宇宙航空環境医学 Vol. 42, No. 4, 2005

シンポジウム抄録

S-4. 重力変化と内耳遺伝子発現
    —— 末梢前庭系における可塑性について ——

宇佐美真一

信州大学耳鼻咽喉科

Synaptic plasticity in the peripheral vestibular system

Shin-ichi Usami

Department of Otorhinolaryngology, Shinshu University School of Medicine

人類はすでに宇宙ステーションなどで宇宙に長期滞在し始めているが,異なる重力環境に暴露された際にどのように新しい重力環境に適応していくかに関してはよく分かっていないのが現状である。従来からこうした体平衡の適応には中枢神経系の代償作用が重要な働きを演じていることが推測されてきたが,スペースシャトルの実験では重力変化によりラット末梢前庭器II型感覚細胞のシナプスの数が増加することが報告され,末梢前庭系にも可塑性があることが示唆されている(Ross and Tomko 1998)。今回末梢前庭系における神経可塑性の可能性に関して検証するために,1) 重力変化を負荷した際に内耳において神経可塑性に関与する遺伝子発現が変化するかを検討するとともに,2)神経可塑性に関与するとされるポリシアル酸(PSA)およびHNK-1の末梢前庭系における発現を検討した。
 1) 過重力実験: ウィスター系ラットに過重力負荷(2 G,48時間)を行った後,マイクロアレイおよびreal-time PCRを用いて内耳における遺伝子の発現解析を行った。その結果,神経可塑性に関与すると考えられるCREBとsyntaxin遺伝子の発現増加が認められた。CREBは長期記憶の形成に関与していることが報告されており,前庭系でも一側前庭破壊後に前庭神経核においてその増加が報告されている。免疫組織化学的に検討したところ,前庭神経節にCREBの局在が認められ求心第一次ニューロンに存在していることが明らかになった。Syntaxinはシナプス小胞のエキソサイトーシスに必要な物質として知られているが,免疫組織化学的検討では同様に求心第一次ニューロンに存在していることが明らかになった(Iijima et al., 2004)。
 2) PSAおよびHNK-1の発現: 免疫組織化学的検討により成体ラットの半規管膨大部稜および平衡班の感覚細胞の求心第一次ニューロン神経終末にPSAおよびHNK-1糖鎖抗原の発現が認められることが明らかになった。またRT-PCRによる検討では,それぞれPSAを合成する酵素PSTおよびSTX, HNK-1糖鎖抗原を合成する酵素GlcAT-PおよびGlcAT-SのmRNA発現が確認された。PSAおよびHNK-1は成体では海馬,嗅球,蝸牛など神経可塑性が見られる部位のみに発現していることが知られているが,今回の結果より末梢前庭系にも同様に神経可塑性が存在することが推測された(Isawa et al., 2004)。
 以上,(1)求心第一次ニューロンにおいてCREB, syntaxin, PSA, HNK-1など神経可塑性に関与する物質の発現,局在が認められたこと,(2) CREB, syntaxin遺伝子は重力変化によって発現が増加したこと,から中枢神経系ばかりでなく末梢前庭レベルでも可塑性が存在し,体平衡に重要な機能的役割を演じていることが示唆された。また末梢前庭系の可塑性には求心第一次ニューロンが重要な働きを演じていることが推測された。


参考文献
1) Ross MD, Tomko DL: Effect of gravity on vestibular neural development. Brain Res Brain Res Rev. 28: 44-51, 1998.
2) Iijima N, Suzuki N, Oguchi T et al: The effect of hypergravity on the inner ear: CREB and syntaxin are up-regulated. NeuroReport 15: 965-969, 2004.
3) Isawa M, Takumi Y, Hashimoto S et al: Polysialic acid and HNK-1 are expressed in the adult rat vestibular endorgans. Neuroreport 15: 1575-1578, 2004.