宇宙航空環境医学 Vol. 42, No. 4, 2005

研究奨励賞受賞講演抄録

仮想現実による視覚刺激で惹起される動揺病様症状に先立って現われる心呼吸機能,心拍変動ならびに胃電図の変化

老沼みゆ紀1,平柳  要2,谷島 一嘉3,五十嵐 眞4,荒川 泰行1

1日本大学医学部内科学講座消化器肝臓内科部門
2日本大学医学部社会医学講座衛生学部門
3佐野短期大学
4日本大学総合科学研究所

Changes in cardio-respiratory function, heart rate variability, and electrogastrogram preceding motion sickness-like symptoms induced by virtual reality stimulus

Miyuki Oinuma1, Kaname Hirayanagi2, Kazuyoshi Yajima3, Makoto Igarashi4, Yasuyuki Arakawa1

1Division of Gastroenterology and Hepatology, Department of Medicine, Nihon University School of Medicine
2Section of Hygiene, Department of Social Medicine, Nihon University School of Medicine
3Sano Junior College
4University Research Center, Nihon University

【背景・目的】 動揺病は動揺環境にさらされた場合に生じ,様々な不快症状を呈する。乗り物酔いの他,微小重力環境での宇宙酔いや仮想現実環境で起こるバーチャルリアリティ(VR)酔いも,動揺病と同様の症状をきたし,パフォーマンスの低下やヒューマンエラーの重大な背景因子となり得る。宇宙酔いやVR酔いの病態解明には動揺病の研究が重要な基礎研究となる。動揺病症状の出現前後で自律神経機能を評価した研究はあるが,複数の生体機能の経時的変化や動揺病症状に先立って起こる生体機能の変化に着目した報告はなかった。本論文は動揺病症状の出現に先立って自律神経機能の変化が起こっているという仮説を立て,動揺病様症状の出現前から出現時にかけての生体機能の経時的変化に焦点を当てた実験研究である。
 【方法】 VR技術を用いて徐々に視覚刺激強度を増すことで,次第に動揺病様症状を引き起こす方式を採用した。10分間ずつ軽度・中度・強度の3段階に刺激強度を設定して予め作成したカーレース・シミュレーションのビデオ映像を,フェイスマウントディスプレイで被験者に視聴してもらった。刺激負荷前後に15分間ずつ安静時のデータを記録し,計1時間の計測を行った。主観的評価として自覚症状を,ジアナロスらによる動揺病の分類を用いて4つに分類し評価した。他覚的評価として心呼吸機能,心拍変動,胃電図を用いた。心電図を連続記録し,オフライン処理で平心拍数(HR)を算出した。更に短時間移動型高速フーリエ変換を適用し,高周波パワー(HF),および低周波パワー(LF)とHFのパワー比(LF/HF)を算出した。呼吸曲線を収録し,平呼吸数(RR)を算出した。胃電図は,デイディスプ解析ソフトでバンドパスフィルターをかけ,短時間移動型の自己回帰モデルによるスペクトル解析を用いて,各区間の正常周期である2〜4 cpmの範囲にピーク周波数が存在する時間的な割合を示すPercentage of normal slow wave (%NSW)ならびに各区間での4〜9 cpmの範囲にピーク周波数が存在する時間的な割合を示すPercentage of tachygastria (% tachygastria)を算出した。
 【結果】 中度刺激以降で15名すべての被験者に動揺病様症状を認めた。症状の出現していない軽度刺激時でHRとRRの増加および心拍変動のHFの減少を認め,動揺病様症状が出現する前に複数の生体機能変化を捉えることに成功した。4つの主要症状別では,めまい等の中枢症状出現時で同様の結果が得られた。胃電図の %NSWおよび % tachygastriaに変化は認めなかった。
 【考察】 1: 動揺病様症状の出現には副交感神経機能の抑制が関与している事,2: 心拍数・呼吸数・心拍変動の高周波パワーの変化は動揺病様症状の出現に先立って起こっている事,3: これらの変化は,めまい等の中枢症状出現時に特に起こりやすい事が明らかとなった。胃電図の有意な変化は,嘔吐もしくはそれに近い状態になった時に現われると推測される。動揺病様症状の出現の予測には,胃電図よりもむしろ心拍数,呼吸数ならびに心拍変動の高周波パワーのモニタリングが有効であると考えられた。