宇宙航空環境医学 Vol. 42, No. 4, 2005

シンポジウム抄録

S-6. 微小重力環境下における空間識形成

肥塚  泉1,久保  武2

1聖マリアンナ医科大学耳鼻咽喉科
2大阪大学大学院耳鼻咽喉科

Spatial orientation under microgravity

Izumi Koizuka1, Takeshi Kubo2

1Department of Otolaryngology, St. Marianna University School of Medicine
2Department of Otolaryngology, Osaka University Graduate School of Medicine

視運動後眼振(Optokinetic Afternystagmus: OKAN)および回転後眼振(Post Rotatory Nystagmus: PRN)の水平成分の回転軸(つまり体幹長軸方向を軸とする眼振)は,重力加速度の方向(Gravito-Inertial Axis: GIA)に一致する傾向を示すことが,サルおよびヒトを用いた実験で確認されている。OKANやPRNの水平成分の回転軸の向きがGIAに依存する現象はvectoringと呼ばれ,速度蓄積機構(Velocity Storage System: VSM)に貯えられた速度情報と,耳石器で感受された重力加速度情報が中枢で統合処理された結果生じると考えられている。ところが,微小重力環境にある一定期間滞在すると,体幹長軸を軸とするこれらの眼振の軸はGIAよりもむしろ被験者自身の体幹長軸方向に変位し,眼球反対回旋(OCR)も抑制されることが,サルを用いた宇宙実験で確かめられている。われわれはMount Sinai大学Bernard Cohen教授の共同研究者としてこの計画に参加し,宇宙飛行士を被験者として同様の検討を加えた。
 【対象と方法】 搭乗員7名中,4名が検者あるいは被験者となって実験を行った。実験は飛行前,飛行中,地球帰還後に行った。Body Rotation Device (BRD)を用いて偏中心回転刺激を加えた。被験者の両耳方向および,体幹長軸方向1.0 gおよび0.5 gの直線加速度を付加して,回転刺激中の傾斜感覚ならびに眼球運動について検討を加えた。傾斜感覚の評価には質問法を用いた。眼球運動の記録には赤外線カメラを用いたビデオ眼球運動記録装置を用いた。
 【結果】
 1) 両耳方向に直線加速度を負荷した場合の傾斜感覚
 4人の被験者全員が移動感覚ではなく,両耳方向に1.0 gを付加した場合,飛行2日目(FD02)は地上とほぼ同様約45度,飛行4日目(FD04)以後,地上帰還直前の飛行16日目(FD16)まで75度〜80度の傾斜感覚を自覚した。また0.5 gを付加した場合の傾斜感覚の自覚は,1.0 gを付加した場合の約半分であった。地上帰還後は飛行前とほぼ同様の価となった。
 2) 体幹長軸方向に直線加速度を負荷した場合の傾斜感覚
 LOBで1.0Gを加えた場合もREO, LEOと同様,飛行2日目(FD02)より地上帰還直前の飛行16日目(FD16)まで,約90度の傾斜感覚,すなわち天地が逆転したような感覚が持続した。0.5 gを加えた場合も,程度の差はあるが,いずれの被験者も移動感覚ではなく,傾斜感覚を自覚した。地上帰還後は飛行前とほぼ同様の価となった。
 3) 両耳方向に直線加速度を付加した場合のOCR
 1.0 gを付加した場合,飛行中も4人の被験者全員についてOCRが観察された。しかしその強度については地上で行った場合は5.7度,微小重力環境下では5.1度と,有意な低下(p=0.0025)を示した。両耳方向に0.5 gを付加した場合は約3度と,1.0 gの場合の約半分であった。