宇宙航空環境医学 Vol. 42, No. 4, 2005

シンポジウム抄録

S-1. スペースシャトルを利用した哺乳動物の発達に関する実験

山普@将生

福島県立医科大学医学部生理学第一講座

Space shuttle experiments for the study of the mammalian development in microgravity

Masao Yamasaki

Department of Physiology, Fukushima Medical University School of Medicine

Neurolab計画(NL)はmicrogravity(μG)下での脳神経系の働きを追求すべく企画された(採択課題: ヒト11,動物15)1)。私共は哺乳動物の発達に関するチームに入り “Development of the aortic baroreflex in μG” (代表: 清水強)を追求した。このチームは7課題の研究グループで編成され(筋・神経,前庭,自律神経,中枢神経),9日齢(Launch day)8匹と母親1匹のラットを1組とし6チームに2組ずつ割り当て計12組をSpace Shuttle (STS-90, Columbia, 1998)内のResearch Animal Holding Facility (RAHF)に搭載した。なお,1課題はマウスを搭載した。方法は予め,飼育,軌道上と帰還後の解剖及び組織分配の手順などの詳細を決めておいた。周回軌道上(FLT)では16日間飼育して帰還日に集中的に各種実験を行った1−6)。FLTラット6匹は帰還後更に30日間地上で育て同様な実験に供した1,2)。対照群は地上の動物施設で飼育した。
 RAHF内の幼弱ラットは軌道上で多数死亡したが原因は明確ではない。NIH.R3 MissionのAnimal Environmental Module (AEM)で8日齢ラットのテスト飼育は成功していたので,飼育装置自体の問題が考えられた1)。この飼育経験は,その後のSTS-107 Mission (2003, 帰還直前に空中分解)のAEMでのラットの飼育とAdvanced型飼育装置の開発と改良にも活かされた。STS-107の内,私共も参加した「動物の組織分配による研究計画」はNLでの手法が基盤となった。今日の米国の宇宙開発計画の変更は,これらに代表される宇宙研究の積み重ねを無にしかねない。
 私共の実験では次のような結論を得た。哺乳動物が宇宙で育つと,当該反射の求心路である大動脈神経の閾値の高い無髄神経の割合および麻酔下昇圧時の神経活動が減少して昇圧徐脈反応が弱くなる2,4,6)。しかし,成熟する前に帰還すれば求心路の構造上の不可逆的変化があっても圧反射機能は発達維持され2,6),地上に適応した個体としての発達を示す。FLT母ラットの大動脈神経でも無髄神経が減少しており,宇宙飛行士のμG滞在時の当該反射機能減弱の可能性をも示唆された4,5)。なお,この研究はHead-down tilt(HDT)実験結果を基礎としたもので,模擬実験としてのHDT法の妥当性も確かめられた4)
 NLでは宇宙での脳神経系の発達は種々μGの影響を受けることが解かったが,そうした変化も頭側への体液移動とそれに始まる圧反射機能などの血液循環の調節変化に関係している可能性も大きく,今後これらの相互関係を研究していく必要があろう。一方,循環調節反射は覚醒時の情動,行動,各種感覚系の入力も大きく関与するので7),麻酔下での循環動態や反射調節の基本的特徴を基礎として,覚醒時におけるこれらの関係の研究が重要な課題となろう。人類が宇宙進出を続ける限り,宇宙医学での脳神経系の解明すべき研究課題は尽きることはない。NLはまさにその出発点として後世に刻まれるプロジェクトであったと言えよう。


1) Buckey, J.C. Jr and Hormic, J.L.: The Neurolab Spacelab Mission: neuroscience research in space (eds. by J.C. Buckey Jr., and J.L. Homick). NASA JSC Press, Houston, 2003.
2) Shimizu, T., et al.: In The Neurolab Spacelab Mission: Neuroscience Research in Space, pp. 151-159. 2003.
3) Miyake M. et al.: Biol. Sci. Space, 17, 173-174, 2003.
4) Yamasaki, M., et al.: Neurosci.., 128, 819-829, 2004.
5) Yamasaki, M., et al.: Biol. Sci. Space, 45-51, 2004.
6) Waki H et al..: Acta Physiol. Scand., 184, 17-26, 2005.
7) Waki H et al.: J. Appl. Physiol., 93, 1893-1899, 2002.