宇宙航空環境医学 Vol. 42, No. 4, 2005

座長コメント(一般演題)

セッション7: No. 35-38

座長: 清水  強

セクション7では静脈還流に関する研究3題と宇宙滞在モデルに関する研究1題の計4演題が発表された。静脈還流も宇宙滞在モデルも宇宙生活特に微小重力の人体への影響を追求する上で重要な課題であり,関心も持たれてきたが,各演題共新たな視点からこれらの問題に取り組んでいて興味深く,有意義な発表であった。
 小川洋二郎氏他(日本大学)(No. 35)の研究は静脈還流の増減の脳血流の自動調節能への影響を検討したもので,生理的食塩水負荷または下半身陰圧負荷によって被験者の静脈還流を加減し,その時の平均動脈圧と中大脳動脈血流速度を測定し,伝達関数解析法により分析して動的脳血流自動調節能の評価を試みた。その結果,静脈還流増加に際して脳血流自動調節能は低下することが示唆された。微小重力曝露による急性の体液分布変化特に血液の頭側移動時の脳の得血行動能の適切なる調節は人間の行動維持にとって大事なことであるので,この研究の継続発展を期待したい。なお,脳血流調節は,脳への総供血量の調節と脳内血流分布調節と2段階に亘ることも知られており,こうした点も考慮して行く必要もあるであろう。
 小野寺昇氏他(川崎医療福祉大)(No. 36)の研究は,静脈還流に対する運動強度の影響を陸上と水中で比較したもので,水中の水位は剣状突起に設定した。運動負荷はハンドエルゴメーターで10分間行い,運動に伴う心拍数,酸素摂取量および腹部大動脈横断面積の変化を計測した。血管横断面積はBモード超音波エコー装置で求めた。その結果腹部大動脈横断面積は運動前では水中の方が有意に広く,運動時は最大酸素摂取量の大きい程陸上運動時との差が大きくなった。運動中の心拍数は運動強度に拘わらず水中の方が少なかった。これらの結果については著者らは運動回復期の静脈還流の変化に運動強度が深く関わることを示すものと考えているが,同時にこれは微小重力曝露時の大動脈を介しての血液の移動状況や運動に伴う血圧上昇と圧反射の程度なども推定しえて興味深いところである。今後の発展を期待したい。
 斉藤崇史氏他(日本大学)(No. 37)の研究は微小重力環境曝露後起立耐性低下の機序を探ることを念頭において,静脈還流と動脈圧受容器反射との関係を追求したものである。仰臥位安定後の被験者に下半身陰圧負荷をかけ,負荷解除後にひき続き生理的食塩水の静脈内投与を行って,その時の心電図と血圧を連続測定し,圧受容器反射は徐脈反応について伝達関数解析法により評価した。当該反射の量的大きさは静脈への負荷量,換言すれば静脈還流の増減と一致して変化した。但し,還流増加が著しくなると,この反射度はむしろ低下することもわかった。この研究結果はヒトが微小重力環境へ出入りする時の高圧系圧反射の反応あるいは感度が変化することを示唆すると共に,その機序を追求するための道として注目される。なお,先のNo. 35の研究と同一の負荷方法を用いる故に,両研究を一体としてひとつの個体内での相互関係を検討することが望まれる。できれば論文としてはひとつとして報告されれば大変理解し易く,かつ有用であろう。
 秋間宏氏(名古屋大学,日本女子体育大,愛知医大)の研究は下肢サスペンジョン(ULLS)を宇宙滞在モデルとして用いうるか否かを宇宙滞在のゴールドスタンダードとして用いられているベッドレスト(BR)と比較することによって検証したものである。20日間に亘る実験の成人男性被験者群について,MRIを用いて大腿四頭筋を撮影し,その筋の体積を算出し,反復測定による二元配置分散分析の結果から,両モデル共筋萎縮を認め,かつ,その萎縮度は両群間で差がなかった。これによって,ULLSも宇宙滞在による筋萎縮モデルとして妥当であることを明らかにした。宇宙で生じる生体現象を催起して調べる地上模擬実験には幾つかの方法が考えられてきたが,ヒトに適用できるものは動物のそれに比べて限定されてくるので,こうしたモデルが研究の実用に供される意味は大きい。今後更に詳細を多角的に追求されることが期待される。