ため,歩速の増加とともに指数関数的に運動強度が増加していることを示す。したがって,スイミングプールの水中歩行は,水中トレッドミル歩行に比べ高い運動強度設定が可能であることを示唆する。
 今回の測定において,メトロノームを用いて歩幅を2/3 mと規定することによって歩行速度を一定に保った。このような形式で歩行を行うことで,歩調が整う7) ことから,実際の運動場面においては曲の拍子を運動強度設定の指標として活用することも可能であろう7) 。歩行中の滑りを防ぎ,歩調を合わせるために水中歩行用のアクアシューズの活用も提案できる。温水プール施設を用いることによって,同時に多くの対象者が水中歩行を行うことができ,効率よく糖尿病改善のための運動処方を行うことができるものと考える。
 
D. 実験1と実験2の比較
 水中においてヒトは水の物理的特性の影響を大きく受けることがすでに明らかになっている。水中における動作は,水の粘性抵抗に依存し,エネルギー消費量が変化することが明らかになっている27) 。水中歩行は,前に進む身体の体表面積と水の抵抗がエネルギー消費量を決定する大きな要因となり,性差はこれらの要因より小さいものと考えられる。
 中高年者は若年成人と比較して安静時心拍数が高いこと,水中安静時の心拍数低下率が低いこと,そして運動時の心拍数上昇率が高いことが明らかになった。通常,浸水に伴い,静脈還流が促進1,21,31) し,安静時心拍数は低下する。若年者の応答とは異なる背景として,中高年者の水圧,水温などに対する血管反応の低下が起因するものと考えられる15,26) 。これらのことから,浸水時の静脈還流促進が若年成人と比較して促進率が低い可能性が示唆された。
 
E. 実験1と実験3の比較
 水中トレッドミル歩行およびプール歩行することは,粘性抵抗の影響を受け,生理学的指標を有意に変化させる。先行研究25) は,水中トレッドミル歩行における水深の違いが0.9〜1.1 mでは有意な差を示さないことを明らかにしている。
 水中トレッドミル歩行とプール歩行間で同速度の歩行にも関わらず心拍数および酸素摂取量に有意な差が認められた。このことは,水中トレッドミル歩行が静止水中においてベルトに合わせ下肢を運動させる形式6,34) であることに対し,プール歩行は静止水中で全身を移動させる形式34) であることが関係していると考えられる。これらのことから,静止水中において全身を前進させるプール歩行において,エネルギー消費に関し,前進力が大きな影響を及ぼしていると考えられる。
 プール歩行時の酸素摂取量は,水中トレッドミル歩行と比較し,有意に増大する22) 。これらのことから,温水プールを用いての運動処方では,歩速は前方体表面積を考慮して設定すべきであることが示唆された。
 先行研究3) から算出すると,6.4 km/hの陸上歩行時1単位を消費する時間は約17分40秒,8 km/hの陸上ジョギング時1単位を消費する時間は約10分である。これらは,それぞれ2 km/hおよび3 km/hのプール歩行に相当する。これらのことから,陸上歩行と比較してさらに明確に水中環境の利点を生かした運動処方が可能であると考えられる。
 
V. まとめ
 水中トレッドミル歩行およびプール歩行時の1単位: 80 kcalのエネルギー消費相当の運動時間を算出し,「1単位運動早見表: 組シート」を作成した。次のことが留意点として明らかになった。
1. 糖尿病患者が食事療法で用いている食品交換表と同様の指標である「1単位=80 kcal」の単位換算を用いることで,簡便に摂取カロリーに対応した運動量を設定することができることが明らかになった。
2. 糖尿病患者に対する運動処方において,水中トレッドミル歩行やプール歩行などの水中歩行は,下肢関節にかかる負荷体重の軽減および腎症などの合併症予防の観点から有効であると考えられた。
3. 今回設定した歩行速度において,陸上運動と同様に水中トレッドミルにおいても歩行速度を設定して運動できることが明らかとなった。
4. 若年成人と中高年者における水中トレッドミル歩行時の1単位消費相当の運動時間は同程度であったことから,若年成人の指標を中高年者に応用することができると考えられた。しかしながら,中高年者は,若年成人と比較して有酸素能力の低下が認められ,水中環境における血管反応も低下していることから,今回のデータより少なめの時間設定が望ましいと考えられた。
5. スイミングプールを用いた水中歩行は施設が多く存在することから行いやすいが,対象者の前方体表面積を考慮した運動速度をすることが望ましいと考えられた。

「1単位運動早見表: 組シート」を活用することによって,糖尿病患者に対する運動処方が適切に行われるものと考えられる。また,水中歩行は水中における負荷体重を軽減することができることから,本研究の成果は宇宙から帰還した宇宙飛行士への運動処方にも応用することが可能である。
 
謝辞
本研究に対してご協力,ご助言頂きました川崎医療福祉大学医療技術学部助教授MichaelJ.Kremenik氏に感謝申し上げます。
 
文 献

1) 阿岸祐幸,井出 肇,浅沼義英,藤屋秀一: 水中運動の生理と臨床応用.総合リハビリテーション,12, 517-523, 1984.
2) 朝比奈一男監訳: X章からだのディメンションと筋作業.オストランド運動生理学,Per-OlofÅstrand,KaareRodahl編,初版,大修館書店,東京,236-253, 1976.
3) Barbara E. Ainsworth, William L. Haskell, Arthur S. Leon, David R. Jacobs, Jr., Henry J. Montoye, James F. Sallisand Ralph S.Paffenbarger,Jr .: Compendium of physical activities. classifiation of energy costs of human physical activities. Med. Sci. Sports Exercise, 25, 71-80, 1993.
4) Chong, P. K., Jung, R. T., Rennie, M. J. andScrimgeur, C.M. : Energy expenditure in lean and obese diabetic patients using the doubly labeled water method. Diabet. Med., 10, 729-735, 1993.
5) 遠藤慎理,小林恒三郎: 水中歩行時の酸素摂取量について―水中トレッドミルを用いて―.東北理学療法学,(8), 76-77, 1996.
6) Gleim, G. W. andNicholas, J. A. : Metabolic costs and heart rate responses to treadmill walking in water at different depths and temperatures. Amer. J. SportsMed., 17, 248- 252, 1989.
7) 星島葉子,小野寺昇,宮地元彦,宮川 健,西村正広,山元健太,山口英峰: 水中運動における曲の拍子が心拍数と酸素摂取量に及ぼす影響.水泳水中運動科学,(3), 1-6, 2000.
8) Hu, F.B., Sigal, R. J., Rich-Edwards, J. W. etal : Walking compared with vigorous physical activity and risk of type 2 diabetes in women: a prospective study. JAMA, 282, 1433-1439, 1999.
9) 藤本繁夫,藤井達夫,宮側敏明訳: 第10章運動処方に影響するその他の疾患.アメリカスポーツ医学会編,日本体力医学会体力科学編集委員会監訳,運動処方の指針〜運動負荷試験と運動プログラム〜,原著第6版,南光堂,東京,206-216, 2001.
10) 井垣 誠,木村 朗,神田 満,西澤晴美,佐野憲康,謝 紹東: 糖尿病患者における低強度運動療法の体脂肪減量効果に関する検討.理学療法学,26,270-274,1999.
11) 井関敏之,藤井 暁,岡田邦夫,田中史朗: 糖尿病患者における運動療法に関する研究.体育科学,12, 213-220, 1984.
12) 河盛隆造: 糖尿病の血糖コントロール戦略.赤沼安夫編,糖尿病2001,からだの科学増刊,86-91, 2001.
13) 北島武之,鈴木政登: 運動と腎機能.理学療法ジャーナル,31, 461-469, 1997.
14) 厚生労働省ホームページ: http://www.mhlw.go.jp/
15) 前野里恵,栗山信江,藤谷尚子,水落和也: 水中トレッドミル歩行における高齢者の呼吸循環応答.理学療法学,26, 158-162, 1999.
16) 前野里恵,藤谷尚子,前野 豊,佐鹿博信: 同一速度における陸上トレッドミル歩行と水中トレッドミル歩行の呼吸循環器応答.理学療法ジャーナル,32, 767-770, 1998.
17) 宮川江里,鈴木直子,伊原千夏,島田美恵子,川久保清,吉武 裕: 中高年女性の水中歩行時の呼吸循環系および代謝系応答.臨床スポーツ医学,19, 1073-1076, 2002.
18) 日本糖尿病学会編: 糖尿病食事療法のための食品交換表,第6版,文光堂,東京,2002
19) 日本糖尿病学会: 糖尿病の分類と診断基準に関する委員会報告,1999.
20) 荻田 太,宮地元彦: 第5章身体の流動システム―運動と循環―.春日規克,竹倉宏明編著,運動生理学の基礎と発展,初版,フリースペース,東京,87-108, 2002.
21) 大西祥平: アクアエクササイズの効用(静水圧,静脈還流,腰膝).臨床スポーツ医学,14, 1273-1276, 1997.
22) 小野くみ子,伊藤三千雄,川岡臣昭,河野 寛,椎葉大輔,妹尾奈月,寺脇史子,中島雅子,西村一樹,小野寺昇: 水中トレッドミル歩行およびプール歩行における心拍数,直腸温,酸素摂取量の変化.川崎医療福祉学会誌,14, 322-330, 2005.
23) 小野寺昇,星島葉子: 水の物理的特性と水中運動.栄養日本,46, 795-801, 2003.
24) 小野寺昇,宮地元彦: 水中運動の臨床応用: フィットネス,健康の維持・増進.臨床スポーツ医学,20,289-295,2003.
25) 小野寺昇,宮地元彦,山口英峰,斉藤 剛,中西秀明,佐々木敏文: 水中トレッドミル歩行時の水深が心拍数と酸素摂取量に及ぼす影響.体力科学,48, 433, 1999.
26) 小野寺昇,宮地元彦,矢野博己: 血圧からみた高年齢者の水中運動プログラムの安全性と妥当性.デサントスポーツ科学,17, 53-61,1996.
27) 小野寺昇,木村一彦,宮地元彦,米谷正造,原 英喜: 水の粘性抵抗が水中トレッドミル歩行中の心拍数と酸素摂取量に及ぼす影響.宇宙航空環境医学,29, 67-72, 1992.
28) 鈴木政登: 最大運動負荷時血液・尿生化学成分応答−陸上における走運動,自転車駆動および水泳運動での比較−.運動生化学,7, 37-47, 1995.
29) 鈴木政登: 腎疾患と運動.体力科学46, 139-146, 1997.
30) 鈴木政登: 運動と腎機能: そのメカニズムと役割.体育学研究,40, 248-252, 1995.
31) 鈴木洋児: 水中運動の生理学的基礎.臨床スポーツ医学,20, 261-270, 2003.
32) 武宮 隆,下田政博訳: 付録D代謝計算.アメリカスポーツ医学会編,日本体力医学会体力科学編集委員会監訳,運動処方の指針〜運動負荷試験と運動プログラム〜,原著6版,南光堂,東京,296-309, 2001.
33) 豊田隆謙,猪野康子共著: II糖尿病食事療法の基本.糖尿病食事指導の手びき,改訂第2版,東京,南光堂,16-31, 1995.
34) Whiteley, J. D. and Schoene, L. L. : Comparison of Heart Rate Responses-Water Walking Versus Treadmill Walking. Physical Therapy, 67, 1501-1504, 1987.
35) Zuntz, N. und Schumburg: Studien zu einer Physiologie des Marsches, 1901.


絡先: 小野くみ子
〒701-0193
岡山県倉敷市松島288
川崎医療福祉大学大学院医療技術学研究科健康科学専攻
TEL: 086(462)1111 (内線54531)
FAX: 086(464)1109
E-mail: w6303002@mw.kawasaki-m.ac.jp